久しぶりの晴天で、穏やかな一日、青空が見えて、気温はやや低いが、散歩では、汗をかくほど、10度を超えた。
庭では、「コインランドリー」から開放されて、物干し竿に洗濯物がひらめく、ストーブも、点火の必要無し、室内の温度も18度近く、穏やかな一日となった、
東北の災害が気になる、義捐金の募金の対策に、社協の若者たちと対策会議、心ある人たちからの問い合わせに、感激した。
わが日本、捨てたものではない、優しい人たちも多いことに、嬉しい、感謝、住み易い日本をみんなで作って欲しいものだ。
久しぶりの晴天で、穏やかな一日、青空が見えて、気温はやや低いが、散歩では、汗をかくほど、10度を超えた。
庭では、「コインランドリー」から開放されて、物干し竿に洗濯物がひらめく、ストーブも、点火の必要無し、室内の温度も18度近く、穏やかな一日となった、
東北の災害が気になる、義捐金の募金の対策に、社協の若者たちと対策会議、心ある人たちからの問い合わせに、感激した。
わが日本、捨てたものではない、優しい人たちも多いことに、嬉しい、感謝、住み易い日本をみんなで作って欲しいものだ。
久しぶりでの青空に感激、昨日の雪は、厳しくて、寒さもひとしお、冷たい雪景色が再現で、厳しい残冬。
一転、風は冷たくとも、青空が見えて、日が射して、ガラス越しの居間は、ストーブ点灯が、我慢できた、元気な子供たち、学校帰りは、半そでのシャツに、半ズボン、「寒くないかい?」
「大丈夫」との返事に、年よりは、震え上がる、山の景色は素晴らしい、春が近づいて来るのを実感する、早く着て欲しい「春」、東北の震災、まだまだ被害が、大きくなり、心が痛む、福島原電、速く立ち直って欲しい。
昼前から雪が降り出した、大きな雪の結晶がふらふらと落ちていたが、気がつけば、白銀の世界になっていた。
春の淡雪とはいえ今時の雪は久しぶり、本当に寒い、湿り気が目立つ、朝は日が射していて、学校帰りの子供たちは、「弁当忘れても、傘忘れるな」の当地のことわざを忘れて、下校時には、パニックだった、湿った雪の降る中を駆けてゆく子供は、大丈夫だろうか?、学校での貸し出しの傘も無くなり、見守り隊の爺さんたち、車を持ち出して、送り部隊に変身、おかげさまで、子供たちの家を覚え、集落を覚え、パニックのひと時、、「ありがとうございます」との子供たちの声に、癒された、今時の子供たちは、肝心のときには、お礼の言葉を知っている、嬉しかったが、春の淡雪には、驚いた、夕方には、雪景色が、消えてなくなっている。
放射冷却現象で、朝は歩いていても耳が痛く、猛烈な冷え込みだったが、登校の子供たちは、田んぼの凍り付いた雪の上を楽しそうに歩いていた、その後青空の下、気温はぐんぐん上がり、南側の居間はストーブの必要はなかった。
お天気に誘われて、久しぶりの散歩も楽しめて、遠くの山並みの残雪が、とても美しい。
日が沈めば、やはりいまどきの季節だ、あっという間に気温が下がってきた。
明日からは、再度冬型の気圧配置、荒天が戻るそうだ、良いことは続かない。
屋根や道路の雪は融けたが、道路の除雪した雪を歩道へ吹き飛ばしたため、通学路の歩道には、まだ残雪がたくさん残っている。
子供たちは長靴を嫌がり、普通の靴を履いての通学だが、残雪残る歩道では、大変だ。
雪が靴の中に入り、靴下までびしょぬれで、しかも帰りの時間には、氷雨が降り出して、寒い、泣きべそをかいている低学年の子供たちを励まして、連れ帰るのに、こちらも泣きたくなる、このような経験をつみながら、子供たちは成長してくれるのだろう、頑張れ、雪国の子供たち。
昨日の天気予報で、当地の平野部での積雪が30センチと伝えられ、覚悟しての目覚め、結果は写真のとおりで、助かった、一応の雪化粧だが、春の淡雪で終わってくれて、胸をなでおろした。
昨日は、表日本での数センチの積雪に、報道は大賑わいだったが、数センチの積雪で大騒ぎは、考えられない、新潟の数メートルの積雪、私の育った、福井の豪雪地帯、二階からの出入りは普通だった、今のような車社会ではなかったので、そんなに不便とは思わなかった、胸までの雪を掻き分けての通学は普通だったが、何とも思わないし、当たり前の冬の生活だった、文明社会というか、雪に弱い社会には、軽蔑すら覚える、昔の日本人は、雪が災害なんて思わなくても生活は出来ていた。
懐かしい冬景色を、新潟の山古志村のテレビの報道で、子供時代の豪雪?、のふるさとを思い出して、変なことだろうか、屋根雪を屋根より高いところへ放り上げての除雪の時代を思い出して何故にここまで騒ぐのだろう、昔は当たり前のことだったのに、日本人の生活が、変わってきているのを痛感する、雪で孤立なんて、昔は当たり前のことだったのに、電線に躓いて転んだ子供時代の話は、孫たちには、理解してもらえない。
青空は見えないが、穏やかなお天気で、気温も10度近くまで上がった、雪解けが進み、庭の木々も雪帽子はなくなり、くすんだ緑がよみがえってきた。
重かったろう、湿った雪は、雪を振りほどいての庭木は、元気な姿を見せてくれて、枝も折れなかった、雪釣りの効果はてきめんだ、雪を下ろして荒縄が、ほっとして、伸びきった姿を現した、切れてはいないから、思い雪に耐え忍んだのだろう、ご苦労様、明日からも雪の予報だが、2月にはいれば、大雪は経験無い、春の淡雪になってほしいものだ。
零下に届く冷え込みに、数センチ降った雪が圧雪状態、子供たちの登校の様子は、滑る雪を楽しんでいる、信号待ちの間は、雪合戦が始まる。
知的障害の子の生活支援で、怖いがやむなく、愛車を転がした、恐る恐るの圧雪道路の運転は、四輪駆動とはいえ軽四で車体は軽い、のろのろ運転でも誰も文句を言わない、銀行も郵便局も病院もがらんとしている、皆さん外出を控えているのだろう。
薄暗くなってきても、凍り付いた公園から子供たちの歓声が聞こえる、寒さに負けないで、育ってほしいものだ、頑張って遊んでほしい。
朝から猛烈な寒さ、10センチほどの積雪が、一日溶けてくれない。
外出はしたくなかったが、今日は知的障害の子の生活支援日、道路は圧雪で、つるつるだ、怖かったが、慎重にゆっくりと車を走らせた。
社協で通帳を預かり、銀行での預金引きおろし、病院などへの支払いと、のろのろ運転の町の中を行ったり来たりで、いつもの倍以上の時間がかかった、相手の子を訪問すれば「遅い」と文句を言われ、何のためのボランティアかと、悔しい思い、でも、知的障害に対する私の理解が不足しているから、腹立たしい思いをするのだろう。
晴れたかと思えば、雪がちらつく、午後はひっそりとテレビの番人だ。