●今日の一枚 278●
Yaron Herman
Piano Solo Variations
話題のピアニストのピアノ・ソロ・アルバムだ。1000円也、安い。イスラエル出身のピアニスト、ヤロン・ヘルマンの2009年作品、『ヴァリエーションズ』である。
1981年7月12日、テル・アビブ生まれ。彼のピアノ歴のスタートは極めて遅く、なんと、16歳の時だった。それまでは、バスケットボールのナショナル・チームの一員として将来を期待される存在であったが、致命的な足の負傷により競技生活を断念したそうである。ピアノの師であったOpher Brayerは、哲学、数学、心理学などを基本としたユニークな教授法で知られる人であったが、その薫陶を受けたヤロンは、わずか2年後、権威のある賞として知られる、Rimon賞の「若き才能部門」に輝いた。この事はイスラエルの音楽界、ピアノ界の歴史においても極めてユニークな出来事だ。
ヤロン・へルマンのバイオグラフィーである。本当だろうか。ちょっと、信じがたい話だ。カリスマ的な神話をつくろうとしているのでは、と疑いたくなる。
確かに、素晴らしい演奏技術と豊かな表現力をもったピアニストである。「新しいピアニズムとの出会い」というシールが貼られていたのも頷ける程である。ただ、ちょっと生真面目すぎはしないだろうか。うがった見方をしてしまうと、知識人特有のスノビッシュないやらしさを感じてしまう。美しく理想的な音楽を希求する姿勢、例えればプラトンのいうイデアへの憧れのイメージを強烈に感じるのだが、音楽を演奏する悦びがいまひとつダイレクトに感じられない。「エロス」とは、イデアを希求する心であると同時に悦びでもあるのだ。
とまあ、余計なことを記してしまったが、好きか嫌いかと問われれば、すごく好きだ。線は細いが、美しく、狂おしい感じがとてもいい。ユダヤ系の曲を数曲取り上げたり、ヴァリエーションズの名のとおり、いろいろの曲解釈を実験したりと、やりたい事がたくさんあるようだ。やはり、才能がある人なのだろう。他のアルバムも聴いてみたいと思わせるピアニストである。
[追記]この記事を書いてから一週間ほど、ほとんど毎日このアルバムをかけている。真剣に聴くというより日常生活のBGMとしてかけているのだが、とてもいい気分だ。心が穏やかになる。そして時折、ドキッとするフレーズがある。やはり、好きか嫌いかと問われれば、すごく好きだ、ということになろう。すばらしい。