北風が身に沁みた。12月の京都は、よほどのことがなければ訪問しない。シーズンオフの寺院の境内に人影はなかった。箒で掃き清めている僧侶が訝し気に振り返るほど、無人の境内で寄り添う訳ありの男女は目立った。それでも新婚旅行である。
つき合って2年になる私と妻。短大を卒業して夢見ていた保育の仕事に就いた妻と、喫茶店経営の私は、まだ結婚は先の話と考えていた。13歳年下の妻がやりたいと思っていた仕事。保育の現場に納得いくまで、待つつもりでいた。
その事情が急変したのは、妻の妊娠だった。放っておけないと、双方の親が奔走して結婚の段取りは決まった。さびれた神社での結婚式、そして新婚旅行もバタバタと決まった。私と妻に新婚旅行は頭になかったが、ケジメやと主張する親の要求に従った。形だけのつもりで、近場にある京都に決めたのは私と妻。
シーズンオフの京都、寒風にさらされた嵐山……それでも二人だと、悪条件など気にもならなかった。嵐山では民宿を探し回りなんとか落ち着いた。冷え切った体を寄せ合って一夜を明かし、深夜におなかがすいたと連れ立って、薄暗い中、お店を探して歩くことになる。当時はコンビニなど滅多にない時代。ようやく探しあてた小さなお店で、ミルクコーヒーとパンを買って、おなかを満たしたのだった。
結局3日の予定を切り上げて這う這うの体で自宅へ戻った。
「あんな新婚旅行あり得へんわ。でもあのおかげで、ふたり一緒やったら何でもできるし楽しいってわかったんやなあ」
妻の言うっとり、あの過酷(?)な新婚旅行、北風に吹き晒された嵐山がなかったら、私と妻の結婚40周年は迎えられなかっだろう。
子供たちが巣立った後、夫婦ふたり結婚記念日を送るために向かったのは京都嵐山だった。桜の季節で人はそこかしこに溢れていた。記憶にある、あの民宿はこじんまりした旅館に変身していた。予約が取れず泊まれなかったのが残念だった。
それから、なぜか京都や嵐山行の機会は増えた。
「今度は12月に行ってみない?」「そりゃきついなあ」
最近こんな会話が交わされた。二人の絆が深まった、あのシーズンオフの京都嵐山は、あれ以来忘れたことはない。
ともにシニアになった今、あの寒風に耐えられるかどうかは不安だが、季節外れのあそこを二人で訪ねてみたいと望むようになったのは笑えてしまう。ところが、どうやら妻にも異存はなさそうである。