老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

824;半端じゃねえ暑さ

2018-07-17 22:03:47 | 老いの光影 第2章
猪苗代湖

 半端じゃなえ暑さ

ひとり暮らしのお婆さんの家を訪問したところ
「半端じゃなえ暑さ」と話しかけられた。

10年前の秋
夫は脳梗塞が因で認知症を患った。
夜 雨の中
家から外に出て、夫は先に歩き始めた。
私は後ろから追いかけてゆくのがやっとだった。
「雨に濡れ 泣きたかった。辛かった。死にたかった。
走っている自動車に飛び込もうと思ったが、
運転手や残された子ども夫婦に迷惑がかかるので止めた」。

冷たい麦茶を頂き、暑い夏をしのいだ。、

823;「万引家族」 とんでもない家族だ

2018-07-16 11:07:54 | 老いの光影 第2章
 「万引家族」 とんでもない家族だ
今日も在宅訪問
旦那は、脳梗塞後遺症で右半身不全マヒ
家の中は杖を使いどうにか歩いている
妻は、歩くことはできるが物忘れが増え、
アルツハイマー型認知症の診断を受けた。

妻の名前は美代さん
私に「昨日長女はわざわざ東京まで行って『万引家族』の映画を観てきた」。
彼女は続けざまに話す。
「題名が良くない。映画で最高の賞をとったというが、へんな話しだ。
『万引映画』を見て、家族で万引きを真似をしたらどうする。
家族の万引きを奨励する映画ではないか。
とんでもない。へんな映画だ」
と憤慨していた。

私はまだ映画も本も目にしていない。
「犯罪(万引)}でしか、つながれなかった家族。

822;黒蝶

2018-07-15 10:25:27 | 阿呆者
ハルジョン

 黒蝶

早朝散歩のとき
林のなかに群生するハルジオンの間を
九羽の黒蝶が飛び交っていた
紋白蝶を黒くしたような蝶だった
舗装道路の真ん中に
二羽の黒鳥(烏)が戯れていた
近づくと慌て飛び去った

今日も暑い
芝刈りをしたら
イモリが慌て走り去った

こんなにも暑い日が続くと
だらけ意欲喪失

それにしても草木は
暑さにもめげず緑色の清々しさ

他愛のない話

821;世間は3連休・・・・

2018-07-14 20:11:52 | 阿呆者
神戸空港


 世間は3連休・・・・
3連休 何処へ行っても人混みと猛暑

3連休取りたい
在宅介護者も
いまは儚き夢

妻が2連休であったのを忘れ
うっかりして
在宅訪問の約束をしてしまった
8:30から17:00まで7人の老人とその家族

クーラーを入れてあった家
扇風機を回していた家
風を通していた家

いろいろだった

819;「介護思想」(8)笑いのある小規模デイサービス

2018-07-14 03:35:50 | 介護の深淵


 笑いのある小規模デイサービス

暑い夏が続いている。
定員10名の
小さなさくらデイサービス
認知症老人にとっては居心地のよい処である。
言葉かけや手をかける機会(時間)が多い。
意地悪で他人のことをあれこれ粗さがしをする老人もいるが、
デイサービススタッフの働きぶりや性格を観察されている老人もいる。
長年生きてきただけにその観察力は的を得ている。
丁寧な言葉で老人に話しかけても老人は心を開かない。
言葉は丁寧でなくてもよい、本音で話すスタッフには心を許し、本当の気持ちを話す。
そのデイサービスに老人やスタッフの笑いがあるかのかないのか。
時々さくらデイサービスを訪れると、
乱暴な言葉使いや卑猥な話しに吃驚(びっくり)させられる。
下ネタは爺様に限らず婆様も好きで、その話に乗ってくる。

平成元年から老人介護に関わってきた。
平成一桁の頃は、60,70代の老人(利用者)が多く、90代の老人は稀であった。
いま平成30年のデイサービスの利用者は、
さくらデイサービスでは85歳以上の老人は、半数を占め、最高年齢は97歳。
要介護認定を受けていても、「元気な」老人は、突然亡くなる場合もある。
寿命100歳時代の到来と言われるようになったけれど、
死は隣あわせにあることは確か。
食べたいものを食べて死にたい。
誰もが口にする言葉。
でも、脳卒中後遺症や糖尿病、腎臓病、高血圧症など様々な病気を抱えていることから、
しょっぱいのはダメ、あまいのはダメと言われてしまう。
食べ物の恨みつらみは怖く、なかには隠れて食べる。
採血や尿検査を行うと、しっかりと数値が印字され、「食べすぎ」「摂りすぎ」と注意されてしまう。

さくらデイサービスでは、
激塩辛い鮭やイカの塩辛を、三口四口と少量を昼食の食卓に出す。
爺様婆様は喜ぶ。
あの世が近い老人達に、最後の晩餐かもしれない。
婆様が台所に立つと嫌がれる。
「老人は汚い」という思い込みや偏見から、包丁を持たせてはくれない。
さくらデイサービスでは、テーブルの上でカレーライスや餃子、ポテトサラダ、お好み焼き、焼きそばなどなど
爺様婆様も食事づくりに参加。
笑いや卑猥な話しも飛び交いながら食事づくり。
自分たちは何もせずに配膳されることに感謝しながらも、
気持ちのどこかに申し訳ない、と思ってしまう。
みんなで和気あいあい作った食事は殊更美味しい。
そんなこともできるのが小規模デイサービスの良いところ。



818;「介護思想」(7)むれる

2018-07-13 19:28:06 | 介護の深淵


 むれる

夏の暑さにも負けず
ベッドに臥せている老人
排せつ行為を忘れた認知症老人
紙パンツを穿いている
漏れては大変と
用心に紙パンツのなかに
尿とりパッドを入れるから
股間はむれむれの様相にあり
その上痒みも出てくる
痒さは痛み以上に辛い
排尿は6回もできると宣伝されるナイト用紙パンツと尿とりパッド
紙パンツのなかは
尿臭とむれむれの大合唱
きょうも
夏の暑さに負けず
蝉にも負けじと
しぶとく生きている



817;蝉の声

2018-07-13 12:07:48 | 空蝉
 蝉の声

蝉の鳴き声
夏の青い空、白い雲
帰る家が無い故郷を想う
何故故郷を離れてしまったのか
今更ながら思う

蝉の鳴き声
儚さなのか
それとも
いまを必死に生きている蝉に
見倣い
自分も
今日という日を頑張るとしようか

816;「介護思想」(6)認知症老人の愚痴

2018-07-13 03:42:33 | 介護の深淵


 認知症老人の愚痴

在宅訪問は最低月1回以上は訪問しなければならない。
急変など何もなく平穏な状態が続くと、1回の在宅訪問で終わってしまう。
本当はどの在宅老人に対し、できれば2回は訪問したいが
やることが多く1回で終わる。
ひとり暮らしや体調が悪く通院、入院の状態になると、月内の再訪問、再々訪問は行う。

在宅訪問は、愚痴を聞く機会が多い。
愚痴は立場によりその内容は違うけれど
共通しているのは
溜まっている不満や不安など
溜まっている気持ちを吐き出したい
部屋に溜まったゴミや埃を掃き出したいほど
愚痴を聞いて欲しい。
その愚痴の聞き役は
時としてケアマネジャーになる。


今回は認知症老人の愚痴。
ツヤ婆さんとは
4年近くのおつきあいになる、いま85歳。
うつ病もあり隔月に心療内科も受診されている。
認知症の症状もしっかりある。
家族は長男と男孫の3人暮らし。
嫁は十数年前にうつ病を患い渓谷橋から飛び降り自殺をした。

ツヤ婆さんの愚痴の多くは苦労話。
手の指10本を折り数えても足りないくらい
同じ話を何度も聞いてきた。
「またその話か」と思わず、初めて聞くような気持ちで聞く。
他人の話を聞く(聴く)ことの訓練は
認知症老人から鍛えさせられたことに、いまでは感謝している。

いつも出だしは
嫁いだ頃の後悔と苦労話。
ツヤ婆さん自身 苦労の連続で生きていて何もいいことがなかった。
県外の隣町から嫁いだ。
亡き夫は再婚だと仲人から聞いたが
私が3人目の妻になるとは聞かされていなかった。
騙された。
私は初婚なのに
結婚式もなく嫁いだその日から田圃の草取りをさせられた。
姑は意地悪な人だった。
嫁は常に動かさないと「損をする」と思っていた姑で
手元が見えなくなるまで田畑の仕事をやらされた。
泣きたいほど辛かった。
舅は優しい人で陰でそっと「これでも食べな」と饅頭などをくれた。
鬼婆の意地悪に耐えられず、二度ほど赤ん坊を背負いもう一人の幼子の手を引き
二十数キロの実家をめざし、夜中に家出をしたことがあった。
夫や組内の人たちが探し、駅に着く前に見つかり呼び戻された。

姑が亡くなり、その後息子の嫁が来た。
二人の子ども残して自殺をしたときは、
自分が代わりに死にたかった。
孫息子は30歳を越えた。いい孫なのに嫁がいない。
私が死んだらこの家は女手が無くなることを考えると、
自分は死ねない、と話す彼女。
一方では「死にたい、生きていても何にもいいことがない」と呟きながらも
毎月のように総合病院の内科、整形外科、眼科、心療内科を受診されている。
「ペースメーカーが入っているから、間もなく死ぬ、桜が咲く前の3月31日には死ぬ」と
話しながらも、元気に生きている。

時間があれば草取りをしている。爪の間は土が詰まり黒い、手を洗っても落ちない。
自分は間もなく死ぬから、といい、
庭に生えていた庭木や桜、梅などの木々を根元から切り倒してしまった。
長男は怒らず、やりたいようにさせ黙っていた。
話したところで聞いてくれるような(老いた)母ではない。

ツヤ婆さんの在宅訪問は、いつも時間に余裕を持たせ60分はとっている。

813;「介護思想」(5)あると思うな親と金

2018-07-12 04:55:02 | 介護の深淵


 あると思うな親と金

親だったか他人だったか
忘れた
よく耳にする言葉
「あると思うな親と金」
親はいつまでも生きてはいない
生きている間に親を大切に
亡くなっては
したくてもできない親孝行

お金
泡銭ほど
お金はすぐさま消えてゆく
あると思っていたお金
拝金に染まり
心を「お金」に奪われてはならないが
お金は生きていく上で大切なもの

いまのお年寄りは
年金を使うことなく貯めている
なかには貯め込んだ老親のお金(財産)をあてにする「大きな」子ども
いまのお年寄りは
旅行に行くわけでもなく
車を買うわけでもない
贅沢をしない

これから
貯まったお金があるならば
自分の為に消費する
葬式代と墓代だけの金額を残す
それ以外は使う
それから
あまり貯金がないお年寄り
それは自分の責任ではない
つつましく生きる
そのとき子どもたちには
決して「お金は余りない」といは言わない
あくまで「あるふり」をする
子どもは誰もそうだとは言わないが
お金のある親のことを粗末にしない
貯金通帳と印鑑を渡してしまったらお終いです

なんだか寂しい話ですが

いまの自分は
貯金はなく
逆に負債が2200万円あり
自分が死ぬまでに返済せねばならない
自宅はローンがないだけに助かるが
あと7年頑張れば返済できる、と。
あと7年は生き
負債を零にし妻の憂いを無くす。
親も金もない自分だが
働けること生きていることに感謝している

812;「介護思想」(4)家族と他人

2018-07-11 04:24:14 | 介護の深淵


 家族と他人

自分の子どもの頃を思い出した。
自分には姉と妹がいる。
姉妹に文房具など大切にしているものを貸したがらなかった。
他人である同級生には、貸していたことがあった。
よく母から他人に貸せて、なぜ姉妹に貸せないのだ、と怒られたことがあった。

介護。
認知症になった他人の親とかかわり方は上手くいくのに、
自分の母が認知症になったとき、感情が先に出てしまい、
上手く関係がとれなかった。
急性肺炎で命を落としてから9年が過ぎた。
もっと優しい言葉をかけてやればよかった、と悔やんでいる。
息子としても人間としても「失格」であった。
最期、病室で母の見送りができたことが、せめてものの救いであった。

親の居るところに嫁ぎ、新婚生活スタート時点から舅姑と過ごし、
舅姑が要介護老人になった時の家族模様と
息子夫婦の家に認知症になった舅或は姑を呼び寄せ、同居したときの家族模様とは違い、
後者の家族模様の方が家族間の軋轢は大きい。

自分の母は関節リウマチを長年患い、物忘れも出てきた。
親を想う、親が老いていくほど親を想っている妻。
その妻も認知症になった義母に対しては、感情が入り乱れ、
自分に対し愚痴が多かった。
妻は実の母からは、義母の面倒をみる「それは妻のつとめ」だと言われていた。
自分自身、母と妻の板挟みの感じになり、妻の愚痴を聞きたくないがために、
認知症になった母に対し冷たい言動になってしまった。

他人には親切で身内には親切でない。
それは子どもの頃も9年前も変わらなかった自分。



811;自分を忘れる

2018-07-11 01:47:22 | 空蝉

 自分を忘れる

家に財布を忘れた。
職場に着いてから気がついた。
運転免許不携帯。

病院に面会に行った。
帽子を忘れた。
市役所に着いてから気がついた。
急いで戻り探したら
病室にあった。

忘れることが増えてきた。
知らぬ間に
自分を忘れてしまったりして・・・・

810;blog日記

2018-07-10 12:15:55 | 阿呆者
 blog日記

日記は
他人に見せる(読ませる)ものではなく
自分の心の奥を
本心を書き綴るだけに
秘密の世界にある。

自分はいま日記をつけてはいなく
日常的なことも含め
ケアマネジャーの生業も含め
blogに書き綴っている
当然顔も名も知らぬ不特定多数の人たちが
自分の拙いblogを見ている
blog「空蝉/老い楽の詩」が
自分にとり唯一の日記となっている

本心をどこまで吐露できているか
ここまで書いていいものか、と
抑制が働くけれども
それでも他者を意識しながら
blogを書くことは決して悪いことではない。

感じたまま
想ったまま
風の吹くままに
blogを続けてイケレバ・・・
生命ある限り