Podium

news commentary

脱力の二重価格論議

2024-06-23 14:06:52 | 社会

姫路市が管理する姫路城の入場料を外国からの訪日客を対象に値上げするアイディアを姫路市長が公にした。朝日新聞6月23日朝刊によると「7ドルで入れる世界遺産は姫路城だけ。外国の人は30ドル払っていただいて、市民は5ドルぐらいにしたい」と市長が言った。

観光料金の二重価格である。何十年も前、北京の天壇公園へ行ったとき、入園料は「市民」と「外国人」の二重価格になっていた。この二重価格制度は中国が経済力をつけるとともに廃止された。収入よりも国際的な評判を気にしたせいであろうと思われる。また、メルボルンに住んでいたその昔、市内のチャイナタウンのあるレストランに日本語版のメニューと英語版のメニューがあり、料理の代金が異なっていることを知った。

金が欲しいのなら、「白サギ城」の2重入場料アイディアのような、そんなけちくさいことを考えないで、日本の入国税に相当する「国際観光旅客税」を引き上げればすむ。国際観光旅客税は日本を出入りする旅行者が1回の出国につき1000円の税を払うことを定めている。この金額は航空・船舶料金に含まれていて、航空会社と船舶会社が代理徴収分を国税庁におさめている。

現行1000円の国際観光旅客税を10倍増の10000円に引き上げるとすれば、ちょっとした増収になる。ビジネクラスやファーストクラスの利用者を対象に税額を上乗せすればさらなる増収が期待できる。その税金を国際観光客の急増で困っている都市に対策費として交付すればいいだけの話だ。

どこの誰が、こんなみっともない二重価格のアイディアを姫路市長に語らせたのだろうか?

(2024.6.23 花崎泰雄)

 

 

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御破算で願いましては

2024-06-15 22:28:21 | 政治

いつから梅雨に入りいつ頃梅雨が明けるのか。どうもはっきりしないが、6月20日告示、7月7日投票の東京都知事選は確定している。40人を超える人々が立候補を予定しているとメディアが伝えている。賑やかなお囃子にのって現職の小池百合子氏と参議院議員を辞して都政に挑戦する蓮舫氏との争いになると世間は面白がっている。小池氏がこれまでの2期8年、都知事として何をやったか――築地市場移転、東京オリンピック、神宮外苑再開発などをめぐる毀誉褒貶は新聞で読んだが、東京で暮らす人々の日常が、この8年間でどの程度よくなったのか、あるいは悪くなったのか、私にはわからない。蓮舫氏が都知事になって何をしようとしているのか、こちらもよくわからない。

小池―蓮舫対決は都政をめぐって行われる以上に、もっと大がかりな意味がある。

韓国の大統領の任期は1期5年に限られる。台湾総統の任期は4年2期限り、フランス大統領の任期は5年、連続2期まで可能、米国大統領の任期は4年2期まで。ロシア大統領は任期6年連続2期までだが、プーチン大統領が憲法を改正して、2024年からは過去の任期をノーカウントにして、あらたに2期12年とした。中国の国家主席は連続2期までだったが、習近平氏の時代に憲法を修正して任期の制限をなくした。習近平氏は現在3期目の国家主席を務めている。

「転石は苔むさず」という言葉を、肯定的に受け止めるか、否定的に受け止めるか。それは各地の文化や時代によって異なる。国家最高指導者の任期に制限を加えた米仏韓台は権力者のほど良い交代制度を法律で定めた。「さざれ石のいわおとなりて苔のむすまで」とうたってきた日本では公職の期間に制限を定めていない。

そうした事情もあって、日本では古くからの地盤・看板・カバンの3バン選挙を通じて、職業としての政治家の家業化がすすみ、自民党に見られるように、緊張感に欠ける世襲議員たちとそのとりまきが永田町にとぐろを巻いた。

自民党安倍派を中心とした政治パーティー券のスキャンダルを目の当たりにした日本の有権者たちは、日本経済の不振、賃金の低迷、不正規雇用の拡大、学術の賃貸、さらにはこのところの円の弱体化など、そのほとんどが自民党長期政権いすわりと無関係ではないと感じている。

岸田内閣の支持率は低迷を極め、自民党の党勢も大きく陰りを見せている。このところ各地の選挙で自民党は負けを続けている。小池都知事の3選で、何とか負け癖を払拭し、再起のためのカンフル剤にしたいと自民党は考えている。

ということは、小池都知事の3選を阻止できれば、保守政党としての自民党はそのダメージで強度の機能不全に陥り、野党に政権を渡さざるをえなくなる。

この原稿を書いている私のPCは年に1度くらいの割合で帯電して操作ができなくなる。また、部屋の中の家庭用wifi も帯電する。電源コードや機器の接続コードを引き抜いて10分ほど放置する、すると放電の効果で、PCが再び正常に動き出す。

(2024.6.15 花崎泰雄)

 

 

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政治ごっこ

2024-06-08 19:36:41 | 政治

かつて南米・ウルグアイに「世界一貧しい大統領」と、その清貧ぶりが国際的な評判になった政治家がいた。大統領在任中も首都モンテビデオ郊外の農場に住み、大統領の給与の多くを学校などに寄付した。ホセ・ムヒカ元大統領。いくつかのドキュメンタリーが作られた。友人から譲り受けたフォルクスワーゲン・カブトムシを自ら運転してして移動、国際会議からの帰国では、知り合いの他国の政治家の専用機に同乗させてもらったりした。「多くのものを必要とする者こそ貧しいのだ」が口癖だった。

ホセ・ムヒカ氏の清貧は政治的パフォーマンスだったのか、彼の信念だったのか。議論のあるところだったが、ムヒカ氏の生活態度は、金に手を汚さないで政治活動を続ける政治家の、マックス・ウェーバーいうところの「理念型」となりえた。「政治には金がかかる」と、政治資金規正法をめぐって合唱した自民党国会議員から見れば、ホセ・ムヒカ氏は「清貧のピエロ」であろう。

日本の岸田首相は、政治的にはレイムダック状態を過ぎ、政治的な死の床に体半分が入ってしまったような状態だ。岸田氏は政治的な危機感知能力に乏しく、危機への対応能力がないことが日本中に知れわたってしまった。

もう、そろそろ、というわけだろうか、菅元首相がさきごろ同じ自民党の萩生田前政調会長、加藤元官房長官、武田元総務相、小泉進次郎元環境相と東京麻布十番の日本料理店で会食した。

菅氏らが自家用車で日本料理店に到着、渋面を作って見せる一方で肩で風を切るといった感じの政治家特有の気負った身のこなしで次々と店内に入って行く様子をテレビニュースが放映した。レストランへの支払い、自家用車の運転手の給与、秘書の給与、ガソリン代、などの経費はどうなるのだろうか、と気にかかる。レストランへの支払いは割勘だろうか、だれかのおごりだろうか。金の出どころは議員歳費だろうか、政策活動費だろうか。議員会館の空き部屋で、食堂からざるそばでも取って、渋茶をすすりながら清貧の政治的論議はできないのだろうか。

いやいや、それでは彼らに気の毒だ。幼いこどもがままごと遊び(今でもやっているのだろうか?)に熱中するのと同じように、日本の(それに世界の沢山の)政治家は政治ごっこが好きなのだ。これ見よがしに権勢を肩に担ぎ、同業者や世間の耳目を集めることで快感をえているのだから。

議員が使える様々な経費を有効に使って政治的パースペクティブを広げ、政治哲学を深め、それを選挙区で訴える議員は少ない。さまざまな手法でかき集めた資金を選挙区の支持培養費に充てる議員は多い。これからの日本は働く人口が減り、高齢者が増え、消費は伸びず、企業などの生産性の飛躍的な伸びも期待できなくなる。縮む日本にふさわしいじり貧経済における公正な再分配の手法――新しい資本主義――は、ボスが集う高級レストランのメニューには載っていない。

(2024.6.8 花崎泰雄)

 

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梅雨入り前の感傷

2024-06-01 21:54:16 | 政治

このところ失笑させられることが多い。たとえば北朝鮮が韓国に飛ばした"風船爆弾“。大型の風船に廃棄物や汚物を結び付けて、北朝鮮国内から38度線を超えて韓国領内に送った。飛んできた風船の荷物の廃棄物から細菌やウイルスが出てきたという報道は今のところない。卵をにくい相手に投げつける憎悪の表明の国際版だが、双方の憎悪が高まれば、廃棄物・汚物が銃弾・砲弾に代わる可能性がないわけではない。韓国と北朝鮮は38度線をこえて、宣伝用印刷物などを相互に風船で飛ばし合ってきた。ある意味で毎度のことの延長線上の行為である。別の意味では、いいおとながこどもだましのような侮蔑の交換をしていることに唖然とする。政治というものはそんなにこどもっぽいものなのだろうか。

米国ではバイデン現大統領を相手に、11月の大統領選挙をあらそうトランプ前大統領の不倫口止め料に関連する裁判で、陪審員がトランプ氏に有罪の評決をした。このコラムの筆者が若いころには、米大統領はWASPで、離婚歴がないことが当選の条件とされていたが、この半世紀で米国社会の雰囲気はだいぶ変わってきたようだ。トランプ氏が元ポルノ女優を相手にした不倫は事実であり、彼女に口止め料を支払ったことも事実である。その支払いの手続きに違法性があったことが今回の裁判の焦点だった。その裁判の有罪評決を魔女狩りだの、腐敗した判事の策謀だと公言し、真の評決は11月の大統領選挙で国民が出す、とトランプ氏は支持者に語りかけた。米国から太平洋で隔てられた日本に伝わってくる断片的な情報から判断すれば、トランプ氏は歴代米国の大統領の中でも知性を研磨することの少なかった1人であるように見受けられる。考え方は自己中心的で、自らの存在を異様に増幅して認識している張子の虎のようなものである。トランプ氏が前回当選したとき、「核のフットボール」とよばれる黒いカバンをどうやってトランプ氏の目につかないようにするか、という議論があった。彼は情緒不安定な人物であると、米国人の半分が考えており、残る半分は彼こそ最高の大統領であると信じている。第2次大戦後の米国の外交政策にはベトナム戦争を始めおかしな点が多々あったが、その自己中心的な米国民衆の錯乱がトランプ氏の周りで渦を巻いている。これは止めて留められるようなものではい。静まるまで待つしかないのだが、その時まで、世界の情勢が小康状態を保てるかどうか、不安がある。

日本では、自民党の岸田首相が公明党の山口代表、日本維新の会の馬場代表と会談、今の国会で政治資金規正法の成立させるために妥協した。次の総選挙で自民党が惨敗する可能性があり、その時は自民・公明・維新で連立政権を組み、政権内部でおいしい思いをしようと計算しているのであろう。クリーンな政治は大切だが、まずは権力の座を狙うのが、政党が目指すところであるという、伝統的な政治学が教えるところだ。その代わりにといってはなんだが、有権者諸君は定額減税で夏休みをお楽しみあれ、というのが岸田首相の思い付きである。

   世の中をなににたとへむ朝ぼらけ漕ぎゆく舟のあとのしら浪 (拾遺集)

 

(2024.6.1 花崎泰雄)

 

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にほん?/にっぽん?

2024-05-26 15:55:00 | 社会

朝日新聞5月25日付朝刊オピニオン・ページのコラム『多事奏論』で、高橋純子・編集委員の「思想は深いがいい つるっと『にっぽん』多用の怖さ」という記事を読んだ。

その記事の一部でNHKの連続ドラマを引き合いに出して高橋氏は次のように書いていた。

           *

 ただ、「虎に翼」では個人的にひとつだけ、残念だったことがある。第1話、冒頭のナレーション。

 「昭和21年。公布されたにっぽんこくけんぽうの第14条にこうあります」

 NHKに問い合わせたら「日本国憲法を、にほん、にっぽん、どちらで呼称するかは番組の判断」との回答だったが(つれない)、ぜひ「にほん」と読んでほしかった。正否の話ではない。「にっぽん」がつるっと多用されることへの警戒心を、私はどうしても拭えないのだ。

         *

そのあとで、鶴見俊輔や戸坂潤を引き合いに出し、日本が「にほん」ではなく「にっぽん」と発音されるのは、侵略思想を広げようとするときであると高橋氏は主張し、「おびただしい数の命や声や思い。その犠牲の上に誕生した憲法はやはり、『にほんこくけんぽう』と読まれてほしい」と書いている。

 

日本国憲法を「にっぽんこくけんぽう」と発音すれば、背後に「だいにっぽんていこくけんぽう」の亡霊を感じる人もいれば、感じない人もいる。それはともあれ、日本橋は大阪のそれは「にっぽんばし」で東京のそれは「にほんばし」と発音される。しかし、大切な日本国憲法は全国一律で「にほんこくけんぽう」と発音してほしいと、編集委員は願っているのだろう。

 

一般的には、日本を「にほん」と発音するか、「にっぽん」と発音するかは、言葉の前後関係でどちらでもいい話だ。日本脳炎を「にほんのうえん」と発音しようと「にっぽんのうえん」と発音しようと、それが危険な夏の感染症であることは同じ。日本刀を「にほんとう」と発音しても「にっぽんとう」と発音しても、切ったら血が出る人斬り包丁に変わりはない。

(2024.5.26 花崎泰雄)

 

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連休恒例の官費外遊

2024-05-02 02:25:57 | 政治

岸田文雄内閣総理大臣が5月1日政府専用機で3か国訪問の旅に出た。ついでに言えば、岸田内閣の他の閣僚13人もこの連休中に外遊に出る。「外遊」とメディアは言うが、日本政府の外交を進めるための、国費による外国出張である。外遊にでかける大臣の数は閣僚の3分の2以上になる。

岸田首相はフランス、のブラジル、パラグアイへ旅する。上川陽子外相は6カ国へ。アフリカ3カ国と南アジア2カ国、フランスへ。パリで開かれるOECD閣僚理事会には、岸田首相、上川外相、松本総務相、斎藤経産相、河野デジタル相、新藤経済再生担当相が出席する。斎藤氏と伊藤環境相はG7気候・エネルギー・環境相会合に出席。自見万博担当相はパリで博覧会国際事務局のケルケンツェス事務局長と会談を予定。

自民党は「統一教会」問題でブーイングを浴びた。続いてパーティー券裏金問題。一番大がかりだった安倍派は派閥の岩盤がひび割れ、さしものに二階氏も次の選挙には出馬しないと言わざるを得なくなった。麻生派以外は派閥の解消を表明した。自民党は衆院補選で東京15区と長崎3区で党公認候補を立てることができなかった。不戦敗2。島根1区で立憲党候補が自民党候補を破った。敗戦1。

岸田首相には、国賓待遇で訪米した時のような高揚感は、おそらくないだろう。記録的円安が続いている。円相場の高下はアメリカの金利次第で、日本にできることは多くない。アメリカから武器を買うが、このさきの支払いをどうしたもんだろう。円安で日本観光に来た外国人が観光地を闊歩する。海外旅行をあきらめた日本人の鬱屈。首相は足どり重く3か国をめぐり、先々の事を考えて宿舎で寝付けない夜を過ごすことだろう。といって、自民党総裁・総理大臣の延命策はない。ただそんなことを気に欠けるような人物ではない、と岸田氏の鈍感力を指摘する報道も少なからずある。

自民党内からはこの3補選全敗の責任を問う声が聞こえない。反岸田勢力の核になる議員が今のところ見当たらない。有権者の自民党批判の声も、時が過ぎれば小さくなってくる。”governability” という英単語を、昭和のころには「統治能力」と誤解する政治家が多かった。本来は「統治を受け入れる国民の側の許容度」といった意味である。したがって、岸田氏にとっての「蜘蛛の糸」は、よりどころの派閥を失った自民党国会議員の「ガバナビリティー」と日本の選挙民の「ガバナビリティー」だけである。

外遊中の諸大臣のみなさまの実りある出張を祈念します。

(2024.4.9 花崎泰雄)

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なんとも人を食った話である

2024-04-27 01:34:30 | 国際

せんだってジョー・バイデン米大統領が遊説先のペンシルベニアで、第2次大戦に従軍していたおじが乗っていた軍用機がパプア・ニューギニアで墜落したが、彼の遺体は戻ってこなかった。あのたり人食いで知られたところだ、と話した。笑いをよぶための冗談のつもりだったのだろうが、判断力や注意力の劣化がうかがえる発言になってしまった。

第41代米大統領だったジョージ・ブッシュ・シニアはパイロットとして第2次世界大戦に従軍した。1945年の事だった。乗っていた軍用機が小笠原諸島の父島付近で日本軍に撃墜された。ブッシュ・シニアは海に落ち、米潜水艦に救助されたが、他の乗員8人は日本軍につかまった。日本軍が降伏した後、グアムで開かれた戦争裁判で、日本の軍人が8人の米軍人を殺し、その肉を調理して食べたとして有罪になった。5人の日本軍人が捕虜殺害と死体損壊の罪で死刑になった。

11世紀末、現在のシリアに攻め込んだ第1次十字軍の兵は、糧食が尽きたため、攻め込んだマアッラという町で、合戦で殺したイスラム教徒の死体から肉切り取って食べたと、キリスト教徒側とイスラム教徒側双方の記録に残っている。

18世紀のアイルランドは事実上イングランドの植民地で、カトリックのアイルランド人は英国教会のプロテスタントから差別的な扱いをうけ、民衆は貧困と食糧不足で苦しんでいた。『ガリバー旅行記』の著者・ジョナサン・スイフトは『貧民の子どもが親や国の負担となることを防ぎ、子どもを国家にとって有益な存在に変えるための穏健な提案』という論説を書いた。生まれた嬰児を育て、食べごろの1歳になったら、食用肉として富裕層に売る。シチューにして良し、ローストして美味、フリカッセもイケける――スイフトの憤りがほとばしる驚愕の風刺である。

ところで、英国の議会が先ごろ難民認定の申請を目的に不法に入国した人々をアフリカのルワンダに強制的に移送する法案を可決した。英政府はルワンダ政府に対して、円滑な受け入推進のために460億円相当を援助した。

(2024.4.27 花崎泰雄)

 

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マグノリア

2024-04-19 23:44:54 | 政治

藤原定家自筆の古今和歌集注釈書『顕注密勘』の原本が京都・冷泉家で保存されている木箱から見つかったという記事が4月19日の朝日新聞朝刊1面に載っていた。思い出したのが、

  大空は梅のにほひにかすみつつくもりもはてぬ春の夜の月 

という彼のけだるい春の夜の歌。「梅のにほひ」から、連想がリチャード・ライト『HAIKU この別世界』(彩流社、2007年)へとワープする。本を開くと、あった。

   Steep with deep sweetness,

 O You White Magnolias,

   This still torpid night!

この本の翻訳者は「甘美満ち白きモクレン夜だるし」と日本語訳をつけている。

『アメリカの息子』や『ブラック・ボーイ』で知られる米国の作家リチャード・ライトはミシシッピ州の生まれ。白い大きな花をつける高木・タイサンボク(Southern Magnolia、学名Magnolia grandiflora)は同州の花とされ、州の旗のデザインになっている。子ども時代に見たタイサンボク(マグノリア)の白い花はライトの記憶に焼きついていた。

白い花はどこにでもある平凡な花だが、時と場所、事と次第によっては、つよく記憶にのこることもある。むかし私はジャカルタで暮らしたことがある。そのころのある日、訪れた外国人墓地公園「タマン・プラサスティ」の一角で大きな墓石の上に白い花が散り落ちているのを見た。モクレンか、クチナシか、ジャスミンか――花の分類に暗い私にはよくわからなかった。だが、しばらく間その白い花は私の記憶の中でちらつき続けた。墓の主がスタンフォード・ラッフルズの最初の妻で、インドネシアで客死したオリヴィア・ラッフルズだったからだ。

アウンサンスーチー氏の髪飾りの白い生花。バリ島の女性が髪に飾る白い花。ビリー・ホリデイが髪飾りにした白い花――こちらはクチナシの花だったが、白いクチナシの花を髪に飾ってビリー・ホリデイが歌ったのが『奇妙な果実』(Strange Fruit)だった。

――アメリカ南部には奇妙な果実をつける木がある。葉も根元も血に染まっている。南部のそよ風にポプラの木に吊るされた黒い死体が揺れている……マグノリアの香りは甘くさわやかだが、突然、肉体の焼ける匂いが鼻を衝く――そういった内容の、かつての南部の黒人に対するリンチの光景を歌ったものである。この凄惨な歌詞の歌をビリー・ホリデイは生涯にわたって歌い続けた。ビリー・ホリデイ亡き後、ニーナ・シモンが歌をひきついだ。

米国南部のミシシッピ州に生まれたリチャード・ライトにとっては、合衆国南部が原産地であるタイサンボク(magnolia grandiflora)は望郷の花であり、差別された貧しい黒人少年の――奇妙な果実の歌詞にあるような暗い記憶の――花であり、晩年フランスで暮らして俳句制作に励み、澄明な「別世界」に遊ぼうとした作家の心の花でもあった。

リチャード・ライトやビリー・ホリデイとは違って、アメリカに住む白人にとっては、タイサンボクは大輪の花を咲かせるマグノリア・グランディフローラである。アメリカが誇る花の木だ。第7代の米国大統領アンドリュー・ジャックソンは亡き妻を偲んで、ホワイトハウスの南側の庭(サウス・ローン)に2本のタイサンボクを植えた。ホワイトハウスのサウス・ローン――権力の庭――のタイサンボクは「ジャックソン・マグノリア」としてドル世界であまねく知られた。1928年から1998年まで印刷された20ドル札の裏の挿絵に使われた。タイサンボクは植樹から200年近く生き続けた。やがて、うち1本が老化でもろくなり、庭から発着する大統領専用ヘリが巻き起こす強い風をうけて倒れる恐れが出てきた。大統領がヘリで出かけるさいはメディアの写真班がこの木の近くでカメラを構える。危険、ということで2017年に撤去された。

第18代米国大統領だったユリシーズ・グラント将軍は大統領職から退いたのち、夫婦で世界漫遊の旅に出た。夫妻は1879年に日本を訪れ、上野公園にタイサンボクを記念植樹した。こちらのタイサンボクはいまも健在だ。

岸田首相は11日の米議会スピーチで、米国への友情の印に250本の桜の木をプレゼントすると約束した。昨年は岸田氏の妻・岸田裕子氏が単独でホワイトハウスを訪問し、ホワイトハウスの南庭で桜の苗木を植樹している。

マグノリアの話はこのくらいにしておこう。ライトの『HAIKU』には「この道をくだって右折桃が咲く」という軽快な句も載っている。

   Keep straight down this block,

  Then Turn right where you will find

   A peach tree blooming.

英文の方の俳句というか3行詩というか、その音のリズムが心地よい。私が住んでいる高層アパートの玄関を出て、建物沿いにしばらく歩き、舗道と交差するところを左折すると、今の時期そこに紫木蓮が咲いている。思えば白梅紅梅が咲いて散り、公園の遊歩道のこぶしの白い花が開き、桜が散って葉桜になり、白とピンクのハナミズキが咲いた。春は駆け足で初夏に向かっている。この間、岸田文雄首相は自民党派閥のパーティー券裏金スキャンダルの鎮静化のための弥縫策に追われ、新年度予算の年度内成立のために不祥事のおわびを連発し、暇な時間には公邸か官邸で英語の発音練習に取り組んでいた。日経新聞のワシントン特派員の記事によると、岸田氏が米国議会で行ったスピーチは、起草にあたってレーガン元大統領のスピーチライターだった人物の助けを借りたという。スピーチライターが録音してくれた発音をまねて練習を重ねていた。すると、前回お話ししたバイデン大統領主催のレセプションでの岸田スピーチにでてきた「スタートレック」のセリフも、このスピーチライターからアイディアをもらったのかもしれない。4月28日の衆院補選では、自民党が3選挙区で全敗する可能性がある。自民党にとっては春に背くようなしまらない話のオチになってしまい恐縮である。5月に入るとタイサンボクの白い花が咲き始める。

(2024.4.19 花崎泰雄)

 

 

 

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ワシントン参拝

2024-04-14 00:57:13 | 政治

”Boldly go where no one has gone before”と.訪米した日本国首相・岸田文雄氏は晩餐会の挨拶で、アメリカ製のドラマ『スタートレック』のキャッチフレーズを引用した。「日米はゆるぎない。前人未到の地へ、果敢に挑もう」と言った岸田氏に対して、米大統領バイデン氏は「同じ未来に乾杯」と返した。正確にいうと1960年代の『スタートレック』初期シリーズでは” boldly go where no man has gone before”だったが、のちのシリーズでは”no man”が”no one”と言いかえられた。アメリカ合衆国にジェンダーの視点が広がったせいだ。岸田氏のレセプション・スピーチを書いた日本政府のスタッフもその程度の時代の変化はわきまえていた。

日本国首相が米国の対中国包囲網に積極的に関与することを明言した。米国大統領は日本国の安全保障関係の費用負担増と、世界で指折りの軍事力を持つまでになった自衛隊と米軍の指揮統制の調整協議に意欲を示した。

思い返せば――。

1945年にポツダム宣言を受け入れて日本は連合軍に占領されたのだが、ポツダム宣言では、日本が占領を解かれて独立国となる場合は、占領軍は速やかに日本から撤収する約束になっていた。

サンフランシスコ条約で日本が主権を回復したのは1952年である。朝鮮戦争は1950年に始まっていた。占領軍が一斉に日本を去る事態は、東アジアに深刻な武力の真空を生じさせると考えた米国は、日本と安全保障条約を結んだ。この条約はサンフランシスコ条約と同時に1952に発効した。この条約で米軍は米国の反共世界戦略の最前線に軍事基地を確保した。

朝鮮戦争のさい米軍は日本駐留兵力を朝鮮半島に出動させたので、日本国内での安全保障能力が低下した。そこで、米国政府は日本政府に警察予備隊をつくるよう要請した。

警察予備隊が日本再軍備の始まりだった。警察予備隊は保安隊と改称され、1954年には自衛隊となった。自衛隊を管理する防衛庁は2007年に防衛省と改称。近い将来には航空自衛隊を航空宇宙自衛隊に拡充する計を進めている。さらには、イギリス、イタリアと共同開発する戦闘機の第3国への輸出も行う予定である。GDPの1パーセントを上限とする日本の軍事費はやがて2パーセントに迫るようになる。

戦後70余年、憲法の条文を無視して日本国の首相の多くは米国に媚び続けたのである。憲法を変える前に、人事権を用いて内閣法制局に憲法条文の新解釈を編み出させて既成事実を作り上げる手法は、有権者の政治嫌悪を増幅させた。議員職の世襲化がつのる万年与党は権力の上に胡坐をかいて、仲良しのお友達とくるま座でわが世の春を合唱してきた。国債乱発のツケはかならず回ってくるし、アメリカに寄り添う保守政党が醸し出した国民の政治的悪酔いが、まだどの国も行ったことがない領域の果てに日本を追い込むことだろう。岸田首相帰国後の国会の論戦の盛り上がりを楽しみにしている。

(2024.4.14 花崎泰雄)

 

 

 

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サクラチル

2024-04-11 01:07:49 | 社会

連歌師の飯尾宗祇の独吟百韻の一つは次のように始まる。

 限りさへ似たる花なき桜かな

  しづかに暮るゝ春風の庭

桜の花の見事さは満開の時だけに限らず、その散りぎわにもあるのだなあ、と春風に包まれて舞う花びらを見る春の静かな夕方。連歌に見られる中世知識人の美意識がにじむ。静謐。

つづいて、浅野内匠頭の辞世と伝えられる歌。

 風さそふ花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとやせん

「いかにとやせん」がちょっと「におう」。

さきほど毎日新聞の電子版で読んだのだが、職業差別的な発言をした川勝平太・静岡県知事が退職届提出にあたって10日、

 散りぬべき時知りてこそ世の中の花も花なれ人も人なれ

という細川ガラシャの辞世の引用を記者たちに披歴した。同紙によると、川勝氏は「辱めを受けないために死を決意した。(自分が)昔から行動規範として持っているもの」と説明した。県民からは「自己陶酔だ」と批判の声もあがった、という。

桜の散りぎわにかこつけて恨みがましい自己弁護をするというのは、美的とはいえない。

(2024.4.11 花崎泰雄)

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