●今日の一枚 118●
板橋文夫 WATARASE
板橋文夫の『わたらせ』……。1981年の録音で長らく廃盤状態だったが、やっと数年前にCD化された。誰が何といっても日本のジャズの名作である。「日本のジャズ」という言い方はフェアではないかもしれないが、まぎれもなくこの作品は、というより板橋文夫は、日本のジャズなのである。それほどまでに板橋は、日本的なものに、いや日本などという偏狭なものが生成する以前のもっとネイティブなものにこだわっている。
以前にも記したが、数年前に隣町の小さなホールで見た板橋のコンサートは、衝撃的だった。金子友紀という若い民謡歌手が一緒だったが、民謡歌手の歌にあれ程の感動を受けるとは予想だにしなかった。板橋の演奏もすざまじかった。左手が創り出すうねるようなビートの中で右手のメロディーが自由自在にかけめぐっていく。時折使用するピアニカのブルースフィーリング溢れる響きもすごかった。魂が入ると、ピアニカなどという楽器があれほどまでに輝かしいサウンドをつくりだすとは、はっきりいって信じられなかった。
さて、本作であるが、日本のジャズの名作である、と繰り返し叫びたい。同じくピアノソロで比較的近年の『一月三舟』とくらべると、演奏がややぎこちなく、たどたどしく聞こえる。それだけ、板橋の技術と音楽性が向上したとみることができるのだろうが、そのぎこちなさゆえに、かえってネイティブな雰囲気が伝わってくるという効果もある。岡林信康は「日本人のリズムはエンヤトットである」と語ったそうだが、板橋のピアノのずっと奥のほうでも「エンヤトット」は鳴り響いているように感じる。
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