昔、僕がまだ小学生の頃、
冬を前にしたこの時期、母が大きな木の樽に大根や白菜を漬けた
何段も重ねて塩を振り糠を入れて
タクアンや白菜の古漬けは貴重な副食だった
寒くなって来ると親父のイカ漁の季節だ
夕方に家を出て寒い夜、荒れた海で船を操る
集魚灯で赤々と海面を照らし寄って来たイカを釣り上げる
日本海の様に吹雪に見舞われる事は無いがそれでも過酷な漁だ
そしてこの季節は我が家にとって一番の繁忙期でみかんの取入れも始まる
主役は漁師を引退した祖父で段々畑をそれこそ牛や馬のごとく働き
取入れに選別と家族総出の作業が続く
車の運転が出来るのは母親だけでみかん山と家との往復
それに箱詰め、その上、国道で観光客相手のみかんの露店も出した
夜、母親は祖母の経営する小さな衣料品店の仕立て直しの仕事もあって
皆の寝静まった夜に薄暗い部屋でミシンを踏んでいた
毎晩、布団の中で風の音と母親の踏むミシンの音を聞いた
昔は現代と違って家事は一切母親の仕事で親父が手伝う事はほとんど無かった
それでも母親は不平を言う訳でなく黙々と働いていた
それが当たり前の生活だった
母親が家事をしている間、親父と兄弟は一つの炬燵に入って
一台のテレビにくぎ付けになる
親父のプロ野球は不動の番組で
それ以外は兄弟でチャンネルを取り合う
でも冬の居場所は一つの炬燵しかなかった
それでも充分幸せだっと気がする