「お帰り。よう帰ってきたのう」
感極まる震え声で、母は出迎えてくれた。
町でやっていた喫茶店を廃業、切羽詰まった末の妻と子供を伴う帰郷だった。実家の納屋を改装して落ち着いても、惨めな気分から抜けだせなかった。
訪ねてきたのは地元青年会議所メンバーのSさん。思い当たることがなかった。訝る私を察して、用向きを事細かく話してくれた。
「ふるさと活性化に、力を借りたいんや」
実は町暮らしのころ、仕事と並行してアマチュア劇団の活動に没頭していた。
「あなたの舞台を観ました。あない感動したのは久しぶりやったなあ。パンフレットに加西市出身とあったんで、同郷の人がこんな素晴らしい活動をされていると嬉しくなってもて。会議所の仲間に報告したら『町おこしでお芝居をつくって貰おう!』となったんです」
熱い話しぶりに、圧倒された。
「加西市に伝わる伝説の美女、根日女を主人公にした物語、芝居にできへんやろか?」
「根日女?
初耳だった。
「知りはらへんかったんやな。地元出身の方でもそうやから、知名度はないんやね。でもふるさとを代表するヒロインなんでっせ」
伝説の美女を主役に据えた芝居を作ってほしいという依頼。ふるさとに出戻った負い目から抜けられない私は、得意な芝居が役立つならと、二つ返事で引き受けた。
いくら得意でも、まったく知らなずにいた伝説の美女、根日女を芝居にするのは並大抵なことではない。図書館で文献資料を漁った。
播磨風土記に、その記述はあった。根日女の熱く気高い恋愛ストーリーを拾い出した。大和朝廷の大王となるヲケとオケ兄弟皇子と交わした、純情一途な愛が蘇る古代ロマン!
「わがふるさとに、こんな愛と感動の美女伝説があったんやな。もう感激ですわ」
「そやろ。そのロマンに満たされた夢世界を市内外の人たちに知って貰いたいんや。こんな純粋で崇高な愛の物語を、ふるさとの先祖が演じたことを。若い人に、愛とは何だろうかと考えるきっかけになれば、もう最高です」
熱く語るSさん。ふるさとへの愛を、痛いほど感じた。これはやるしかない!
オーディションに集まった市民から選抜した三十名による芝居作りは始まった。いや芝居作りというより、ふるさと回帰だった。
集めた文献資料を基に根日女を語りあうのが第一歩だった。ふるさとへの思い、播磨風土記に記された歴史の重みを、参加者同士が確認しあった。満を持してのスタートだった。
ふるさとへの思いを高める練習の日々。そして裏方も、市民の力を結集させた。装置や小道具、衣装や音響照明と知恵を出し合った。
ついに迎えた公演。千人を超える観客を前に、市民の手で実現した歴史ロマンの再現は、想定以上の感動を呼び、会場はどよめいた。
「もう感動したわ!ふるさとにあった素晴らしい歴史絵巻が舞台で再現されたんや。ふるさとを顧みなかった自分が悔しいわ。これからもふるさと起こし、力を貸して貰います!」
Sさんの顔は、くしゃくしゃだった。
「私こそ、忘れかけてたふるさとを取り戻せたんや。出戻り冥利っちゅういうんかな。ありがとうをいわせて貰います」
そうだった。遠くにいると、ふるさとへの思いは日々の暮らしに埋没、記憶から徐々に消えてしまう。それを取り戻した満足感に、思い切り浸った。
出戻り劣等感は、ようやく消えた。ふるさとを見直す試みに加わり成功させたからだった。ふるさとを一挙に自分の手につかめたのである。豊かな自然、人情…すべてが、輝いて見えた。ここで生きていく自信がふつふつと湧き上がってくる。この調子で仕事を手にするのだ!
(もっと僕が住んでいるとこ知らなあかんな)
生まれ育ったふるさとのことを、あまりにも知らなさ過ぎた。それが普通だったのだ。ふるさとを愛するなんて、これっぽっちも思わなかったのが嘘みたいである。だからこそ、いま無性に知りたくなった。
(いまからでも遅くあらへん。ふるさとを観な祖いてみるんや。ふるさとを端から端まで知ったる。そいで思い切り触れてみるんや!)
Sさんに誘われて、青年鍵所が催す『ふると丸ごと散歩!』がうたい文句の市民ウォーキングに参加して市内各地を巡り始めた。次々に新たなふるさとを発見することになった。誇れるわがふるさとは、こんな身近にあったんだ!発見の度に胸が弾んだ。
わが家は辺鄙な山裾にある。夜中に家の周囲を猪や鹿が徘徊する超田舎なのだ。しかし、豊かな自然と人情はいまだ健在している。そこへ戻ってきて、住んでいる自分の幸運に感謝してもし足りない。
「ほなら、あっちゃを散歩してくるわ」
きょうも、ふるさとへ飛び込んでいく。
感極まる震え声で、母は出迎えてくれた。
町でやっていた喫茶店を廃業、切羽詰まった末の妻と子供を伴う帰郷だった。実家の納屋を改装して落ち着いても、惨めな気分から抜けだせなかった。
訪ねてきたのは地元青年会議所メンバーのSさん。思い当たることがなかった。訝る私を察して、用向きを事細かく話してくれた。
「ふるさと活性化に、力を借りたいんや」
実は町暮らしのころ、仕事と並行してアマチュア劇団の活動に没頭していた。
「あなたの舞台を観ました。あない感動したのは久しぶりやったなあ。パンフレットに加西市出身とあったんで、同郷の人がこんな素晴らしい活動をされていると嬉しくなってもて。会議所の仲間に報告したら『町おこしでお芝居をつくって貰おう!』となったんです」
熱い話しぶりに、圧倒された。
「加西市に伝わる伝説の美女、根日女を主人公にした物語、芝居にできへんやろか?」
「根日女?
初耳だった。
「知りはらへんかったんやな。地元出身の方でもそうやから、知名度はないんやね。でもふるさとを代表するヒロインなんでっせ」
伝説の美女を主役に据えた芝居を作ってほしいという依頼。ふるさとに出戻った負い目から抜けられない私は、得意な芝居が役立つならと、二つ返事で引き受けた。
いくら得意でも、まったく知らなずにいた伝説の美女、根日女を芝居にするのは並大抵なことではない。図書館で文献資料を漁った。
播磨風土記に、その記述はあった。根日女の熱く気高い恋愛ストーリーを拾い出した。大和朝廷の大王となるヲケとオケ兄弟皇子と交わした、純情一途な愛が蘇る古代ロマン!
「わがふるさとに、こんな愛と感動の美女伝説があったんやな。もう感激ですわ」
「そやろ。そのロマンに満たされた夢世界を市内外の人たちに知って貰いたいんや。こんな純粋で崇高な愛の物語を、ふるさとの先祖が演じたことを。若い人に、愛とは何だろうかと考えるきっかけになれば、もう最高です」
熱く語るSさん。ふるさとへの愛を、痛いほど感じた。これはやるしかない!
オーディションに集まった市民から選抜した三十名による芝居作りは始まった。いや芝居作りというより、ふるさと回帰だった。
集めた文献資料を基に根日女を語りあうのが第一歩だった。ふるさとへの思い、播磨風土記に記された歴史の重みを、参加者同士が確認しあった。満を持してのスタートだった。
ふるさとへの思いを高める練習の日々。そして裏方も、市民の力を結集させた。装置や小道具、衣装や音響照明と知恵を出し合った。
ついに迎えた公演。千人を超える観客を前に、市民の手で実現した歴史ロマンの再現は、想定以上の感動を呼び、会場はどよめいた。
「もう感動したわ!ふるさとにあった素晴らしい歴史絵巻が舞台で再現されたんや。ふるさとを顧みなかった自分が悔しいわ。これからもふるさと起こし、力を貸して貰います!」
Sさんの顔は、くしゃくしゃだった。
「私こそ、忘れかけてたふるさとを取り戻せたんや。出戻り冥利っちゅういうんかな。ありがとうをいわせて貰います」
そうだった。遠くにいると、ふるさとへの思いは日々の暮らしに埋没、記憶から徐々に消えてしまう。それを取り戻した満足感に、思い切り浸った。
出戻り劣等感は、ようやく消えた。ふるさとを見直す試みに加わり成功させたからだった。ふるさとを一挙に自分の手につかめたのである。豊かな自然、人情…すべてが、輝いて見えた。ここで生きていく自信がふつふつと湧き上がってくる。この調子で仕事を手にするのだ!
(もっと僕が住んでいるとこ知らなあかんな)
生まれ育ったふるさとのことを、あまりにも知らなさ過ぎた。それが普通だったのだ。ふるさとを愛するなんて、これっぽっちも思わなかったのが嘘みたいである。だからこそ、いま無性に知りたくなった。
(いまからでも遅くあらへん。ふるさとを観な祖いてみるんや。ふるさとを端から端まで知ったる。そいで思い切り触れてみるんや!)
Sさんに誘われて、青年鍵所が催す『ふると丸ごと散歩!』がうたい文句の市民ウォーキングに参加して市内各地を巡り始めた。次々に新たなふるさとを発見することになった。誇れるわがふるさとは、こんな身近にあったんだ!発見の度に胸が弾んだ。
わが家は辺鄙な山裾にある。夜中に家の周囲を猪や鹿が徘徊する超田舎なのだ。しかし、豊かな自然と人情はいまだ健在している。そこへ戻ってきて、住んでいる自分の幸運に感謝してもし足りない。
「ほなら、あっちゃを散歩してくるわ」
きょうも、ふるさとへ飛び込んでいく。