今日は、昨日の予定通り、ネクタイを買ってきました。申し遅れましたが、私の職場でも夏場はノンネクタイが認められています。ノンネクタイは、もちろん涼しくていいのですけれど、私は毎日ネクタイをして出かけます。ネクタイを締めると、気も引き締まって、仕事のモチベーションが上がるのです。それに普段スーツばかりだから、ちょっとしたオシャレのために、せめてネクタイくらいはしたいのです(笑)もちろん、多少は暑いですけれど、だからといって事務室のクーラーをガンガンかけるようなことはしません。明日は仕事ですので、早速新しいネクタイで出勤しようと思います。
さて、今日は夏目漱石「坊っちゃん」を読みました。「坊っちゃん」には、ちょっとした、それもあまり良くない思い出があります。私が高校生の時分、いやみな現代文の先生が「夏目漱石の本を何か読んだことはあるか」と私を指名しました。私は「坊っちゃん」を読んだことがあると答えました。すると、先生はフンとかるく鼻をならし、いやらしい笑みを浮かべながら、私に言うのです。「坊っちゃん」を読んで漱石を読んだつもりかと。私はあんまりくやしいから、「こころ」を熟読して、次に同じ質問をしてきたら論破してやろうとたくらみましたが、二度と同じ質問はきませんでした(笑)
主人公坊っちゃんの性格は、「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」の小説冒頭の一文に全てが集約されてます。そんな無鉄砲な坊っちゃんには、両親も愛想を尽かしますが、ただ一人、お手伝いの清だけが温かく見守ってくれるのでした。やがて、坊っちゃんは四国へ数学の教師として赴任し、そこで教頭赤シャツの陰謀(陰謀というほどおおげさでもありませんが)に憤慨し、山嵐(本名は堀田)とともに天誅を食らわすのです。そして、赤シャツ、野だを倒した後、再び東京へ戻り、清と感動の再会?を果たすのでした。
さて、この作品の大一番と言えば、主人公と山嵐が策士赤シャツと野だを成敗するラストシーン。主人公は、野だの顔に生卵6個をぶつけたうえ、ぽかりと何度も殴ります。山嵐は、赤シャツと対峙し、やはりぽかりと何度も殴ります。なぜ、我らが主人公が、悪玉赤シャツと戦わなかったのか。おそらく、山嵐の方が赤シャツへの恨みが強かったためと思われます。主人公も赤シャツには何度も罠にはめられていますが、山嵐は罠に加え、同僚うらなり君を救えなかった自責の念、そして赤シャツの策謀で辞表を提出させられるなど、積年の恨みがあったのでしょう。対決シーンで、主人公がやや目立たなくなるのも面白いところです。
「坊っちゃん」は、「吾輩は猫である」よりも娯楽要素が強い作品。確かに現代文の先生が言った「漱石を読んだつもりか」の言葉もわからなくはありません。でも、これから漱石を読んでみようと思う方には良い作品だと思います。内容もさることながら、比較的文章が短いので、とっかかりやすいものがあります。(「吾輩は・・・」も面白いのですが、初心者にはちょっと長すぎます)それに、なにより堅苦しい漱石のイメージもはがれてくることでしょう。漱石を読んでみたいと思う方はぜひ「坊っちゃん」から♪
さて、今日は夏目漱石「坊っちゃん」を読みました。「坊っちゃん」には、ちょっとした、それもあまり良くない思い出があります。私が高校生の時分、いやみな現代文の先生が「夏目漱石の本を何か読んだことはあるか」と私を指名しました。私は「坊っちゃん」を読んだことがあると答えました。すると、先生はフンとかるく鼻をならし、いやらしい笑みを浮かべながら、私に言うのです。「坊っちゃん」を読んで漱石を読んだつもりかと。私はあんまりくやしいから、「こころ」を熟読して、次に同じ質問をしてきたら論破してやろうとたくらみましたが、二度と同じ質問はきませんでした(笑)
主人公坊っちゃんの性格は、「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」の小説冒頭の一文に全てが集約されてます。そんな無鉄砲な坊っちゃんには、両親も愛想を尽かしますが、ただ一人、お手伝いの清だけが温かく見守ってくれるのでした。やがて、坊っちゃんは四国へ数学の教師として赴任し、そこで教頭赤シャツの陰謀(陰謀というほどおおげさでもありませんが)に憤慨し、山嵐(本名は堀田)とともに天誅を食らわすのです。そして、赤シャツ、野だを倒した後、再び東京へ戻り、清と感動の再会?を果たすのでした。
さて、この作品の大一番と言えば、主人公と山嵐が策士赤シャツと野だを成敗するラストシーン。主人公は、野だの顔に生卵6個をぶつけたうえ、ぽかりと何度も殴ります。山嵐は、赤シャツと対峙し、やはりぽかりと何度も殴ります。なぜ、我らが主人公が、悪玉赤シャツと戦わなかったのか。おそらく、山嵐の方が赤シャツへの恨みが強かったためと思われます。主人公も赤シャツには何度も罠にはめられていますが、山嵐は罠に加え、同僚うらなり君を救えなかった自責の念、そして赤シャツの策謀で辞表を提出させられるなど、積年の恨みがあったのでしょう。対決シーンで、主人公がやや目立たなくなるのも面白いところです。
「坊っちゃん」は、「吾輩は猫である」よりも娯楽要素が強い作品。確かに現代文の先生が言った「漱石を読んだつもりか」の言葉もわからなくはありません。でも、これから漱石を読んでみようと思う方には良い作品だと思います。内容もさることながら、比較的文章が短いので、とっかかりやすいものがあります。(「吾輩は・・・」も面白いのですが、初心者にはちょっと長すぎます)それに、なにより堅苦しい漱石のイメージもはがれてくることでしょう。漱石を読んでみたいと思う方はぜひ「坊っちゃん」から♪
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます