米国のドナルド・トランプ前大統領のフロリダ州パームビーチの家をFBIが急襲した。「まるで第三世界の破綻国家の出来事だ。FBIは私の金庫も開けたのだ」と前大統領は怒った。8月9日のニューヨーク・タイムズ紙などの報道によると、FBIのトランプ私邸の捜索は、トランプが大統領退任のさいホワイトハウスから自宅に持ち帰った機密文書を探すのが目的だったという。
トランプ前大統領が自宅に持ち帰った公文書は米国立公文書記録保管局が返却を求めていたもので、15箱に上る量だ。大統領が退任のさいホワイトハウスから機密文書を持ち帰り、その返却をさぼっていたわけだが、ドナルド・トランプという人は、論理構造に人並みをはずれたところがあり、行動様式も奇矯なところが多々見られていたので、いかにもありそうなことに思えた。米国の元首である大統領をつとめ、公務と私事の境界があいまいになっていたのだろうか。それとも、もともとそんなことなど頓着しない人だったのだろうか。
米国政府の公文書管理は日本政府のそれに比べて段違いに整備されている。日米関係を専門にする研究者は、日本の政府の公文書管理の不備に辟易して、もっぱら米国に出かけ、公文書館にこもって記録文書を読む。
日本に長らく住んできた私はこの程度の事では驚かない。かえりみて日本の公文書管理がでたらめなのは、長期にわたる自民党政権の宿痾のようなものだ。
「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核3原則でノーベル平和賞をもらった故・佐藤栄作氏はニクソン大統領と交わした沖縄返還に関係する核密約文書を首相退任のさい自宅に持ち帰っていた。
その文書はニクソン大統領と佐藤首相の署名がある沖縄核機密文書で、日本を含む極東防衛という米国の責任を遂行するためには、米国政府は、日本政府との事前協議を経て、核兵器の沖縄への再持ち込みと沖縄を通過させる権利を必要とする。日本国首相は、そのような事前協議が行われた場合には、これらの要件を遅滞なく満たす、という内容だった。
この機密文書は、佐藤栄作が官邸から持ち帰った机の引き出しにあったという。佐藤栄作の死後、遺品の整理中に見つかったと遺族は言う。佐藤栄作は1975年に死去。この密約文書を佐藤栄作の次男・佐藤信二氏が公表したのは2009年12月のことである。
沖縄返還をめぐる対米核交渉では、日本の大学教授が佐藤栄作の密使として対米工作をしていた。この大学教授は1996年に死去したが、死の2年前に著書で沖縄の核をめぐる日米密約があったことに触れていた。日本のジャーナリズムは密約問題を話題にし、世間も密約があったらしいと感じていたが、日本の政府はそのような密約はなかったとしてきた。
佐藤栄作の死後三十余間、この機密文書は隠匿され続けたのだった。
(2022.8.10 花崎泰雄)