「突然ふっと、ね」。知的障害がある小西勉さんは自宅に近い横浜市内の駅のホームで、向かってくる電車の方に吸い込まれるように進むときがある。「ここ2、3年、何回も。今だってあります」。途中で「ああ」と思い、足が止まる。相模原殺傷事件の植松聖(さとし)被告(27)は「障害者は不幸しかつくらない」と主張。ネット上には賛同する書き込みもあった。小西さんは「悲しいけど、周りにもそういう人はいるし」とポツリ。“自殺”しそうになる理由を一つには絞れないが、社会の空気は大きな要因だという。
発生から1年がたった相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」殺傷事件で、警察は殺害された19~70歳の入所者19人の氏名を公表していない。「遺族の希望」が理由だ。
■無事かが不明
小西さんは、事件現場となった施設に何度も足を運び、献花した。友人が入所していたという仲間は「名前が出ないから、無事かどうか分からない」と嘆いた。「自分なら公表してほしい」。そう語り合った。
昨年9月、横浜市で開かれた知的障害の当事者団体「ピープルファースト」の全国大会。小西さんは実行委員長を務めた。参加者からは「自分で決めるという当たり前のことを奪われてきた」「『特別支援学級に行け』『施設に行け』と、親や行政に人生を決められる」といった声が出た。
皆でまとめたメッセージには、こんな文言が。「なぜ仲間が施設に集められているのですか。みんな、私たちの気持ちを、夢をちゃんと知ってくれていますか。私たちにつながる人たちのうわべのやさしさが(事件の)犯人に間違いを起こさせたのではないですか」
■自分で決めたい
小西さんは今年3月、京都市で開かれたシンポジウムでも訴えた。「自分の生きる価値も、幸せも、不幸せも、自分にしか決められない」
事件の後、街頭でビラ配りを続けている脊髄性筋萎縮症の石地かおるさんは最近、駅や公共施設の看板などに、あるフレーズが増えたと感じている。「障害者に思いやりと優しさを」。目にするたび、心がざわつくという。
レストランに入ったとき、店員が自分の方を見ることなく介助者に注文を聞く。電車に乗るとき、駅員は自分ではなく介助者に行き先を聞く。まるでその場にいないかのように扱われる。「同等に見ないままの『優しさ』では何も変わらない」
■ずっと分けられ
地元の小学校の中にある障害者だけのクラスに通った。普通学級に友だちも多く、何度も「みんなといたい」と訴えたが駄目だった。理由を説明された記憶はない。
中学からは親の意向で障害者だけの学校へ。ずっと分けられ、互いに出合わないまま生きている。それが「障害者が見えていない」ことにつながっていると考えている。
「優しさ」という、人間にとって大切な気持ちすら、通い合わない。その状況は、障害者運動が本格化し始めた1970年ごろと変わっていないのではないか。石地さんはそう感じているという。
■相模原殺傷事件 平成28年7月26日未明、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刃物で刺され死亡、職員2人を含む26人が負傷した。県警に逮捕された元施設職員、植松聖被告は「意思疎通できない人たちを刺した」と供述。横浜地検は5カ月間の鑑定留置を経て、刑事責任能力が問えるとして今年2月、殺人や殺人未遂など6つの罪で起訴した。最大の争点は責任能力の有無や程度となる見込みで、公判の長期化は不可避との見方が出ている。
2017.8.5 産経ニュース