稽古始めは6歳の6月6日からが良い、というようなことから
今年の6月6日にSNS上で「#伝統芸能稽古事のススメ」デモが
浪曲師の玉川奈々福さんの提案で行われていました。
確かに、伝統芸能といわれるもの、
どのジャンルも縮小傾向にあって
携わる人で危機感がない人もいないと思います。
ひとつのジャンルだけでアクションを起こすのではなく
広いジャンルにわたって一斉に行動しよう、
また、プロの演奏家に限らず
趣味でお稽古をしている人も一緒に、という
今回の呼びかけは意味あるものに思えました。
が、奈々福さんがご自身のブログに掲載された
今回のデモ呼びかけに至る経緯を読むと、
何かちょっと違うのでは、、と首を傾げたくなる部分が。
全体として
ターゲット層がシニア男性を想定した書きぶりであることがひとつ。
大人のたしなみ、定年後の楽しみ、であったり
周りから注意されることが少ない立場の人が
師弟の礼をとって習い事をすることの大切さ、であったり。
確かに、今すぐサポーターになってくれる大きな層ではあるだろう、
けれど、もっと若い層へのアピールが必要なのではないのだろうか。
そして、若い人たちには、この伝統芸能の師弟関係、礼儀みたいなものこそ
伝統芸能が遠ざけられる理由の一つでもあるのでは。
そもそも、プロの修業をするならともかく
習い事レベルでそんなに厳格な師弟関係が必要だろうか。
基本的に私は体育会系的なるものを忌避しているので
それが伝統芸能の良いところであるかのような言い方は出来ない。
もうひとつは、日本の伝統芸能はスゴイ!と持ち上げすぎていること。
自分のやっている芸能を愛し、誇りに思うことは良い。
でも、それが他のものを貶めることにつながってはいけない。
素晴らしいということと、他より優れていることは別だ。今回に限らず、伝統芸能に関する話題において
伝統芸能を自ら特別視するような発言をする芸能者は少なくない。
そのたびに違和感と反発を覚えてしまう。
たとえば、声を出すことの健康への効果というなら
浪曲や謡や浄瑠璃に限らず、カラオケだっていいわけで。
学校や職場とは違う居場所を持てるというなら
私にとってピアノのレッスンはまさに救いだったから。
なんだか長々と書いてしまいましたが。
私は、伝統芸能を特別視したくない。
もっと楽しくやれたらいいと思う。
習い事なんだから。修行とは違うんだから。
(いや、修行であっても、パワハラ絶対反対だから。)
今の時代、習い事ができるのは
それだけで幸せなこと。
願わくは、その選択肢のひとつに伝統芸能が
当たり前のように存在する世の中になってほしい。
椿紅静月×松浪千静×豊澤住静
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►活動予定
6月14日(金) 三味線三昧@京都・天Q
6月22日(土) 義太夫体験教室@一心寺
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ステージイベント、パーティ、ブライダル、レクチャーコンサート、
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