上尾市戸崎の障害者施設「コスモス・アース」で知的障害がある男性利用者(19)が車内に放置され死亡した事故から13日で1カ月を迎える。母親(48)と父親(55)の頭に浮かぶのは、いつも笑顔だった息子の姿。「帰ってきておいで。かなわないと分かっていても諦められない」。両親はそんな思いを去来させながら、「あの日、何があったのか真実を知りたい。二度と同じ過ちを繰り返さないでほしい」と重い口を開いた。
■抱き締める日課
学校の運動会で赤い帽子をかぶりカメラに向かって微笑む息子。両親の手元にある男性の写真はどれも笑顔だった。男の子を授かったのは、結婚して5年目。子宝に恵まれず、諦めかけていた矢先だった。「ちょっとした変化も見逃さないように」。他の子どもたちより成長が遅く、障害の程度は最重度。一つ一つが手探りだったが、両親と次男の4人家族で幸せに満ちた日常を過ごしてきた。
「普通の子に比べると大変なことも多いけど、どんな小さなことでも覚えている。親ばかだけど、本当にかわいい子だった」。小学3年生の時、通学路で初めて「お母さん」と口にした息子の表情が母親の目に焼き付いている。
言葉でうまく伝えられない息子の体調を確認するため、母親は息子を毎日抱き締めた。そんな二人の日課は19歳になっても続いた。いつの間にか、体が大きくなった息子に抱え込まれるようになっていた。自分が落ち込んだ日に息子を抱きしめると、自然と心が落ち着いた。
■愛され支えられ
「コスモス・アース」に息子が通所し始めたのは今年4月。「ここなら伸び伸び過ごせるかもしれない」。のどかな立地が決め手だった。施設から帰宅すると、息子は「がんばった」と両親に一日を報告する。そして、決まって翌日に出る昼食の献立を確認した。それが日常の風景だった。だが、最後は昼食さえ食べられなかった。
あの日、施設からの連絡で息子が「心肺停止」と知らされた。駆け付けた病院で両親が目にしたのは、すでに息をしていない息子だった。抱きしめるとまだ温かく、現実を受け入れることはできなかった。
息子がいなくなり、改めて気付かされたことが両親にはある。「たくさんの人に愛され、支えられて、ここまで大きくなった。幸せな19年間だったと思う」。葬儀に訪れた恩師や同級生は300人以上。予想をはるかに超える数だった。ひつぎには息子が安心できるように、大好きだった茶色のミニカーを入れた。位牌(いはい)の戒名には「天国に行っても笑顔でいられるように」と「笑」の文字を入れた。
■無責任の自覚
事故から1カ月。時間がたつたび、息子がいなくなった寂しさが増幅する。先日、亡くなる前に通信販売で注文していた息子の夏服が届いた。小包は開けられず、一度も袖を通すことはなかった。母親は息子と行ったスーパーで買い物ができない。「好きだった食材を見ると息子と重ねてしまうから」。気付けば、息子の大好物だったおかずは食卓に並ばなくなった。ふとした瞬間に息子の笑顔を思い出し、涙が止まらなくなる。
「なぜ、気付くチャンスが何度も見逃されたのか。誰か気に掛けてくれる人はいなかったのか」。息子は一度も施設を休んだことがなかっただけに、施設への不信感や疑問が両親の胸中に渦巻く。
県警は業務上過失致死容疑を視野に、施設の安全管理などを調べている。父親は事実の解明を願いつつも「何も悪くない息子がどうしてあんなむごい死に方をしなければいけないのか。息子のいない毎日がむなしい」とうつむく。
ただ、施設を単に否定したいわけではない。
息子は「コスス」と呼び、通うことを楽しみにしていた。母親は「息子と同じように施設を頼る親子の気持ちが痛いほど分かる。だからこそ、事故に関わった人たちの無責任さが人一人の命を奪ったということを自覚してほしい」。父親は「今の人員態勢で本当に大丈夫なのか。今回の件を本気で考えてほしい」と再発防止を願った。
2017年8月12日 埼玉新聞