慰安婦問題をめぐる2015年12月の日韓合意の韓国側の不履行に抗議して1月7日、日本政府が長嶺駐韓大使らに一時帰国命令を出した。日本の公館の威厳を侵害する慰安婦問題の象徴である少女像を韓国政府がいまだに撤去しないでいるのは合意違反であり、ウィーン条約22条の「公館の威厳の侵害を防止する」責務をはたしていない、とパク大統領が職務停止になり、韓国の政治の混乱している最中に、日本政府がこぶしを振り上げて見せたのである。
翌8日、日本大使は9日に日本に帰るが、ソウル不在期間は1週間程度と日韓の外交筋がみているというニュースがソウルから伝えられた。2012年8月に当時のイ韓国大統領が竹島(韓国名・独島)に上陸したさい、日本政府は武藤駐韓大使を12日間一時帰国させた。慰安婦問題は日本政府にとって竹島上陸問題ほどは深刻でないから、こんどの日本大使の一時帰国期間は前回よりも短い、と見通したてているそうである。
安倍政権が釜山の総領事館前の少女像設置を契機に対韓強硬路線に踏み切ったのは、政権の支持基盤への政治的ゼスチャーであり、外交上のメンツを重んじたからである。日韓関係決裂も辞せず、との勇ましいポーズのかげで、日韓の裏方が慎重に筋書きを相談している様子が垣間見える。
2015年12月28日、日本の岸田外務大臣と韓国のユン外交部長官は、慰安婦問題が「最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」と発表した。日本側は①慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。安倍内閣総理大臣は、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する②韓国政府が、元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し、これに日本政府の予算で資金を一括で拠出する、ことなどを表明した。韓国側は、韓国政府は、日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決されるよう努力する、と述べた。
ソウルの日本大使館前、プサンの日本総領事館前におかれた、慰安婦問題の象徴としての少女像が日本国政府の尊厳を侵害するのであれば、韓国の元慰安婦やその支援をする人々にとって、慰安婦像は人間としての尊厳を踏みにじられた悲しみと怒りの象徴である。ソウルの日本大使館前におかれた少女像は無許可で設置された物だが、行政当局は市民の反発を恐れて強制撤去ができない。プサンの場合は、一度当局が強制撤去したが、市民から反発と苦情が出て、改めて市当局が設置を認めた経緯がある。
安倍総理大臣は8日、NHKの「日曜討論」で、北方領土問題について「北方四島に住むロシア人の人々が理解を示さなければ北方領土は返ってこないという現実に向き合わなければならない」と話した。それと同じで、韓国の人が少女像はもういらないと思うようになるまで、少女像はなくならないだろう。
日本政府が、なぜこの時期に対韓強硬姿勢をとったのかも、よくわからない。2015年の日韓合意のさい、1年以内に撤去するよう努める、という裏約束でもあったのだろうか。プサンの道路管理者が少女像の設置を認めた件が怒りのひきがねになったのだろうか。
パク大統領に代わる新しい韓国大統領が選出されるのは時間の問題である。今回の日本政府の強気の姿勢が、次の韓国政権にどんな影響を与えるか――安倍政権は当然のことながらそのあたりは読んでいることだろう。今回の日本政府の出方によって、次の韓国の政権が少女像の撤去し、それによって日韓関係が円滑に進むようになるか、少なくとも、マイナスの効果はないと踏んでいるのだろう。だが、外交には読み違えがつきものだ。
まもなく米国でトランプ政権が発足する。何をやり出すのか予測不能である。上司が部下にあたると、部下がその配偶者にあたり、配偶者が子にあたり、その子が猫を蹴飛ばす、というジョークもあることだ。米国が日本や韓国を攻撃すると、日本国民の鬱屈感を韓国への攻撃で晴らし、韓国は韓国で民の鬱屈を日本攻撃で晴らす、というパターンが増え、日韓関係が少女像をめぐって混迷を深める可能性がある。
(2017.1.8 花崎泰雄)