語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~『原爆供養塔』ほか~

2016年05月22日 | ●片山善博
 小野一光『殺人犯との対話』(文藝春秋)は、雑誌連載の作品としては秀逸だ。ただし、単行本になったとき、これらの殺人事件の報道を通じて著者が読者に伝えたいメッセージが鮮明でない。

 清武英利『切り捨てSONY リストラ部屋は何を奪ったか』(講談社)は、文体、構成において候補作のうち最も優れていた。ただし、ここで紹介された技術者をリストラ部屋に送るという決定をした会社側の論理がまったく見えてこない。視座が一方的になってしまっていることに違和感を覚えた。

 井上卓弥『満州難民 三八度線に阻まれた命』(幻冬舎)は、一次資料の発掘、詳細なインタビューによる優れた作品だ。しかし、2015年の時点の難民概念で、戦後の満州からの引き揚げ者をとらえるという方法は、乱暴であり、ついていけない。

 堀川惠子『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』(文藝春秋)【注】は、丹念な取材と資料の読み込み、さらに優れた表現方法を駆使した完成度が高い作品だ。細部においては、<全国の農村漁村から根こそぎ動員で集められた少年たち。(中略)死への待合室に待機していた少年特攻兵>という、志願と動員を同一視し、当時存在しなかった少年特攻兵というような言葉を用いているなど気になる点もある。また、ロシアの核政策で<日本だけが世界の紛争と無縁でいられる時代では、もはやない>という現状認識が、いかにして導かれるのか、その理路が理解しがたい。しかし、これらの欠点があるにしても、それをはるかに上回る説得力が作品全体にある。丹念な取材、優れた文章、著者の熱い想いが、総合され、傑出したノンフィクションに仕上がっている。堀川惠子氏には、21世紀のノンフィクション界を牽引する力が内在している。

 【注】受賞作。

□佐藤優「第47回大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~書籍部門~」(「文藝春秋」2016年6月号)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

【社会】防災体制の点検、真剣に ~平素の備えが大切~

2016年05月22日 | 社会
 (1)熊本県を中心に発生した大地震は、甚大な被害をもたらし、いまだに続く余震で被災地の不安は収まらない。
 片山善博・慶大教授は若い頃、熊本県庁で勤務した経験があり、当時を振り返ると、熊本では地震の心配はあまりしていなかった。県庁が防災面で力を入れていたのは、もっぱら風水害と阿蘇山の噴火だった。個人的にも、アパートの大家が「熊本には地震はなかけん」と教えてくれたのをよく覚えている。
 現に3年近くの熊本生活で地震の記憶はないし、その後もついせんだってまで、熊本で大きな地震があったとの報道に接したことはなかった。

 (2)その熊本で大地震が発生した。そのことは他の地域にとって貴重な教訓だ。これまで大きな地震を経験したことのない、いわゆる地震空白地域であっても、いつなんどき大地震に襲われるか分からない。
 全国の自治体は、あらためて防災体制を真剣に点検しておくにこしたことはない。
 
 (3)片山教授が鳥取県知事を務めていた2000年10月、鳥取県西部地震という大地震に見舞われた。マグニチュード7.3、最大震度が6強だから、阪神・淡路大震災や、このたびの熊本地震とほぼ同程度の規模だった。
 初動とその後の復旧・復興を通じて大いに助けられたと思ったのは、事前の準備と、それに沿った関係者の協力だった。もしそれを欠いていれば、大混乱の中で的確な対応は難しかったのではないか。

 (4)鳥取県で事前に準備していたことで、おそらく他地域でも参考になると思われることは次のとおり。
 まず、防災計画や災害発生時の対応マニュアルの点検と見直しだ。
 県庁の幹部と共にこれらを点検していたところ、これではいざというときとても役立ちそうもない箇所が随所に見つかった。
 <例>食糧の供給。避難所を設けるのは市町村の役割だが、そこに食料を供給するのは、もっぱら県の責任だ。
 そのことについて当時の地域防災計画(震災対策編)にどう書いてあったかといえば、県は農林水産省の出先機関を通じて精米を調達するとある。はてさて、大地震の被災地では当座は電機もガスも水道も止まっているが、そこに精米を送ってどうしろというのか。
 そこで早速、弁当・仕出業の組合と協議し、大災害のときには、県内の被災していない地域の事業者から優先的に弁当を供給してもらう胸の協定を結ぶこととした。

 (5)食料以外の物資についても、同様に。
 <例>建設業協会との間で、災害時には建設資材や仮設トイレなどを優先的に被災地に回してもらうことも取り決めた。これらが被災直後に大きく役立った。 

 (6)地元の専門家の知見を借りることも重要だ。
 鳥取県では、1943年に鳥取市を中心に発生した鳥取大地震の経験に鑑み、それまでの震災訓練はいつも鳥取市で行っていた。
 ところが、鳥取大学の研究者の話によれば、鳥取市のある県東部よりも、それまで地震空白域とされていた県西部の方が地震発生の可能性が断然高いという。

 (7)そんなこともあって、2000年7月の震災訓練は県西部の米子市で行った。訓練の内容も、ひたすらシナリオを読み合う年中行事的なやり方から、市町村長や県庁幹部が状況に応じて的確な判断と行動ができるよう大幅に刷新していた。

 (8)訓練の想定では、地震の規模はM7.2、最大震度6強、震源地は米子市の南方に置いていたが、3カ月後後に発生した地震は規模も震源地も想定したものとほぼ同じだった。
 地震発生直後、この研究者には余震の動向なども予測してもらったが、その後の展開はほぼ予測どおりだった。地域のことに精通した専門家の存在が、県民にとっても、行政にとっても、どれほど心強かったかは言うをまたない。
 全国の各地で、自分たちの防災体制を、いま一度具体的かつ真剣に点検してみるとよい。

□片山善博「防災体制の点検、真剣に ~平素の備えが大切~」(日本海新聞 2016年5月22日)
     ↓クリック、プリーズ。↓
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ  人気ブログランキングへ  blogram投票ボタン

 【参考】
【片山善博】口利き政治の弊害と政治家本来の役割
【片山善博】選挙権年齢引下げと主権者教育のあり方
【片山善博】TPPから見える日本政治の悪弊 ~説明責任の欠如~
【片山善博】政権与党内の議論のまやかし ~消費税軽減税率論議~
【経済】今導入すると格差が拡大する ~外形課税=赤字法人課税~
【片山善博】【沖縄】辺野古審査請求から見えてくる国のモラルハザード
【片山善博】川内原発再稼働への知事の「同意」を診る
【片山善博】違憲と不信で立ち枯れ ~安保法案~
【片山善博】【五輪】新国立競技場をめぐるドタバタ ~舛添知事にも落とし穴~
【片山善博】「ベトナム反中国暴動」報道への違和感
【片山善博】文部科学省の愚と憲法違反 ~竹富町教科書問題~
【片山善博】都知事選に見る政党の無責任 ~候補者の「品質管理」~
【片山善博】JR北海道の安全管理と道州制特区
【政治】地方議会における口利き政治の弊害 ~民主主義の空洞化(3)~
【政治】住民の声を聞こうとしない地方議会 ~民主主義の空洞化(2)~
【政治】福島県民を愚弄する国会 ~民主主義の空洞化(1)~
【社会】教育委員は何をなすべきか ~民意を汲みとる~
【社会】教育委員会は壊すより立て直す方が賢明
【社会】「教員駆け込み退職」と地方自治の不具合
【政治】何事も学ばず、何事も忘れない自民党 ~公共事業~

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする