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news commentary

尖閣買い取り

2012-04-18 20:17:54 | Weblog

早晩やってくる総選挙をにらんで、大阪維新の会を率いる橋下徹・大阪市長が、原発再稼働へと動く政権を批判して、反民主党の姿勢をあきらかにした。続いて、石原慎太郎・東京都知事が「政府に吠え面かかせてやる」(朝日新聞4月18日朝刊1面)ために、尖閣列島を現在の持ち主(私人)から東京都が買い取る交渉がまとまったと、現地時間4月16日に米国・ワシントンD.C.でおこなった講演の中で明らかにした。面白い話題なので、連載中の故吉本隆明氏への追悼批評シリーズを一時中断して、東京都の尖閣買い上げについて考えてみよう。

石原が講演したのはワシントンD.C.のシンクタンク・ヘリテッジ財団で4月16日月曜日の午後1時から2時20分にかけての、The U.S.-Japan Alliance and the Debate Over Japan’s Role in Asia (米日同盟とアジアにおける日本の役割についての討論)という、財団主催の催しだった。

ヘリテッジ財団のサイトを開き、この催しのビデオを見た。

ヘリテッジ財団はワシントンD.C.では名の知れた保守派のシンクタンクで、そこで講演する人は、それなりに内容のある話をすることを期待されている。だが、ヘリテッジ財団のビデオを見る限り、石原の話は、支持者拡大を目指して政治家がよくおこなう時局講演会的政治漫談の域を出なかった。

こんな調子だった。

講演は、反共産主義を掲げるヘリテッジ財団に敬意を表してか、私は共産主義が嫌いだ、という石原の信条表明で始まった。そのあと、毛沢東の『矛盾論』、環境問題、キリスト教とイスラム教の対立、米国が日本に押し付けた憲法に対する非難、アメリカの黄色人種に対する差別的視点への批判、江戸時代日本の洗練された文化への誇り、岸信介は立派な政治家だったという石原の史観、日本を悪くしたのは昔は軍部いまは役人だという権力批判、日本はロシア、中国、北朝鮮と核兵器を持っている3つの国と相対している日本の脅威、などなどスピーチは焦点の定まらぬままに転々。石原は、脅威に対抗するためには日本も核のシミュレーションを行い、自前の戦闘機を開発すべきだと話し、そのあと、尖閣列島買い取りを決めたという話を持ち出した。

日本のメディアは都知事の尖閣列島買い取り発言で大騒ぎをしたが、石原講演に続く討論では、ヘリテッジ財団が招いたコメンテイターは尖閣列島買い取りの話題を取り上げなかった。尖閣買取は無視された。

都知事として3月に米国出張を発表した時、石原は、大いに物議を醸してきたい、という趣旨のことを言っていた。しかし、筆者が米国のメディアのいくつかを見たかぎりでは、ワシントン発で石原のスピーチを報じたものは目に留まらなかった。通信社のAPが東京発で記事を送り、ワシントン・ポストもCNNも、ピュリッツアー賞を受賞したばかりのハフィントン・ポストも自前で取材しないで、APの記事をコメントなしで報じた。いつも通りの日本大騒ぎ、アメリカ冷ややか、という日本要人訪米ニュースの扱いである。

東京都の尖閣買い取りの話の中で、東京が尖閣を買い取ることにアメリカは異議をとなえないでしょうね、という、つまらない冗談を言った。もちろん、アメリカが文句を言う筋合いの買い物ではないが、日本ではどうかな。

日本国には地方自治法という法律があって、その第一条の二は次のように言っている。「①地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。②国は、前項の規定の趣旨を達成するため、国においては国際社会における国家としての存立にかかわる事務、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動若しくは地方自治に関する基本的な準則に関する事務又は全国的な規模で若しくは全国的な視点に立って行わなければならない施策及び事業の実施その他の国が本来果たすべき役割を重点的に担い、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに……」。

法律は地方公共団体の仕事は住民の福祉増進が基本であり、国際社会における国家としての存立にかかわる事務は国の仕事であると役割分担を定めている。都知事が東京都議会に尖閣買い取り案を提出するにあたっては、それが住民の福祉といかなる関係があるかを説明する必要に迫られる。

政府に吠え面かかせる目的でアメリカに行き、ワシントンD.C.のシンクタンクで開かれた「米日同盟とアジアにおける日本の役割」という講演会で尖閣買い取りの件を初めて公にしたのだから、買い取りの動機は都民の福祉増進ではなく、日本の外交・安全保障政策がらみであったことはあきらかだ。

さて、都議会でどのような議論がされるのか、面白そうだね。

(2012.4.18 花崎泰雄)
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