『老子』(中央公論版『世界の名著』)にこんな話が載っている。
兵器があっても使わせないようにし、人民に生命を大事にさせ、遠くへ移住することがないようにさせれば、船や車があってもそれに乗るまでもなく、武器があったところでそれらを並べてみせる機会もない。世の中を太古の時代にもどし、粗末であっても食物や衣服を、もうまい、着心地が良いと思わせ、住まいに落ち着かせ、素朴な習慣の生活を楽しく過ごすようにさせる。そうなれば、隣国がすぐ見えるところにあって、鶏や犬の鳴く声が聞こえるほど近くにあっても、人民は老いて死ぬまで他国の人と互いに往来することもないであろう。
ごもっともな説であるが、肝心のどのようにして人民にそう思わせるか、が書かれていない。
現在では、兵器があると軍人はそれを使いたくなる。兵器には昔の「村正」のような妖気が漂う。アメリカの兵隊は朝鮮半島、湾岸、パキスタン、イラクと命がけで戦い、アメリカの企業は安い人件費を求めて工場を途上国に移し、本国の産業を空洞化させた。その空洞化が進む国に、仕事を求める人々が押しかけて安い賃金で働く。そういう流入外国人を締め出そうとする動きが欧米で強まっている。日本は昔から外国人の流入を嫌った。独立・解放記念日には、兵隊がおもちゃの兵隊のようにパレードし、ミサイル兵器が行進して隣国を脅そうとする国がある。食道楽・着道楽は豊かな社会の虚飾であって、高い金を払って膝小僧の破れたジーンズのパンツを買ってはく人がいる。
アメリカの企業も日本の企業も、安い労働力を求めて途上国に生産拠点を移すことで金儲けをはかった。過ぎたるはなお及ばざるがごとし。中国人民は昔のクーリーのように働き、中国を世界第2位のGDPを誇る経済大国に育てた。経済大国中国が軍事大国に変貌した。中国はウクライナから買い取った空母を改造・完成させて、太平洋で演習してあたりを威嚇した。
米国の次期大統領はフォード社に圧力をかけて、メキシコでの工場新設をやめさせた。謝金をもっと払わないと、日本やNATOから米軍を撤退させると選挙期間中に脅し文句を並べた。
NATOも日本駐留米軍ももともと、米国の息のかかった地域を共産主義勢力から守り、ひいては米国の安全を保障する政策から始まったものだ。米国人が国境を越えて投資してきたのも第一義的には彼らの金儲けのためであった。
それがいまでは米国が与えた恩恵のように米国人は考えるようになった。米国人は貧しくなったのだから、自由貿易など縮小し、兵隊も工場も本国へ呼び戻せ、という議論が勢いづいている。ところがどっこい、米国の一人当たりGDPは、リーマンショック後の2009年を例外として順調に右上がりで推移している。米国内での富の分配の方程式が変わり、格差が広がって貧困層が増え、窮乏感が強まっただけである。
今月20日に就任するトランプ大統領が何をやろうとしているのか、あるいは何をやればよいのか分かっていないのか――そこのところもよくわからない。ただ、次期大統領が指名した政権幹部は、権威主義的性向の人物、狂犬とあだ名された将軍など武闘派の元軍人たち、ウォール・ストリートの成功者が目立つ。おそらく、落ち着きのない政権発足になるだろう。
にもかかわらず、もっか株高である。
(2017.1.5 花崎泰雄)