●今日の一枚 273●
Bill Evans
Waltz For Debby
本当にしばらくぶりに聴いてみた。説明する必要もあるまい。ビル・エヴァンスの1961年録音作品『ワルツ・フォー・デビー』である。いわゆるリバーサイド4部作のひとつ、伝説的なヴィレッヂヴァンガードでのライブ・レコーディングである。このライブは2枚のアルバムに分けて発売され、これはその第2集にあたる。このライブから10日後にスコット・ラファロ(b)が自動車事故でなくなり、ラファロをフィーチャーした曲を中心に編集された第1集の『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッヂ・ヴァンガード』がまず発売され、半年後に発売されたのがこのアルバムである。なお、数年前には、『コンプリート・ライブ・アット・ザ・ヴィレッヂ・ヴァンガード 1961』(3枚組)が発売され、このライブの全容を聴くことができる。先の2作とは同じ録音でありながら、若干違う処理をされているようで、目をつぶって聴くと音像が異なるのが興味深い。
超人気盤であると同時に、傑作・名盤といっていいだろう。かなり聴き飽きたはずのアルバムだが、今聴いても本当にピュアで新鮮な感動がある。私は今でも大好きだ。傲慢な言い方だが、このアルバムを聴いて何も感じないビギナーはジャスを聴くのは止めた方がいい、といいたくなる程である。
はじめて聴いたのは大学生の頃だったろうか。友人にインタープレイの何たるか、① My Foolish Heart の出だしに注目せよ等のレクチャーを受けた後、聴かされた。ジャズ・ビギナーだった私にも、3人が物凄い集中力で対峙していることが、そのピリピリとはりつめた空気感から手に取るようにわかった。しかもこれだけ緊密な演奏でありながら、聴くものを拒絶するような「孤高な」雰囲気がまるでない。聴くものにとって、受け入れやすく、聴けば聴くほどその凄さの理解が深まる一枚である。
ところで、私はLPも持っているが、最近はもっぱら数年前に買ったCDで聴いている。理由はCDのボーナス・トラックとして収録されているPorgy(I Love You , Porgy) が聴きたいからである。まったく素晴らしい演奏だ。My Foolish Heart に劣らない、美しい演奏である。ゆっくりとした演奏が生み出す、音と音のすき間の静けさがたまらない。エヴァンスが、繊細な指先で注意深く鍵盤にタッチしている様が目に浮かぶ。ラファロの腹にしみたわるような太いベースはサウンドに安定感を与え、我々の心をほっとさせ安心させる効果を生み出している。ポール・モチアン(ds) のブラッシュ・ワークもカラフルにならず、静寂感を演出している。
ただ、ひとつ残念なのは、やはり聴衆の騒がしさである。ティーカップやグラスの音はさほど気にならないが、先のPorgy(I Love You , Porgy) の後半で、女性(中年のオバサンか?)がアハハと高笑いするのにはちょっと怒りを感じてしまう。1961年の6月25日、3人はそのような聴衆の中でこの名演を生み出したのだ。しかしあるいは、このような騒がしさの中だからこそ、あのすごい集中力の緊密な演奏が可能だったのかも知れない。