WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

ジャスミン

2010年07月09日 | 今日の一枚(C-D)

●今日の一枚 276●

Keith Jarrett / Charlie Haden

Jasmine

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 話題の作品である。キース・ジャレット/チャーリー・ヘイデンの『ジャスミン』、今年(2010年)発表された作品だが、よく見ると録音は2007年のようだ。web上の多くのレビューが記すように、いいアルバムだ。静かで切ないバラード集、けれど決して甘く流されることはない。やや自己主張をしすぎるベースのせいだろうか、全体的なサウンドのトーンはチャーリー・ヘイデンのもののような気がする。しかしよく聴くと、いつもとちょっと違う雰囲気で奏でられる切なく狂おしいピアノのメロディは、まさしくキース・ジャレットその人のものだ。曲と曲との間の空白の時間の余韻がすごく深い。演奏そのものに静けさがあるが、その余韻には、さらに深遠な「絶対的」な静寂を感じる。この余韻がいとおしい。ほんの一瞬だか至福の時間だ。それを感じるだけでもこのアルバムには十分に価値があるとさえ思う。

 しかし、それにしてもである。この違和感は何だろう。とてもいいアルバムだと思う一方、奇妙な違和感を感じてしまう。これまでのクリエイティブなキース・ジャレットとのギャップだろうか。そうではないような気がする。そして私は、その正体の知れない違和感にかすかな恐れを感じてしまう。

「夜更けにあなたの妻や夫、あるいは恋人を電話で呼び出して、一緒に座って耳を傾けて欲しい。これらは、曲のメッセージをできるだけそのままの形で伝えようとするミュージシャンたちが演奏する偉大なラブソングだ。」(キース・ジャレット)

 キースのこのような言葉は、できれば聞きたくなかった。しかし、ミーハーな私は、韓ドラ三昧の妻を誘って、今夜は一緒にこの「ジャスミン」を聴こうかなどと考えてしまう。