HIROZOU

おっさんの夜明け

遠い夏の日

2021-08-30 09:27:07 | メモリー

勉強もかけっこも苦手だけれど

泳ぎだけは人に負けない自信があった

それも得意は素潜り

小さい頃から高校生になる頃まで

夏になると放課後とか夏休みは一日中、海や川の中にいた

ある夏の日

普段は潜らない波の高い外海に潜った

潜水具無しじゃ大人だって潜らない荒れた海だ

息を止めて必死に海の底に向かうと

普段は見かけない大きな貝や魚がいた

息継ぎに海面に顔を出すと大きな波に揉まれてまた海底に引きずり込まれそうになる

勇気を出してもう一度潜ると深い底で大きなイシダイを見かけた

息が続くか続かないぎりぎりの底だ

大きく息を吸い込んでモリを片手にイシダイを追った

岩の隙間にイシダイを追い詰めた

(しめた)

狙いをつけてモリのゴムを思い切り張ってイシダイめがけてモリを放った

ところが

モリはイシダイに当たらず岩の隙間に食い込んだ

いくら引っ張ってもモリは抜けずにとうとうモリの先だけ岩に食い込んだまま

もうどうする事も出来なかった

後にも先にもあの荒れた外海に潜ったのはその時だけで

他の誰かがその海に潜ったのを見た事も無かった

あの日確かに僕は海に潜ったんだ

誰も潜れない海に

今でもたぶんあの海の底の岩の隙間に僕の放ったモリが刺さっているに違いない

あの日、僕が海の底で見かけたツム貝と呼ばれた大きな巻貝もいつの頃からかいなくなった

遠浅の浜からはハマグリもハマグリカニと呼ばれた砂浜に潜るカニも

関東ではナガラミと呼ばれる綺麗な貝もいなくなった

くんくと言う名の波打ち際を泳ぎ回る横縞模様のかわいい魚もいなくなった

くんくを追いかける子供達もいなくなった

風景は昔のままでも海の中はないないづくしだ

ただ海の底には岩に刺さったままの僕のモリがある

コメント
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