こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

はははのはなし

2018年12月19日 02時04分27秒 | Weblog
「歯は、ぼくら歯医者が守れるものじゃない。持ち主しか守れないんだぞ」
 隣の治療台から聞こえる先生の声は、確信に満ちていた。患者は確か中学生ぐらいだ。「この歯はまだ抜かないで様子を見てみようか。歯は一度抜いてしまえば、もう抜かなくてもいいけど、その歯は永遠に死んじゃうんだ。可哀そうだろ。それを守るのは持ち主の君の役目。責任は重いぞ。でも守れるだろう、君の歯なんだからね」
 ユーモアまじりの先生の言葉に、患者は「ハイ、ハイ」と素直に頷いている。きっとこれから彼は歯を大事にしてくれるだろう。思わず口元が綻んだ。
「どうしたんですか?」
 そうだった。私は歯のケアー中だった。歯科衛生士さんの丁寧なケアーを受けて少し居眠りかけていたのだ。いけないイケナイ。私は、この歯の持ち主なのに、痛みもかゆみもすっきり感も共有するパートナーなのに、ケアー中に眠ってしまうなんて本当に申し訳ない。
「歯石も綺麗になりました。歯のマッサージも終わりです。あとは先生に診て頂きます」
「ありがとうございました」
 私の歯の健康を見守ってくれる歯科衛生士さんには、いつも感謝しかない。
「どないですか?痛むようなところはないですね?」
 先生は相変わらず無愛想だ。五年前に診察を受けて以来、少しも変わらない。しかし、私の信頼度は増す一方だった。
 歯は抜かないで、虫歯を歯の内部から治すという、これまでに経験のない治療法をする歯医者さんがあることを、偶然ネットで見つけた。その歯科医院はなんと近くの町にあった。ちょうど虫歯のかぶせが外れた直後で、迷わず一時間係で医院を訪れた。
「これは酷いなあ。やっぱり抜くしかなさそうだな」
 先生の言葉に驚いた。歯を抜かずに治療して貰えるはずではないか。先生のそっけない態度にも腹が立った。しかし、先生の治療を受けると、納得した。虫歯の悪化が自分のせいであることを、思い知らされたのだ。
 小学校から虫歯に悩まされ続けた人生だった。歯科医院もしょっちゅう替えた。治療が気に入らない、歯を抜かれたのが納得いないと身勝手な理由ばかりだった。半数の歯を失った時も、親から受け継いだ歯性の悪さだと、安易に決めつけてしまった。
「歯への愛情が足りないな。持ち主に守ろうという意思がないと、歯は駄目になるんだぞ」
ぶっきら棒に話す先生の言葉は、不思議なことに私の心に沁みこんだ。
「一緒に歯を守れればいいですね」
 診療後の一言に、先生の歯愛を感じた。
「うん。悪いとこなしだ。ちゃんと歯を守ってますよ」
 今日もやはり先生はニコリともしなかった。

コメント
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