日曜は地球ゴージャス「The Love Bugs」を観てきました。
前半はメインキャスト紹介みたいで
なんだかストーリーがつかめないなと思いきや、
後半はぐいぐい物語の世界に引き込まれました。
自然破壊、戦争、核、
愛すること、たたかうこと、いのち。
どれも単純なことではないし、
絶対の正解もない。
でも、目を背けてはいられないこと。
直球のエンターテイメントだからこそ伝えられるメッセージ。
エンターテイメントには何ができるだろう。
あのときの問いはずっと続いているし、
これからも向き合い続けなければならない。
前半はメインキャスト紹介みたいで
なんだかストーリーがつかめないなと思いきや、
後半はぐいぐい物語の世界に引き込まれました。
自然破壊、戦争、核、
愛すること、たたかうこと、いのち。
どれも単純なことではないし、
絶対の正解もない。
でも、目を背けてはいられないこと。
直球のエンターテイメントだからこそ伝えられるメッセージ。
エンターテイメントには何ができるだろう。
あのときの問いはずっと続いているし、
これからも向き合い続けなければならない。
出会いと別れの春~
という常套句を嫌がってる方もありますが、
そんな季節ですので
急に身辺慌ただしく
ほとんど練習らしきものもせずに
26日は天Qレディースナイトに参加してきました。
総勢11組の“女性”アーティストが集まってのライブ。
かわいいひと、かっこいいひと、
癒し系のひと、パワフルなひと、
女装するひと、男装するひと、
ウクレレ弾くひと、三味線弾くひと(私か)、
みなさん個性溢れるステージでめちゃくちゃ面白かったです。
そんな日の着物はこれ。
金本監督の初勝利を祈願してのトラッキーコーデ。
そして、水樹ゲルトナーさんのJoshinの歌に勇気づけられ、
何年ぶりかの六甲おろしを唄いました。笑
二上りだったか、本調子だったかもちょっと怪しい感じでしたが、
やっとくべきでしょ、な勢いで。
セットリストは
津軽アイヤ節
りんごメドレー
満月の夕
六甲おろし
でした!
という常套句を嫌がってる方もありますが、
そんな季節ですので
急に身辺慌ただしく
ほとんど練習らしきものもせずに
26日は天Qレディースナイトに参加してきました。
総勢11組の“女性”アーティストが集まってのライブ。
かわいいひと、かっこいいひと、
癒し系のひと、パワフルなひと、
女装するひと、男装するひと、
ウクレレ弾くひと、三味線弾くひと(私か)、
みなさん個性溢れるステージでめちゃくちゃ面白かったです。
そんな日の着物はこれ。
金本監督の初勝利を祈願してのトラッキーコーデ。
そして、水樹ゲルトナーさんのJoshinの歌に勇気づけられ、
何年ぶりかの六甲おろしを唄いました。笑
二上りだったか、本調子だったかもちょっと怪しい感じでしたが、
やっとくべきでしょ、な勢いで。
セットリストは
津軽アイヤ節
りんごメドレー
満月の夕
六甲おろし
でした!
偶然の一致。
読む本がどこか繋がっている。
それはもちろん、自分で選んで読んでいるのだから
何かしら通じてはいるのだろうけれど。
死後百年、紫式部の怨霊が現れて
「本物の宇治十帖」を語りなおす、という筋に惹かれて
珍しく小説を読んでいたら、
「まつろわぬ者」すなわち「蝦夷(えみし)」が出てきたりして。
蝦夷。
ヤマト王権に最後まで抵抗した東北の人々。
先日紹介した赤坂憲雄『ゴジラとナウシカ』にも
「まつろわぬ民」が出てきました。
あぁ不思議だなぁ。
私はきっと遡って遡っていけば縄文人だと思う。
決して弥生人ではないはずだ。
そして今現在、私は浮舟だ。
両天秤の仕儀になる浮舟か・・・
読む本がどこか繋がっている。
それはもちろん、自分で選んで読んでいるのだから
何かしら通じてはいるのだろうけれど。
女たち三百人の裏切りの書 | |
古川日出男 | |
新潮社 |
死後百年、紫式部の怨霊が現れて
「本物の宇治十帖」を語りなおす、という筋に惹かれて
珍しく小説を読んでいたら、
「まつろわぬ者」すなわち「蝦夷(えみし)」が出てきたりして。
蝦夷。
ヤマト王権に最後まで抵抗した東北の人々。
先日紹介した赤坂憲雄『ゴジラとナウシカ』にも
「まつろわぬ民」が出てきました。
あぁ不思議だなぁ。
私はきっと遡って遡っていけば縄文人だと思う。
決して弥生人ではないはずだ。
そして今現在、私は浮舟だ。
両天秤の仕儀になる浮舟か・・・
館内放送が流れて14時46分、黙祷した。
あれから、東北を想うといつも涙が出そうになる。
昨日、テレビで星野仙一さんを見た。
東北楽天を日本一に導いた元監督として、
宮城の仮設住宅を訪ねていた。
その後、
励まそうと思って行ってるのに
逆にこっちが励まされた気がする
というようなことを言っていた。
まさにそうだと思う。
あれから、ずっとそう感じている。
それまでも、そのときも、それからも、
ずっと貰っているばかりなのだと。
1月に岩手に行って
最初に演奏した大槌町の復興住宅でのこと。
演奏が終わってから、お菓子とパンを差し入れてくれた方がいた。
きっとすぐ近くにお住まいで、急いで取りに帰って持ってきてくれたのだと思う。
私たちの方が何かをいただくなんて...
という話を、翌日、盛岡でお会いした別の方にしたら、
それはね、本当に喜んでくれたということなんだから
貰っておいていいんですよ
と言われた。
その時はもう本当に泣いてしまった。
今日、黙祷した。
思ったのは今そこで暮らしている人たちのことだった。
震災が起きたのは5年前のこと。
でも、それは終わってはいない。
それなのに、私はずっと励まされ続けている。
あれから、東北を想うといつも涙が出そうになる。
昨日、テレビで星野仙一さんを見た。
東北楽天を日本一に導いた元監督として、
宮城の仮設住宅を訪ねていた。
その後、
励まそうと思って行ってるのに
逆にこっちが励まされた気がする
というようなことを言っていた。
まさにそうだと思う。
あれから、ずっとそう感じている。
それまでも、そのときも、それからも、
ずっと貰っているばかりなのだと。
1月に岩手に行って
最初に演奏した大槌町の復興住宅でのこと。
演奏が終わってから、お菓子とパンを差し入れてくれた方がいた。
きっとすぐ近くにお住まいで、急いで取りに帰って持ってきてくれたのだと思う。
私たちの方が何かをいただくなんて...
という話を、翌日、盛岡でお会いした別の方にしたら、
それはね、本当に喜んでくれたということなんだから
貰っておいていいんですよ
と言われた。
その時はもう本当に泣いてしまった。
今日、黙祷した。
思ったのは今そこで暮らしている人たちのことだった。
震災が起きたのは5年前のこと。
でも、それは終わってはいない。
それなのに、私はずっと励まされ続けている。
あの日、2011年3月11日の夜、
東京のすみだトリフォニーホールでコンサートが開かれた。
演奏されたのはマーラーの交響曲第五番。
この実話をもとに作られた小説が『あの日、マーラーが』。
こんなときに音楽なんて。娯楽なんて。
そう思いながらも
コンサートを開いた人たちがいて、
演奏した人たちがいて、
聴きに行った人たちがいる。
それぞれの想い、それぞれの事情を抱えて。
あの後、しばらくの間、世の中は“自粛”ムードで覆われた。
多くのイベントが中止あるいは延期されて、
実際に私も依頼されていた演奏がキャンセルになったりもした。
そんな“自粛”ムードに違和感を感じてもいたけれど、
それを口に出せるほど、自分の音楽に確信もなかった。
こちらの著者は、震災の二日後である3月13日に予定されていた
自身の主催イベントを中止し、
同じ日に予定していた、別の劇団のアフタートークへの出演を辞退した。
もしも時間が巻き戻せたとしても、やはり私は同じようにするだろう。それはそうだ。
だが、そもそもタイムマシンは、この世に存在していないし、そして私は今も、泣きたい
ほどに後悔している。
正解はないのだ。
あのときにも。今も。これから先も。
でも、すべては正解なのだ。
私のも。あなたのも。誰のものも。
東京のすみだトリフォニーホールでコンサートが開かれた。
演奏されたのはマーラーの交響曲第五番。
この実話をもとに作られた小説が『あの日、マーラーが』。
あの日、マーラーが | |
藤谷治 | |
朝日新聞出版 |
こんなときに音楽なんて。娯楽なんて。
そう思いながらも
コンサートを開いた人たちがいて、
演奏した人たちがいて、
聴きに行った人たちがいる。
それぞれの想い、それぞれの事情を抱えて。
あの後、しばらくの間、世の中は“自粛”ムードで覆われた。
多くのイベントが中止あるいは延期されて、
実際に私も依頼されていた演奏がキャンセルになったりもした。
そんな“自粛”ムードに違和感を感じてもいたけれど、
それを口に出せるほど、自分の音楽に確信もなかった。
批評時空間 | |
佐々木敦 | |
新潮社 |
こちらの著者は、震災の二日後である3月13日に予定されていた
自身の主催イベントを中止し、
同じ日に予定していた、別の劇団のアフタートークへの出演を辞退した。
もしも時間が巻き戻せたとしても、やはり私は同じようにするだろう。それはそうだ。
だが、そもそもタイムマシンは、この世に存在していないし、そして私は今も、泣きたい
ほどに後悔している。
正解はないのだ。
あのときにも。今も。これから先も。
でも、すべては正解なのだ。
私のも。あなたのも。誰のものも。
「東北学」の赤坂憲雄氏が、
震災後に観たのは怪獣映画「ゴジラ〔1954年〕」とアニメ映画「風の谷のナウシカ」だったという。
不思議な縁を感じてしまう。
私もその二つの映画がずっと好きだった。
その二つを結びつけて考えたことはなかったけれど、
こうして並べられると確かに繋がっていると思う。
ゴジラは誕生した時から核の影を背負い、
ナウシカの生きているのは核戦争後に文明が滅んだ世界。
ゴジラの来襲と、王蟲の大群。
どちらも人間から見れば大海嘯(おおつなみ)に違いない。
それにしても、
昔から怪獣映画が大好きだったのは、
理由のないことではなかったのだ、とわかった。
怪獣映画には、民俗学のモチーフがちりばめられているらしい。
神話や民話、神事や芸能。
それは普段から惹かれる分野だ。
あぁ、繋がっているんだなぁと腑に落ちました。
ハリウッド版ゴジラは私はやっぱり不満が残るので、
今年、ついに日本版ゴジラの新作がある、というのは
とても楽しみ。
震災後に観たのは怪獣映画「ゴジラ〔1954年〕」とアニメ映画「風の谷のナウシカ」だったという。
ゴジラとナウシカ 海の彼方より訪れしものたち | |
赤坂憲雄 | |
イースト・プレス |
不思議な縁を感じてしまう。
私もその二つの映画がずっと好きだった。
その二つを結びつけて考えたことはなかったけれど、
こうして並べられると確かに繋がっていると思う。
ゴジラは誕生した時から核の影を背負い、
ナウシカの生きているのは核戦争後に文明が滅んだ世界。
ゴジラの来襲と、王蟲の大群。
どちらも人間から見れば大海嘯(おおつなみ)に違いない。
それにしても、
昔から怪獣映画が大好きだったのは、
理由のないことではなかったのだ、とわかった。
怪獣映画には、民俗学のモチーフがちりばめられているらしい。
神話や民話、神事や芸能。
それは普段から惹かれる分野だ。
あぁ、繋がっているんだなぁと腑に落ちました。
ハリウッド版ゴジラは私はやっぱり不満が残るので、
今年、ついに日本版ゴジラの新作がある、というのは
とても楽しみ。
岩手に行く前にこれを読んでいた。
タイトルに取られているのは
ヴィスワヴァ・シンボルスカの「眺めとの別れ」という詩の一節であると、
書名と同じ名前をもつ第二章で紹介されている。
その詩に続けて、
古歌「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」が引かれている。
あの年の春にも桜はいつもと同じように美しく咲き、
今年もまた同じように咲くのだろう。
春というのはやはり象徴的だ。
芽吹く季節。色彩が変わる季節。
季節がまた巡ってきたことを感じさせる。
だから、不在もまた感じられるのだろう。
あれから、この季節が巡ってくるたびに
誰もが思い出すことになる。
自然というもの、
ときに猛威を振るい、人の心など関係なく過ぎてゆくものを
日本人が古来どのように捉えてきたか、
それは現代においても実はさほど変わっていない、
そのことが、どのように社会に影響を与えてきたか、というあたりで、
良くも悪くも、私は、私たちは、日本人なのだと思った。
だから、桜は何よりもその象徴に見えてくる。
ずいぶん前に、桜をモチーフにした唄を書いた。
今度書くときにはきっと、あの古歌を思い出すだろう。
春を恨んだりはしない - 震災をめぐって考えたこと | |
池澤夏樹 | |
中央公論新社 |
タイトルに取られているのは
ヴィスワヴァ・シンボルスカの「眺めとの別れ」という詩の一節であると、
書名と同じ名前をもつ第二章で紹介されている。
その詩に続けて、
古歌「深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染めに咲け」が引かれている。
あの年の春にも桜はいつもと同じように美しく咲き、
今年もまた同じように咲くのだろう。
春というのはやはり象徴的だ。
芽吹く季節。色彩が変わる季節。
季節がまた巡ってきたことを感じさせる。
だから、不在もまた感じられるのだろう。
あれから、この季節が巡ってくるたびに
誰もが思い出すことになる。
自然というもの、
ときに猛威を振るい、人の心など関係なく過ぎてゆくものを
日本人が古来どのように捉えてきたか、
それは現代においても実はさほど変わっていない、
そのことが、どのように社会に影響を与えてきたか、というあたりで、
良くも悪くも、私は、私たちは、日本人なのだと思った。
だから、桜は何よりもその象徴に見えてくる。
ずいぶん前に、桜をモチーフにした唄を書いた。
今度書くときにはきっと、あの古歌を思い出すだろう。
舞台作品を観るときに
何を期待するかは人それぞれ。
あるいは、作品によりけり。
美しさにもいろいろある。
ただただ綺麗だなぁという思いで満たされることもあれば、
哀しみを纏った美しさもあり、
狂気を孕んだ歪な美しさもあるだろう。
中には、観てもよくわからない作品もある。
何を見たいか。
何を見せたいか。
私の中には、両極への志向がある。
このひととき、とにかく楽しんでほしいというライブもあるし、
自分の限界に挑むシリアスな作品もやりたい。
どっちつかずなのか
欲ばりなのか
まだ己のことが理解できていないのか
これ一本!
というのが、なかなか絞れないのです。
何を期待するかは人それぞれ。
あるいは、作品によりけり。
美しさにもいろいろある。
ただただ綺麗だなぁという思いで満たされることもあれば、
哀しみを纏った美しさもあり、
狂気を孕んだ歪な美しさもあるだろう。
中には、観てもよくわからない作品もある。
何を見たいか。
何を見せたいか。
私の中には、両極への志向がある。
このひととき、とにかく楽しんでほしいというライブもあるし、
自分の限界に挑むシリアスな作品もやりたい。
どっちつかずなのか
欲ばりなのか
まだ己のことが理解できていないのか
これ一本!
というのが、なかなか絞れないのです。
舞踊家の若柳吉御前さんと
久しぶりにイベント出演。
長らく育児休業中の篠笛奏者にいわせると、
私にいちばん合ってるのは吉御前さんなんだそうだ。
三味線体験コーナーもさせていただき、
思ったよりもたくさんの方が、やってみたい!と集まってくださいました。
こういう体験コーナーみたいなときに
意外と難しいのが、三味線の構え方。
津軽三味線は比較的、構えやすいのですが
それでもなかなか決まらないものです。
私の伝え方が至らないのでしょう…
和の伝統文化を身近に親しんでもらうために。
いろいろ頑張っていきたいと思います。
久しぶりにイベント出演。
長らく育児休業中の篠笛奏者にいわせると、
私にいちばん合ってるのは吉御前さんなんだそうだ。
三味線体験コーナーもさせていただき、
思ったよりもたくさんの方が、やってみたい!と集まってくださいました。
こういう体験コーナーみたいなときに
意外と難しいのが、三味線の構え方。
津軽三味線は比較的、構えやすいのですが
それでもなかなか決まらないものです。
私の伝え方が至らないのでしょう…
和の伝統文化を身近に親しんでもらうために。
いろいろ頑張っていきたいと思います。