老い生いの詩

老いを生きて往く。老いの行く先は哀しみであり、それは生きる物の運命である。蜉蝣の如く静に死を受け容れて行く。

1089;ある日突然・・・・(1)

2019-05-03 09:19:06 | 老いの光影 第5章
5月3日は憲法記念日。僕は、憲法のことよりも“おやつ”が気になる。


ある日突然・・・・

自分の身に 突然不幸が訪れるとは思ってはいない。
交通事故死、末期癌、脳卒中 等々

脳卒中は、脳の血管がトラブルを起こす病気。
漢字というのは、上手く本質を表現している。

漢字からみた脳卒中とは、
「卒」は、突然という意味があり、「中」は、真中を貫く“Ⅰ”は、当たりを意味する。
故に 脳卒中は、脳の病気が突然、当たる。ということになる。

脳の血管が、「破れるか」「詰まる」かである。
血管が「破れる」のは、脳出血とくも膜下出血。
血管が「詰まる」のは、「脳梗塞」。

いま、脳卒中は早期発見、早期治療とリハビリが鍵となる。
1分1秒を争う。早く脳外科の診察を受け、治療とリハビリを実施することで、
麻痺などの障害を最小限かに抑えたり、後遺症が出ずに退院できることもある。

連れ合いがいる高齢者夫婦世帯や子ども夫婦と同居している場合は、
呂律が回らない、頬が引きつる、食事中に箸を落す、足の運びが悪いなどの症状に気がつく。
どこかおかしい、ということで急ぎ脳外科に受診する。

これがひとり暮らしの場合は、そうはいかない。

自分が住む隣りの家は、ひとり暮らしの男性(69才)が暮らしていた。
今年の1月9日、救急車で南陸奥総合病院に搬送された。
脳卒中で入院したことは、1箇月後に知ったのであった。







1088;薬疹かも?

2019-05-02 17:18:50 | 阿呆者
トトロの家。昭和時代を感じさせる

薬疹かも?

身体上半身の赤い湿疹の正体は⁉
皮膚科受診した結果
医師の話によると。薬疹の疑いが強い。
ダニとかカビによるものではない。

自治医科大学附属病院腎臓外科主治医に
相談した方がよいのではないか

ステロイド軟膏と痒み止めの錠剤を処方して頂いた。
ご心配おかけしました。「ファイト」等の応援りがとうございます。


あすの朝、起きたら湿疹は消え痒み無し
夢かな

1087;阿武隈川風景

2019-05-02 08:06:19 | 阿呆者
阿武隈川上流 若葉と枯草


元号は令和に変わるも
変わらぬものは怠惰な自分。

川の流れは/泡沫の如く/消えては流れ
流れ往く川は/時間の如し

躰の痒みは 更に 痒み増す
今日 連休の隙間 皮膚科へ行き受診
ただただ快方に向かうことを願うばかり

昨日 路端であった小さな蝸牛はいなかった。



綿毛のたんぽぽ
旅立ちは今日なのであろうか
綿毛のたんぽぽの隣りで
beagle元気は春の風を嗅いでいる






 


1086;18才

2019-05-01 15:03:57 | 歌は世につれ・・・・


18才 

作詞
作曲 中島光一

18になったら
施設を出て行くと
寂しそうに笑ってた
のぞみ という名は
お母さんが付けたと
うれしそうに話してた
■のぞみちゃんは
■もういない
■もう返ってこない

おじさんに引き取られ
頑張って働くと
元気よく手を振った
施設を出ても
みんなのこと忘れんと
友だちの手を握った
■のぞみちゃんは
■もういない
■もう返ってこない

お前はアホやから
身体を売って稼げと
おじさんに言われた
口紅付けて
いつも笑えと
おじさんにぶたれた
■嫌なお客さんでも
■一緒に寝んと
■おこられる

おじさんも大人も
みんな悪い嘘つきだ
こんなこと もう嫌や
施設に帰りたい
お勉強もしたい
友だちと遊びたい
■もう おじさんの
■顔なんか二度と
■見とうない

うちはアホやったから
泣き虫やったから
死ぬしかでけへんかった
先生にエエ子と
言われたかった
みんな堪忍してや
■今度生まれてくる時は
■絶対強い子になる

18になって
施設を出て行った
のぞみちゃんは帰らない
18になって
行くところ無いなら
どうしたらええの
■18になりとうない
■このままでいたい
●18になりとうない
●どこへも行きたくない

●同名異曲: 中島光一曲 グリシン曲
新おけら歌集(04/07/10/歌集あおい空) / 楽譜:ビーさん(2004/10)

新時代 令和の始まりの日に、“18才”という曲がふさわしくない、と思うのだが、
“18才”という曲に出会ったのは、自分が20才の頃だった。
そのときは福祉を学んでいたときで、当時は養護学校(現在は特別支援学校)も少なく、
重度の障害を持った子どもたちは6才になってもランドセルを背負うことができなかった。

知的障害の軽い18才の女性が、「売られ」、絶望のなかで「18になりとうない」と死を選んだ、
本当に悲しく切なく遣る瀬無い“18才”の曲。
だれもがこの世に生れ、輝き倖せになりたい、と願うのはのぞみちゃんも同じ。

重度の障害を持った子どもたちは、「おむつをしてでも学校へ行きたい」と叫んでいた。
学校へ行けないから、当然働く場もなかった。

出だしの「18になったら 施設を出て行くと 寂しそうに笑ってた」の箇所だけ、忘れずに覚えていた。
長~いあいだ、18才の曲が気になっていて、喉に魚の骨が刺さったままのような感じでもやもやしていた。
今日、何気なく出だしの歌詞と「18才」、知的障害児のワードで検索してみたら、“18才”の彼女に出会え、
本当に嬉しく、40数年ぶりに“18才”をしんみりと聴いた。

障害者の仕事から途中で老人介護に変わった自分。
老人介護の相談や在宅支援だけでなく、障害児、障害者の相談や支援のことも考えていきたい。


雨上がりの早朝散歩のときのこと
阿武隈川上流に沿い、beagle元気と小路を歩いていたら
小さな蝸牛を発見。
濡れたアスファルトに張り付き小休止していた。
自分の小指の半分もない蝸牛も 健気に生きている。
自分は頑張って生きている、と口にすることもなく、
小さな小さな生命の蝸牛は生きていた。





1085;痒くて眠れない

2019-05-01 03:45:22 | 阿呆者
夜明け 新時代“令和” 銚子岬


新時代早々 痒くて眠れない

傷の痛さより、痒い方が我慢ならぬ
拾連休入る前の4月26日に 腹部、背部に赤い湿疹が出現
そのときはたいして痒みはなかったので
かかりつけ医に受診(皮膚科ではなく、腎泌尿器科内科だった)し、ユーメトン軟膏0.3%を処方された

平成最後の日になり、赤い湿疹は胸部、腹部、背部、腋下、上腕と拡がり痒みが増してきた。
これは“やばい”と思い、評判のよい皮膚科に電話するも連休明けの5月9日が診察日、
家にあったムヒソフト 乳液タイプのものを塗布した。
昨日の朝、入浴後に塗布し、夕方までは痒みはチョッと気になる程度であったが、
それ以降痒みが気になりだし、21時30分過ぎに寝た。

深夜1時半過ぎ 目が覚め、猛烈に痒みが襲う
禁断の手とはわかりながらも 胸部、腹部、そして背部を掻いた
掻いたときは“気持ちよいが”、掻くと痒みが余計に増してきた。
痒くないところまで痒くなってくる。

あんまり痒いので、フェイスタオルを熱いお湯で浸し絞り体を拭き
ムヒソフト乳液を塗布を痒いところに塗りまくったが・・・・
痒みはとれず。

隣りの部屋で、wifeもbeagle元気も気持ちよく寝ている。
今日か明日、評判が良くない皮膚科を探し受診しなければ・・・・

痒みがあり 山形の銘酒「鷹山」飲めず
隣りでwifeは白ワインを、beagle元気は苺を味わっていた。

いま一番の悩み 痒みを除去して欲し~い
神様にお願いしても・・・・・