2016年の12月、BBCを見ていたら、同局の編集幹部・イアン・カッツによる米誌『ニューヨーカー』の編集長、デイヴィッド・レムニックのインタビュー番組を流していていた。ドナルド・トランプが米大統領選挙で勝利したことがなぜアメリカの悲劇なのか、がテーマである。
「アメリカの悲劇」はセオドア・ドライザーのフィクション An American Tragedyをふまえているのだが、直接的には、ヒラリー・クリントンの敗北とトランプの勝利をうけて、デイヴィッド・レムニックが同誌に書いたエッセイ “An American Tragedy” (2016年11月9日)が英国をはじめ欧州で話題になったことによる。
インタビューそのものはBBCのサイトで見ることができる。その内容はさておき、レムニックがそのエッセイの中で、次期大統領に対して激しい罵りの言葉を浴びせているので、そのところに触れておこう。
レムニックはエッセイの冒頭で、トランプの当選はアメリカ国民にとっての悲劇、憲政の悲劇であり、国内外における粗暴な力、移民排斥主義、権威主義政治、女性不信、人種差別主義の勝利である、と書き、さらにトランプの大統領就任は合衆国とリベラル・デモクラシーの歴史における胸糞の悪い出来事であるとたたみかけた。2017年1月20日には高潔で、威厳と寛容の精神に富んだ、初のアフリカ系アメリカ大統領に別れを告げる。代わりにペテン師の就任を目の当たりにするのである。レムニックはそう書いた。
輝かしい光が消えてどす黒い闇がとって代わるのだと、レムニックは言うのである。去りゆくものは常に美しく、来たるものは醜悪に見える――新しい年の始めに、鬼が失笑するような昨年の話を持ちだした理由は、レムニックが書いたトランプの勝利の背景である「粗暴な力、移民排斥主義、権威主義政治、女性不信、人種差別主義」に加えて、米国にとっては耐え難い「ロシアによる米大統領選挙への干渉」の疑いが浮上したからである。KGB育ちのプーチンの仕業であることをオバマはにおわせた。
年末ぎりぎりになって、オバマ大統領はロシア外交官の退去などの報復措置を――米紙報道によると、遅まきながら――とった。
諜報機関が陰謀を使って他国の内政に干渉するのはことさら珍しいことではない。驚いてみせる人はカマトトである。かえりみれば米国もチリのアジェンデ政権崩壊に一役買ったほか、中南米のあちこちで陰謀を企みた。インドネシアではスカルノ政権崩壊に関与し、ベトナムではゴ・ジンジェム政権転覆・殺害のクーデタにくみした。日本では児玉誉士夫や岸信介をCIAのエージェントにして戦後日本の反共・保守政治の路線形成をはかった。これらはスパイ小説のお話ではなく、れっきとした公文書にもとづくノンフィクションに書かれていることである。
だからと言って、オバマは米大統領としてロシアの振る舞いをそのまま見過ごすわけにはいかず、ロシアに対して報復措置をとったのだ。だが不思議なことに、プーチン・ロシア大統領はラブロフ外務大臣の進言にも関わらず、当然とるべき外交上の対抗措置をとらなかった。ウクライナからクリミアをもぎ取ってロシアに併合し、シリアのアサドを救って中東の橋頭保を強化し、次のアメリカ大統領に唾をつけているプーチンとしては、金持ちケンカせずの気分なのだろう。この一件でトランプ次期米大統領はうかつにも「プーチン大統領はスマートだ」と感想を述べてしまった。これでプーチン・トランプ密約へと噂話の花が咲く。
共和党のライアン下院議長はオバマ大統領の措置を妥当だと評価し、同じ党のマケイン上院議員はロシアのハッキングは戦争行為に等しいとして、さらに厳しい追加の報復措置をとるべきだと表明した。
トランプ政権と連邦議会の溝を深刻化させる狙いのオバマの時限爆弾付き置き土産はトランプへのお年玉である。『ニューヨーク・タイムズ』は12月29日の社説で “In less than a month, Mr. Trump will have to decide if he stands with his democratic allies on Capitol Hill or his authoritarian friend in the Kremlin.” と書いた。
連邦議会とともに立つのか? クレムリンを選ぶか? そういう風に新聞に問い詰められる合衆国大統領就任予定者をこれまで見聞きしたことがあるか?
(2017.1.1 花崎泰雄)