こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

こんなことありました

2019年01月11日 00時54分08秒 | Weblog
「どうしたん?まだ早いよ」
 台所で娘の弁当を拵えていた妻が訝しげに訊いた。そういえば妻にはまだ言っていない。
「買い物や。スーパーに行って来るわ」
「あ?今日は火曜日だっけ」
「そうやで」
 やっと気が付いたらしい。結構のんびりした性格である。時と場合に寄るが。
そう、今日は近くの大型スーパーで卵の安売りがある。一パック九十七円。税込みだ。消費税が八%になると、他店はそれまで目玉にしていた卵の安売りを一斉にやめた。
昔も今も卵は物価の王様だったはずが通用しなくなったのだ。それを、この大型スーパーだけはしっかりと続けている。それも以前より一円安い値段だ。業界でひとり勝ちしているという世評を裏切らない商売のやり方である。それに商品の値段表示が内税方式なのが分かり易い。年金で生活する身には、涙が出るほど何とも有り難い。スーパー様々だ。
近郊では唯一とも言える大型ショッピングタウンで中核を担う大規模スーパーである。数年前までは二十四時間営業を謳っていたが、原発事故以来の節電推奨が影響して、いまは朝七時から夜十一時までやっている。それでも使い勝手がいいので、近隣からの集客はガッチリ掴んでいる。近頃は高齢者の姿が目立つ。時代の流れを如実に示している。
 安売り日は毎週火曜日。『火曜市』と銘打たれ、かなり格安で買い物が楽しめる。卵はそのメインだ。早朝七時、午後二時、夕方五時と、一日に三度も卵は安売りされる。午後以降の二回は三百パック限定となっている。
 早朝以外のタイムセールは、三十分も前から長く列が出来る。
「本日の卵、最後尾です。ここにお並びください!」
スーパーの店員が、『卵 最後尾』と表示されたボードを高く掲げて呼びかける。
それでひとり一パックしか買えない。ただ制約より並ぶのが辛い。だから並ばなくてお構いなしの買い放題が可能な早朝に足を運ぶようになった。用意される数量も六百パックとかなり多い。時間さえ失念しなければ必ず買えるが、なにより並ばなくて済むのが短気な気性にはうってつけだ。
 六時半までに大型スーパーの駐車場に滑り込む。営業時間外の駐車場に車は殆ど見当たらない。出来るだけ店舗の入り口に近いエリアに乗り入れる。あとあとの都合を考えたうえだ。座席の背を倒し、七時開店までのんびりとカーラジオを聴きながら時間を潰す。
「家から十五分もかからへんのに、そない早う行ったかて、じーっと待ってるだけやないの。あんたのやる事、ほんま考えられんわ」
 現実的な妻は、いつもそう皮肉る。考え方が相反するから、案外夫婦関係はうまく行ってるのかも知れない。
 不思議だが、並ぶのは我慢できなくても、待つのは苦にならない。いつも誰かと待ち合わせると、必ず三十分前に着くよう心がけている。実は小心者なのだ。約束の時間に遅れることが不安だし、うまく弁解できないから何のかのと言われたくない。それなのに相手が十分以上遅刻しても、文句ひとつ言えない。ニコニコしているだけで相手には都合のいい男だった。
 七時かっちりに大型スーパーは開店する。自動ドアが開くと、躊躇なく卵売り場に急ぐ。同じ目的の客と抜きつ抜かれつとなる。去年までは、閑散とした中を悠々と卵売り場に向かったものだ。最近は利用客が目立って増えている。前のようにユックリズムは通用しなくなった。やはり、みなさんだって長い列に並ぶのは嫌なのだろう。
 ラックに山ほど積まれた卵を一パック、すかさず確保すると、レジに急ぐ。早朝レジは二台しか稼働していない。最初は卵目当ての客ばかりで、スムーズにスルーするが、七時十五分前後になると、レジは嘘みたいに混みだす。それまでの勝負だ。息が抜けない。
 なにしろ十パックは買うつもりだ。ひとり一パックの制限をクリアするには、レジを通過した足でまた売り場に取って返すしかない。
 カートに五,六パックほど積んだのをレジ近くに止め置き、往復距離を短縮する常連客がいる。馬鹿正直者には呆れる所業だ。その上を行くのが、ひとり来店が明白にもかかわらず、レジを突破する輩たち。
「お連れ様はおいでですか?」
「ああ。あっこに待っとるんや。あれ?どこ行ったんや。しょうのないやっちゃなあ、そこに居れ言うとんのに。年寄りやさかい許したって。どっかで休んどるわ」
 レジスタッフも毎度のことだから心得ている。それに自分が損するわけではない。確認の言葉をかけたのだから、それで充分なのだろう。とはいえ、嘘も使いようと要領よくレジを切り抜ける連中の真似はとうてい出来ない。根が生真面目、いや小心者なのだ。
 出たり入ったり、背負ったリュックに卵のパックが五パックになると、いったん車まで戻る。助手席に積み上げておいて、また売り場へ戻る。あと五パックに挑戦だ。
「おはようさん」
 レジに並ぶと声がかかった。定年まで勤めていた工場の同僚だ。彼ももう定年を迎えている。しょっちゅうこのスーパーで顔を合わせる。アパートに一人住まいだから、買い物は自分でやるしかないのだ。人それぞれの事情がある。それも贅沢が叶わない年金生活だ。安売り卵の購入は、お互いに欠かせない。
「お宅もまた卵かいな?」
「当たり前やがな。物価の優等生やで、その力借りんとやってかれんわ」
 少ないうんちくを口にしている。
「一パックあったら、一週間は持つもんのう」
 同僚の顔が余計ショボクレテ見える。
「なに言うとんや。一パックじゃ足らへん。うち三人家族やけど、きょうは十パック狙いや」
「そないようけ買うて腐らしたら勿体ないぞ」
「アホ言え腐らすような下手な事すっかい。卵があったら、他におかずがのうても、どないかなるやろが」
「……賞味期限切れたら……?」
「そんなもんべっちょないわ。加熱したらなんぼでもいけるで」
 卵は重宝だ。賞味期限は生で食べられる期限を表示している。卵かけごはんだけ食ってたら、ちょっと考えモンだが、大体焼いたり茹でたりして食べるもんだ。期限が切れたら加熱すりゃいいのだ。はは~ん。
 卵焼きだってかなりバラエティに富んでいる。厚焼き、出し巻き、オムレツ、炒り卵、ハムエッグ……。飽きることはない。そうそう、最近卵を使ったスィーツに凝っている。中でもプリンはお手の物だ。
「あんた、このプリン売ってるもんより美味いやないの。ようけ卵買っといて切らさんように作っときや」
 めったに亭主を褒めない妻が褒めそやすぐらいだから、自家製プリンはマジ美味なのだ。冷蔵庫に作り置きしておけば、甘いものに目がない、わが家のオンナどもが消費してくれる。勿論亭主だって、酒やたばこと縁切りして以来、寂しい口を補ってくれるのは甘いものだ。十個ぐらいはすぐなくなってしまう。
 プリンつくりで卵以外の材料は牛乳、生クリーム、砂糖、バニラエッセンス。生クリームは少々高いが、値引品を手に入れて賄う。生クリームを入れるか入れないかで、プリンの風味にすごい格差が生まれる。よく混ぜて容器に入れて蒸すだけだ。ちょうど百円均一ショップで一人分に頃合いの容器を見つけた。三十個も大人買い(?)して妻に叱られたが、容器に納まったプリンの上品さに、すぐ妻の機嫌は直った。
 七パック目になるとレジに並ぶ。卵だけではなく他の商品をガッポリ買いこんだ客の後ろに並ぶはめになると苛立ちが募る。
「あんた、それだけかいな?」
「はあ」
 カートに商品山盛りの買い物かごを積んだ客が振り返って、声をかけてくれたらシメタものだ。
「先にレジしなはれ」
「おおけに。すんません」
 人の好意は素直に受け取るものだ。断るなんて、相手の気持ちを傷つけてしまいかねない。頭をちょっと下げて礼をいえばいい。世の中は結構いい人が多いと感謝するのだ。
 十パックの卵を助手席に積み上げて、ホーッと息を吐く。仕事は終わった。思い通りの数量を買えて満足だ。
 家に着くと、意気揚々で玄関を開ける。
「お帰り。どないやったん?」
 待ち構えていた妻が性急に訊く。
「ほれ見てみい。十パックや、十パックやぞ」
「えらいえらい」
 口ぶりがあきれ果てている。定年で現役引退してから、お馴染みの反応だ。亭主がボケないために許しといてやるんだとの思いが滲んでいる。
「ほなら、いまから買いものに行って来るわ」
 妻の出番だ。日々の生活必需品は妻が購入する。
「あんたに買い物任せといたら、お金がなんぼあっても足りへんわ」
 一度買い物を引き受けた時、買って来たものを一瞥して妻は深いため息をついた。期待に副えなかったのだ。男と女の目利きと生活力の差はどうしようもないのを思い知らされた一件である。
 結局、卵とか砂糖のタイムセールスだけにお呼びがかかる。たぶん妻も並ぶのが嫌なのだろう。亭主以上に気が短いのだから。
でも、ちょっと買い過ぎやない、卵やって。これやから男の人に買い物頼みとうないんや」
 妻の皮肉は、もう狎れっこだ。あ~あ~!
コメント
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