ゴエモンのつぶやき

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あなたも貰えるかも!「年金生活者支援給付金」とは?

2017年08月05日 03時10分12秒 | 障害者の自立

■年金生活者支援給付金とは?
年金生活者支援給付金とは、「年金生活者支援給付金法」に基づいて、年金を 受給している低所得の高齢者・障害者等に対して支給される給付金です(消費税率10%時までに実施)。平成28年12月の閣議決定では平成31年度に「年金生活者支援給付金法」が施行(実行)されることとなっています。

平成26年4月より施行された「年金機能強化法」に基づいて支給されるのが、「年金生活者支援給付金」です。一定所得に満たない老齢年金受給者や障害・遺族年金受給者に最高月額5000円を当初は平成27年10月より支給されることになっていました。


■年金生活者支援給付金と消費税10%の関係
平成27年10月に支給される予定だった「年金生活者支援給付金」がどうして未だに毎月支給されていないのでしょう?

それは、年金生活者支給給付金が消費税10%と引き換えの給付金だったからです。同じく消費税10%と引き換えに実行される予定だった「受給資格10年の年金」が平成29年8月に実行されたのと対照的ですね。

安倍首相は消費税10%を2019(平成31)年4月に先延ばしすると明言していますので、毎月最高額で5000円支給される「年金生活者支給給付金」は、平成31年4月以降の支給申請となるのではないでしょうか?。


■似たような名称の「年金生活者等支援臨時福祉給付金」とは
「年金生活者支援給付金」と似ている名称の給付金ですが、平成28年度の「年金生活者等支援臨時福祉給付金」は「年金生活者支援給付金」の前倒し的な給付金(一時金)でした。

低所得の老齢年金受給者は昨年4月から8月上旬、障害・遺族年金の受給者は昨年9月から1月の申込期間中に市区町村役場で手続きすれば3万円の一時金が支給されるというものでした。


■「年金生活者支援給付金」をもらうために、どう手続きする?
「年金生活者支援給付金」の支給申請の手続きは、前倒しの給付金と言われている「年金生活者等支援臨時福祉給付金」に準じて、以下のような手続きになるのではないでしょうか?

対象者と思われる人に郵送で通知(通知が来なくても対象者か否か市区町村役場で確認できる)。

対象者が申請期間中(低所得の老齢年金は4月から8月上旬?)に市区町村役場へ申請。

申請を受けた自治体が審査をし、申請者が本当に給付金の対象者か否か審査。

支給決定通知書が給付金の対象者に届く。

申請のあった翌月から毎月支給(最高月額5000円、原則申請者名義の金融機関に振り込み)。

低所得の年金生活者に支給される性格上、おそらく所得税や住民税は非課税の所得となるのでしょう。


■「年金生活者支援給付金」の最低条件は?
年金生活者支援給付金が支給される最低条件は「3月31日時点で65歳以上」であることと「年金が支給されていること」です。生活保護受給者には原則支給されません。

「年金が支給される」のには「最低限10年以上、年金が支給されるための期間(受給資格期間)」がなければなりません。「10年」は以下の1、 2,3の期間を合計した期間です。

1.厚生年金・国民年金・共済年金のうちどれかの年金保険料を支払った期間。

2.国民年金保険料を法定免除・申請免除された期間。

3.保険料を支払っていないが、年金を受けるための10年に入る期間(合算対象期間)。ちなみに国民年金保険料を滞納していた期間は年金算定の(合算対象期間)には入りませんので要注意です。

「合算対象期間」は、主婦で国民年金に任意加入してなかった期間(昭和61年3月以前)や「外国で生活していた期間(日本の会社勤務は除く)」、20以降学生だった期間などが入ります。年金事務所でしっかり確認してもらいましょう。「10年」の要件を満たしていなければ70歳まで国民年金に任意加入することもできますよ。


車中泊者への対応盛る 静岡県避難所運営マニュアル、熊本地震踏まえ年度内改訂へ

2017年08月05日 03時03分45秒 | 障害者の自立

 県は3日、有識者らからなる「避難所のあり方検討委員会」(委員長・重川希志依常葉大教授)の初会合を開き、避難所運営マニュアルの改訂作業に着手した。昨年4月の熊本地震で問題となった車中泊者への対応などを新たに盛り込み、年度内にマニュアルの内容を改訂する。

 熊本地震では避難所ではなく、車の中や在宅で生活する被災者が多く出て、被災者数の把握や支援物資の提供などに支障が出た。このため県は、車中泊者や在宅被災者も避難所の名簿に記載することなどをマニュアルに明記し、適切な支援が行える仕組みを整える。

 さらに、熊本地震では女性や乳幼児向けの物資が必要な人に行き渡らなかったり、女性や子供がプライバシー確保や治安面で不安を感じるケースがあったことから、避難所責任者を男女から選ぶなどの対応も検討する。

 有識者会議で重川委員長は「避難所には子供、高齢者、障害者、外国人など多様な避難者がいる。運営ノウハウと具体的事実をマニュアルにもっと詳しく書き込むべきだ」と提案した。次回会議は10月に開かれる予定。

産経ニュース


南砺の夏フェス 続けたい 主催の脊髄損傷男性

2017年08月05日 02時51分41秒 | 障害者の自立

10月、資金集め音楽公演

 十七歳の時、プール事故で大けがをして、首から下にまひが残った富山県南砺市坪野の板橋宏幸さん(35)は、事故に遭った七月七日のつらい記憶を吹き飛ばそうと、二〇一三年から毎年七月に無料の音楽フェスを主催している。しかし、資金繰りの関係で来夏以降の継続が困難に。そこで今年初めて十月七日に資金集めを兼ねた有料の音楽フェスを開く。(渡辺健太)

 一九九九年七月七日、友人とプールに行き、飛び込んだ際に首の骨を折った。脊髄を損傷して、首から下がほぼ動かなくなった。

 大好きなバスケットボールはできなくなり、美容師の夢も絶たれた。食事、排せつ、入浴は全て人手が必要に。「ショックで記憶がない時期もある」。もどかしさのあまり、二十代のころ、一年間部屋に引きこもった。それでも友人は自宅に遊びに来てくれた。

 助けてくれる友人や家族の前で悲しんでばかりいられないと、一三年七月七日に音楽フェス「Happy seven」を開催。音声認識ソフトを駆使してパソコンを操作し、自ら歌手に出演交渉した。それが恒例となり、例年約千人が訪れるビッグイベントになった。「毎年のフェスが励みになっている」と話す。

 資金の都合から一八年で最後にしようと考えていたが、常連客から継続の要望が強く、今秋に資金集めのイベントを開くことを決意した。板橋さんは「自分と同じ障害者が外に出るきっかけになれば」と話す。

 今秋の音楽フェスは十月七日の正午~午後九時半、南砺市福野文化創造センターヘリオスで開く。福井市出身の川本真琴さんら七組の歌手が出演する予定。チケットは当日七千円。

 また、インターネットのクラウドファンディングサイト「Ready for」でも今後のイベント継続に向けた資金を募っている。こちらは八月七日まで。

「Happyseven」の協力者に囲まれる板橋宏幸さん(前列中央の毛布をかけた男性)=2016年9月

2017年8月4日   中日新聞


あんま、はり・きゅうで再出発 視覚支援学校

2017年08月05日 02時42分08秒 | 障害者の自立

 視覚障害者が通う県立明星視覚支援学校(宮崎市島之内)では学齢期の児童生徒だけでなく、社会人経験のある30~50代の生徒が学んでいる。多くは病気などで視力が低下し、一度は仕事を断念。学校であんまマッサージ指圧師、はり師、きゅう師の国家試験合格をめざして勉強している。

 6月中旬、国富町にある高齢者向けデイサービス施設「やはた」(日高速人施設長)。30~50代の生徒6人が臨床実習の一環で、施設を利用する高齢者にあんまマッサージを行った。

 様々な疾患を抱える利用者を相手に効果的な施術を行い、適切に対応する能力を育てていくのが目的。学校は臨床実習を年4回実施している。

 施設の利用者は脳梗塞(こうそく)やパーキンソン病など脳に起因する病気を患った人が多い。生徒たちは「お首は凝っていますか」「若い頃、運動してたんですか」などと声をかけながら、1人につき30分間、熱心に体をさすったり、もんだりした。

 あんま、はり、きゅうの資格取得をめざす高等部専攻科理療科3年の田ノ口賢市さん(35)は利用者の体を丁寧にもんでいた。都城市高崎町出身。県外で土木関係の仕事をしていた25歳のとき、網膜色素変性症と診断された。仕事で車に乗っていたが視野が狭くなってきたため怖くなり、退職して帰郷。医大の先生に同校を紹介され、2年前に入学した。

 家族は妻と子ども2人。将来的には独立開業をめざしている。「学校に入るまではこういう職に就くと考えていなかったが、今のところは抵抗なくできている。しっかり技術を身につけられる環境がある」という。

 50代の男性は、利用者に「オールドルーキーです」と話しかけていた。男性は約30年間、理容師をしていたが、目が悪くなって仕事が続けられなくなったため入学したという。

 学校によると、普通教育を目的として設置された学科の児童生徒数は小学部2人、中学部3人、高等部普通科4人の計9人。一方、あんまマッサージ指圧師などをめざす高等部本科と専攻科の在籍数は14人。この半数以上を社会人経験者が占める。

 同校理療科主任の茂村信也教諭(50)によると、糖尿病などで視力を失うケースが多いのが最近の傾向という。茂村さんは「中途で入学してきた方々の意欲は高い。30代、40代で勉強して別の仕事をやるのは大変だが、頑張ってほしい」と話している。

写真・図版

デイサービス施設の利用者の体をもむ田ノ口賢市さん

2017年8月4日   朝日新聞


「盆には家族で集まりたいけど…」 豪雨避難なお550人、見えぬ生活再建

2017年08月05日 02時10分32秒 | 障害者の自立

 慣れ親しんだわが家で暮らしたい。だが、被災から1カ月たとうとしているのに、片付けさえままならない。九州豪雨で被災した福岡県の朝倉市、東峰村、大分県日田市では、計550人が避難生活を余儀なくされている。「いつまで続くんかね…」。生活再建はまだ見えない。

 炎天下、朝倉市杷木星丸の日隈伸次さん(71)は泥にまみれながら自宅を掃除していた。7月5日の豪雨で乙石川が氾濫し、家が濁流に襲われた。生涯学習センターらくゆう館(同市杷木池田)で避難所生活を送りながら、片付けのため、毎日通っている。

 ボランティアの手を借りて床下の土砂は撤去した。直後、7月31日の大雨で再び浸水。建物は無事だったが、改修工事は順番待ちが続く。「盆には家族全員で集まりたいけどな」。日焼けした顔に疲労がにじむ。

 豪雨は生活の糧も奪った。「家も農機具もなんもかんも流された。この年齢では、他の仕事は見つからんし」。朝倉市黒川で農業を営む町田実さん(64)も避難先の総合市民センター「ピーポート甘木」で肩を落とす。自宅は流され、ヘリコプターで救助された。集落に20軒ほどあった民家はほとんど残っていない。道路も寸断されたままだ。

 農機具など全てそろえるには1千万円以上かかる。1ヘクタール以上ある田畑の修復費も計算できない。仮設住宅には真っ先に応募したが、外れれば避難所に残るしかない。「家も決まらんし、食いぶちもどうなるか分からん。涙も出らんよ」

 病気や障害のある避難者もいる。杷木中に身を寄せる男性(59)=朝倉市杷木寒水=は脊髄損傷で手足が不自由だ。頼れる身内はおらず、被災したアパートは家主が取り壊しを決めた。2万5千円だった家賃は、障害者年金が支えの男性にとって払える限界だった。仮設住宅や「みなし仮設」に入れても、行政の補助は2年で切れる。

 ソーシャルワーカーと相談し、長く住める物件を探している。「役所は頑張ってくれているし、わがままを言ったらいかん。ただ、途方に暮れている市民がいることも知ってほしい」。慣れ親しんだ杷木にとどまれるかどうか、まだ分からない。

「盆には家族で集まりたいけど…」 豪雨避難なお550人、見えぬ生活再建

「お盆までには帰りたい」。避難所生活を続けながら自宅の掃除に通う日隈伸次さん

=2017/08/04付 西日本新聞朝刊=