はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

(17)告発のとき(原題:IN THE VALLEY OF ELAH)

2008年07月05日 | 映画(2007-08年公開)


戦争がもたらす残酷な運命と、それに対峙する人間の勇気

幼い頃、親に連れられて見たヴェトナム戦争写真展の、泥まみれの黒人米兵の屍がいまだに忘れられない。生前の彼は、よもやこのような自身の最期を想像していなかっただろう。たとえ地獄の戦場から生還を果たせたとしても、帰還兵の心身には深い傷跡が残っている。彼らはおろか、彼らを迎え入れる家族や友人やコミュニティにとっても、戦争がもたらす惨禍は計り知れない。だからこそ、特にヴェトナム戦争以降、繰り返しその悲劇が映画でも描かれて来たのだろう(個人的には思春期に見た『ディア・ハンター』や『タクシー・ドライバー』が忘れられない。他に『ジョニーは戦場に行った』や『キリング・フィールド』、『プラトーン』、最近では『父親たちの星条旗』が印象に残る)。

映画を「時代を映す鏡」として捉えている者からしたら、本作は紛れもなく現代米国社会の一断面を映し出して見応えのある1本だと思う。自衛隊がサマワから撤収して2年近くが経過した今、私たち日本人は急速にイラク戦争への関心を失いつつあるが、米国にとってはヴェトナム戦争を想起させるような泥沼化の様相を呈しているのが、イラクの現状ではないだろうか?戦争を始めるのはいとも容易いが、終わらせるのは難しい。その間、おびただしい血が流され続けるのである。米国はその痛みにいつまで耐えられるのか?

同時に本作は、人間としての普遍的な在りかたをも提示して、深い余韻を残す作品である。原題は『旧約聖書』の「サミエル記上(もしくは「第一サミエル記」)第17章」に記された、少年ダビデが巨人ゴリアテを倒した逸話に由来する。後にイスラエルの王となる少年ダビデが、無敵と言われた巨人ゴリアテに果敢に挑んだ場所が「エラの谷」なのである。相手がいかに強大であろうとも、ひとりの人間として信念を持って挑みかかる。その勇気を、人間は自らの尊厳を守る為にけっして忘れてはならないのだ。

ポール・ハギスは当代きっての脚本家のひとりだと思う。そのプロットは緻密で最後まで観客を惹きつけて離さず、さらにその人物造形はしっかりとした骨格で個々の登場人物の存在感を際だたせ、他の追随を許さない。監督としての力量も前作『クラッシュ』で実証済みだ。本作は実話に着想を得て作られた作品だが、ハギスならではの味付けで苦みを伴う重厚な人間ドラマに仕上がっているように思う。彼が脚本を手がけた『父親たちの星条旗』でも確か(似たようなニュアンスで)語られたと記憶しているが、「(私たちの為に戦争へと赴いた彼らを)英雄として尊敬を持って称えよ」と言うような台詞が印象的だ。それは逆に、未来ある若者たちを戦場へと送り出すことへの、自責の念とも受け取れる。


始まりはサスペンス仕立て。元軍警察官のハンク・ディアフィールド(トミー・リー・ジョーンズ)の元に、イラク戦争から帰還したはずの息子が、軍から脱走(無許可離隊)したとの連絡が入る。自らを厳しく律する生粋の軍人気質のハンクには、それは信じがたいことだった。彼はすぐさま真相を探るべく、妻ジョーン(スーザン・サランドン)を自宅に残し、息子の所属部隊のある基地へと赴く。同僚の父として同じ部隊の隊員からは慇懃な扱いを受けながらも、どこか腑に落ちないハンク。さらに現地警察の女性刑事エミリー・サンダース(シャーリーズ・セロン)の協力を仰いだ矢先、息子マイクの変わり果てた姿が軍有地内で発見される。真実をひた隠すかに見える軍当局の対応に納得がいかないハンクは自ら、過去の経験知を頼りに独自に捜査を始めるのだった…


見終わってまず感じたのは、本作はサスペンスフルな展開ながら、”犯人捜し”は大して意味を持っていないことである。寧ろ、さまざまな困難にぶつかりながらも、真相を追究する為にはけっして妥協を許さないハンクとエミリー(映画冒頭では同僚男性刑事らのひやかしにいらつき、軍人妻の訴えを管轄外だと一蹴した彼女が、ハンクと出会い、その人となりに触れることで感化されて、刑事の職務に目覚めて行くさまがドラマチックだ)の粘り強さと、真相の裏に隠された残酷な事実に真摯に向き合うハンク、エミリー、そしてジョーンの勇気(人間としての強さ)を描くことに重きが置かれているように見えた。



3人のアカデミー賞俳優の白眉の演技は本当に見応えがある。同世代のハリソン・フォードはアクション俳優として十八番(オハコ)のキャラクターを体当たりで演じているが、それに対してトミー・リー・ジョーンズは、いぶし銀の演技でハンクの苦悩と葛藤と悲しみを演じきっている。二人の息子を軍へと差し出した母親を演じるスーザン・サランドンの悲壮感も真に迫って、同じ母親の立場としては胸が引き裂かれるようだった。さらに、シャーリーズ・セロンは交通課から刑事課に転属した、孤独なシングルマザーの刑事の愚かさと強かさを、確かな演技力で表現していた(今回は美人女優であることをあえて封印、金髪を茶色に染め、地味な出で立ちで臨んでいるので、一見するとセロンとは気づかない)。この3人の演技のアンサンブルが実に見事で、ハギス脚本により一層の深みを与えたように思う。

けっして万人受けはしない、観客を選ぶ作品なのかもしれないが、本格的な人間ドラマを見たい映画ファンにはお勧めの1本です。

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