学芸員のちょっと?した日記

美術館学芸員の本当に他愛もない日記・・・だったのですが、今は自分の趣味をなんでも書いています

『ウィステリア荘』を読む

2012-02-29 16:59:58 | 読書感想
今日の休暇は、読書をしてのんびり過ごしています。シャーロック・ホームズシリーズの短編『ウィステリア荘』を読みました。

この小説は、スコット・エクルズ氏が「ウィステリア荘」で体験した奇妙な事件から展開されます。奇妙な事件とは、エクルズ氏を「ウィステリア荘」に招いた主人ガルシアとその使用人たちが一夜のうちに消え失せたというものでした。翌朝、ガルシアは死体で発見されます。事件解決のため、主人亡き後の「ウィステリア荘」を訪れたシャーロック・ホームズとワトソンが見たのは、血の入ったバケツや黒焦げの骨、八つ裂きにされたオンドリ…。そして警官が見た謎の大男の存在。なぜガルシアは殺されなければならなかったのか、「ウィステリア荘」に残されたモノは何を意味するのか、そして謎の大男の正体は?

『ウィステリア荘』には大きく2つの楽しみ方があると思いました。1つは従来のホームズ(ワトソン)の立場から推理を楽しんでいく読み方、もう1つはホームズと地元警察の警部ベインズとの推理合戦です。シャーロック・ホームズに登場する警部は優秀とは言い難く、ホームズの引き立て役のような存在として描かれる場合が多いのですが、ベインズ警部はそうではありません。真犯人を油断させるために、別の容疑者を逮捕するという大胆な戦略を取ります。事件に対するホームズとベインズの結論は同じなのですが、解決まで持っていく過程に違いがあり、そこが面白いところです。

また、この小説は人間の心理をうまく利用した内容でもあります。我々人間は見慣れない不気味なものを見た場合、心のなかに恐怖や不安を強く感じます。この小説でいえば、「ウィステリア荘」で見た、血の入ったバケツなどがそうです。想像するだけでも気持ちが悪くなりますし、どんな目的で用いられたのか全く説明がつきません。しかし、最後になぜこうしたものが「ウィステリア荘」にあったのかという謎解きがなされ、その正体がわかると恐怖や不安はかなり軽減されます。つまり、人間は得体のしれないものに恐怖感を感じるけれども、その正体がわかれば案外受け入れられるという心理です。人間はこの安堵感を得るために、その正体や真相を知ろうとする。それが小説をぐいぐい読ませる力につながる。これはシャーロック・ホームズシリーズには多々見られる手法ですが、ひきつけ方がとても上手いと思います。

『ウィステリア荘』は、『シャーロック・ホームズ 最後のあいさつ』に収められている1編です。これから数日はシャーロック・ホームズの世界を楽しむ予定です。


●『シャーロック・ホームズ 最後の挨拶』日暮雅道 訳 光文社文庫 2007年