東山いこいの森の仙人

福井県勝山市にあるキャンプ場「勝山市東山いこいの森」の日々の暮らしを発信します。

笏谷石の里にも雪。勝山へ行って来ました。

2020年02月09日 20時20分52秒 | 日記

6時から、お通夜があると聞いていたが

会場は閉まったまま。

連絡してくれた人に電話をすると、

明日だったとの事。

とんだ無駄足でした。

これで、日にちを間違えて教えられたのは、2度目。

ヤバイ状態かも。

 

勝山城博物館。

博物館の左側の奥が荒島岳。ここからも雲の中。

 

弁天橋の向こうに見える荒島岳。

山頂は雲の中。九頭竜川の水は少ない、

福井では小雪が舞っていたのに、勝山は道も乾いていた。

 

福井市市内でも若杉一丁目に昔から住んでいる民家には

ほとんど笏谷石が使われています。

 

 

門柱、階段、敷石も笏谷石です。

大きな狸くんは信楽焼です。

雪吊りは外してしまっています

 

門柱の前の花壇の周りも。

 

前庭に先日降った雪が少し残っています。

福井は暖冬です。

 御所が原生まれの人が又一人亡くなったので

これから、勝山へお通夜に行って来ます。

亡くなられた久保田家の人たちも明治の終わり頃北海道でも

北の果て天塩町へと渡っています。


庭師の頃の思い出の場所。へしこのヌカのエコ料理。鐔師高橋記内。

2020年02月09日 09時19分41秒 | 日記

 

 

8時半、午前中研修会場の二階から福井市体育館の屋根の上に虹が見えていました。

昼で研修が終わったのでその帰り道、

平成元年一年間庭師の修行をしていた時に携わった庭の一つ、

天台宗西巖寺へ寄ってみた。

右の墓の土台の石積みなども直して墓石も立て直したが

鐔師高橋記内之墓の標は無かった、高橋記内なる人物の事は知らない

ので後で調べてみよう。

 

平たい敷石は笏谷石では無いがこれも敷直しした。

左の百日紅や松なども根巻きをして運んで来たのをここに植えた。

ここは、池にしたはずなのに、手入れがされていず落ち葉に埋もれている。

建物の後にも庭があるのですが、人が住んでおられる様なので

中には入りませんでした。

庭師の師匠に連れられて 伝統庭技研修を受けた事など

思い出す。

師匠は一昨年亡くなられた。

 

家に戻ってへしこ鯖のヌカだけを削ぎ取りアブラで炒めた

だけでは塩辛く、フをおろし金で擦って擂って混ぜてみたが

まだまだ塩辛かったので

今回はミガキニシン3匹、ナス2個、おからを混ぜて

炒って見ました。

ナスやおからもへしこのヌカにかぶれて懐かしい味。

唐辛子はへしこのヌカの中に入っていたもの。

次男が食べて旨いと言ってくれたので、合格としましょう。

子供の頃、母たちは小糠漬けのイワシのヌカもよく炒めていた。

もちろん母たちの作ったものの方が旨かった。

 

 高橋記内

福井藩お抱え鐔師(つばし)

扶持を受け 天保年間(1830~44)の「給帳」では

「三人扶持鐔師高橋記内」とある。