(1)『憲法改正の真実』(集英社新書、2016)において、憲法学者の樋口陽一および小林節が自民党の憲法改正草案の「隠された意図」を読み解いている。
日本国憲法と比べてみると、国家権力と国民の関係が逆転している。それが二人の対談で明らかにされれるのだが、ここでは
「復古主義と新自由主義の奇妙な同居」
という指摘に注目する。
(2)憲法第22条は、経済的領域における基本権を定めている。
<何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する>
封建時代のように人を土地に縛りつけることを否定して移動の自由を認め、職業選択の自由を謳っている。経済活動の自由を保障する一方で、「公共の福祉に反しない限り」と制限を加えるのは、弱者を保護するために経済的な自由が規制を受けることがあるからだ。
この第22条を自民党の改憲案は、
<何人も、居住、移転及び職業選択の自由を有する>
と改めている。「公共の福祉に反しない限り」を削除したのだ。その意図は、自民党改憲案の憲法前文を参照すれば明確になる。「活力ある経済活動を通じて国を成長させる」という、成長戦略政策と見まがうような文言が憲法前文にわざわざ書き込まれているのだ。
<競争至上主義を徹底して、世界で一番、企業が活動しやすい国にするという、安倍政権の目標と似通ったものが、前文にも、22条の変更にも、ストレートに反映している>【樋口氏】
<まさに財界向けの草案>【小林氏】」
<自民党改憲案では新自由主義が国是>【樋口氏&小林氏】
(3)自民党の改憲案の特徴は、「新自由主義」が「復古主義」とセットで登場することだ。
むしろ基調は、「国と郷土」「家族」「美しい国土」「良き伝統」などを押し立てる復古主義だ。
<改憲マニアの世襲議員たちは、戦前の明治憲法の時代に戻りたくて仕方ない>【小林氏】
復古色が強いだけに、経済的自由だけが制限なしとされている点が際立つのだ。
(4)「新自由主義」が「復古主義」。
一見すると矛盾するふたつの主義が、自民党改憲案では仲良く共存しているのはなぜか。
論理的には矛盾しているけれど、じつは表裏一体なのではないか。そう指摘するのは樋口氏だ。<「美しい国土」など復古調の美辞麗句は、競争によって破綻していく日本社会への癒やしとして必要とされた、偽装の「復古」ではないかと思うのです>
新自由主義的な政策があちこちで社会の靱帯を切断してまわり、個人が孤立化を深めれば深めるほど、人々の共同性を希求する思いは強まる。「国と郷土」「家族」「美しい国土」「良き伝統」・・・・失われた共同性を想像の領域で回復するための格好のキーワードだ。
(5)奇妙な結合ではあるが、新自由主義と復古主義は必ずしも相性が悪いわけではない。両者が手を携えて進めば、喪失感の深まりとともに「情念」が生まれる。現実には決して手に入れることができないものを想像的に取り戻そうとする、人びとの衝迫にも似た「情念」。
あるいは、それこそ自民党改憲案が欲するものかもしれない。
□佐々木実「新自由主義に鼓舞される復古主義 自民党改憲案の「第22条問題」 ~経済私考~」(「週刊金曜日」2016年4月29日号)
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