二人三脚の挑戦、いよいよ集大成へ
「2020年が一つの区切り。私の競技生活の答えを出したい」。障害者アスリートとして日々、陸上練習に打ち込む高桑早生(さき)(25)=エイベックス=は東京パラリンピックにかける思いをこう表現した。開幕まで3年。長年にわたり、高桑らアスリートの育成に心血を注いでいるのが、義肢装具士、臼井二美男(ふみお)さん(61)=鉄道弘済会義肢装具サポートセンター=だ。
走ることの意味
「やっぱり義足では負けたくないですね。早生ちゃんにメード・イン・ジャパンの義足で一番に競技場を駆け抜けてもらいたい」
臼井さんが競技用義足を作り始めた平成元年ごろ、膝上切断の障害者1000人にアンケートを取ると「走れる人はゼロ」だった。出来てもスキップ程度の人が多かったという。
そんな中、臼井さんは運動好きだった若い男性の義足を担当した。転倒する恐怖と闘う男性を伴走しながら励まし、ようやく走ることができたとき、男性の目から湧き出るようにあふれ出た涙を見て、走れるということの本当の意味に気付いた。
「動作と一緒に自信も取り戻せる。社会性が身に付き、性格まで明るくなる。あれ以降、若い人を見ると、『走ってみない?』と声をかけたくなるんですよ」
平成3年から、走ることができるようになるための練習会を月1回、始めた臼井さん。以来、毎月一度も欠かしたことがない。当初10人もいなかった参加者は、全国から約100人以上が集まるようになり、そのうち15人ほどが全国レベルで活躍するアスリートに成長した。高桑が、その一人だ。
逸材との出会い
高桑は骨肉腫を発症し、中学1年のときに左脚を膝下から切断した。中学3年の秋、臼井さんの練習会に参加するメンバーが出場した競技大会を見学。そこで初めて陸上競技に触れた。「面白そう」。ひかれるままに臼井さんの練習会に通うようになり、高校では陸上部に入部した。
「臼井さんは、まるで当然かのように『早生はパラリンピックへ行く』と接してくれた」と高桑は言う。大学入学後、臼井さんに義足を作ってもらい、競走部で力を磨いた。臼井さんは高桑の持つ可能性に気付いていた。「わずかな角度の違いを察知できる。無駄な力を入れることなくエネルギーを推進力に変える高精度な走り方ができる」と評価する。
義足には、足の切断面をはめ込む「ソケット」と地面からの反発力を推進力に変える「板バネ」があり、その間をつなぐ要の部分に「ジグ」という調整ネジが多数ある。一つ一つを回すと7方向に複雑に角度を調整でき、わずかな変化で地面から受ける反発力の方向が微妙に変わる。
高桑のベストポジションに設定できるのは臼井さんだけだ。「ずっと見ているから分かる。まさに二人三脚です」と臼井さんは言う。
とことん付き合う
「最初からスポーツマンはいない。だから、日常生活用の義足を作る段階から面倒を見ないと新しい選手は生まれない」
四肢を切断してから常に寄り添う義肢装具士は、患者の人となりや生活環境、家庭事情まで共有し、時には就職先の面倒まで見るというのが臼井さんの信念だ。悩みごとを聞きながら自立しつつ競技を続けられるようにアドバイスする。
受け持つ患者やアスリートたちから1日20件はメールを受け取る。必要なら夜でも土日でも会いに行き、義足に納得できるまでとことん付き合う。「まるで太平洋のような広い包容力で受け止めてくれる」と高桑は言う。こうした臼井さんの姿勢に、高桑は一切妥協しないことを学んだ。
まだ3年、もう3年
高桑は過去2回出場したパラリンピック(ロンドン、リオデジャネイロ)では、走り幅跳びで最高5位を収めたが、2大会連続でメダルを逃した。他の世界大会ではメダルを得ているが、「義足女性では国内最速」(臼井さん)と周囲が認めながら、大舞台でのメダルだけがない。
最後に頼れるのは自分の足だから、道具である義足に、そして臼井さんに敢えて依存し過ぎないよう高桑は気を付けているという。それでも、臼井さんとの出会いがあったからこそ、世界の舞台まで来れたという思いは根底にある。
「正直言って、『もう残り3年か』という驚きの気持ちが強い。リオでの悔しさが東京での試合の中身になってくると思う。メダル獲得で恩返しできるのが最高かな」
もう3年、まだ3年。残された時間でどこまでメダルに近づけるか。2人の飽くなき挑戦は続く。
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臼井二美男(うすい・ふみお) 昭和30年、前橋市生まれ。28歳のとき、鉄道弘済会の門を叩き、義肢装具士の道に入る。平成元年、日常生活用の義足に加え、競技用義足の製作を開始。義足を装着した切断障害者の陸上指導に当たり、2000年のシドニー、04年のアテネパラリンピックで日本代表選手団にメカニックとして同行した。現在も一般患者からアスリートまで幅広い顧客を持ちながら、陸上指導を続けている。
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鉄道弘済会の義肢装具サポートセンターで義肢装具研究室長を務める、義肢装具士の臼井二美男さん
義肢装具士 事故や病気で両手両足の一部を切断した人に、元の手足の形や機能を復元するために取り付ける人工の手足を作成、適合させる技師。国家資格で全国に養成校が10カ所あり、3月末時点の試験合格者は計5125人。昭和62年制定の義肢装具士法による。かつては炭鉱や鉄道の事故で四肢を失うケースが多かったが、近年は糖尿病などの病気で四肢を切断する患者も増えている。

パラ陸上世界選手権の女子100メートル(切断などT44)予選で、ゴールする高桑早生(左)
パラリンピック 身体障害者対象の世界最高峰の国際競技大会。夏季と冬季の2大会があり、五輪開催年に原則同じ都市で開催する。2020年の東京大会は東京五輪閉幕後の8月25日から13日間、陸上や水泳、新競技のバドミントンとテコンドーなど22競技が実施される。種目は9月4日に決まる予定。東京でのパラリンピック開催は1964年大会以来で、同じ都市で2度開催されるのは初めて。
2017.8.26 産経ニュース