(承前)
(8)いま男女とも長寿日本一の長野県も、以前は長寿県ではなかった。長寿日本一となった要因は大きく二つ挙げることができる。(a)「巡回健診」と、(b)「保健補導員」だ。
(a)は、昭和30年代に県東部の佐久市で、全国に先駆けて導入した「巡回健診」だ。健康に関心を払おうとしなかった農村部に健診車を走らせることで、病気予防と早期発見への意識を持たせることに成功した。その成果は、全国に知られる。
(b)は、市町村の委嘱を受けて、健康情報の広報活動にあたる住民組織だ。地域によって異なるが、多くは任期2年、医療者ではなく、主婦を中心とした一般市民が担う。
①保健補導員を対象とした勉強会に参加したり、専用のテキストブックなどで学んだ健康に関する知識を、各自の担当エリアを個別にまわり、あるいはPTAや婦人科医などの集まりを利用して伝えていく。地道だが、確実性の高い啓蒙活動だ。そこで伝える情報は、「栄養と食生活」「身体活動と運動」「禁煙への取り組み」「心の健康」「口腔衛生」「がんを含む生活習慣病の予防」など。小規模な集まりでの“伝道”なので、一人ひとりの住民に合わせた助言ができる。
②保健補導員の発祥の地は、長野県須坂市だ。そこでは今も活発な保健活動が展開されている。各区の役員という位置づけなので役職に対する責任感が後押しするし、町のお付き合いや回り持ちで引き受けても、実際に活動を始めれば地域住民に喜ばれ、頼りにされる機会も多いので、次第にやりがいを感じるようになっていくらしい。
③海から遠く、冷蔵庫の普及前は「塩漬け」が基本だった長野県。名産の野沢菜漬けなどからの塩分摂取量も多く、脳卒中による死亡率が高かった。その名残りで今でも長野県の脳卒中死亡者は全国平均を上回っている。中でも(a)の佐久市はその傾向が顕著で、1961年に「日本一脳卒中による死亡率の高い市」という不名誉な記録を樹立した。
④③の状況を改善すべく立ち上がったのも保健補導員だった。それまでどんぶりから各自が“直箸”で食べていた野沢菜漬けを最初から小鉢に分けるだけでも塩分摂取量は押さえられる。・・・・そんな具体的な工夫を伝えていくことで、住民の意識に変化が生まれた。変なkは着実に市民の寿命を伸ばし、約30年後の1990年、佐久市は「長寿日本一」に輝いた。
⑤④のような取り組みが、県内の各市町村で行われている。長野県の長寿日本一は、市町村単位の地道な活動の成果だ。そして、それを支えるのは保健補導員だ。現在でも、長野県内には10,600人の保健補導員が活動している。また数多くのOBがその活動をサポートしている。
(9)青森はいかなる対策をとっているのか。
(a)男性の喫煙者率が全国1位だ。そこで、禁煙外来の受診者のうち、健康保険の適用を外れる人に、禁煙モニターになってもらうことで自己負担額が保険診療と同程度になる補助制度を敷いた。
(b)癌検診の受診率を高める目的で、前年より受診率が上がった市町村には、“ご褒美”として上昇分にかかる費用の半額を県が負担する制度も行っている。
(c)次世代に向けた取り組みも始まっている。2005年から弘前大学など産官学が一体となって進めている「岩木健康増進プロジェクト」。弘前市岩木地区の延べ11,000人を対象とした、10年にわたる生活習慣病の大規模疫学調査を行い、ここで得られたビッグデータ(1人の調査対象から600項目の健康情報)を疾患予防法や治療法確立に役立てようというプロジェクトだ。
(d)教育現場でも、「子や孫の世代が長生きできるように努力する」試みが始まっている。青森県南部の穀倉地帯にある平川市、人口33,000人。基幹産業は稲作やリンゴ栽培を中心とした農業だ。同市猿賀小学校は、全校児童200人。ここでは昨年度、弘前大学の協力を得て、5、6年生を対象とした「健康教育授業」を行った。
①授業は、「生活習慣病ってどんな病気?」「運動プログラムをつくろう」「短命県を返上しよう」など、全6回。授業の中で自分たちの血圧を測り、その数値を友だちと比較することで、生活習慣病がどんなものなのかを体験を通して学んでいく。
②そうした体験は、親の健康にも目を向けさせる。
③大人が集まっても知識がなければ与太話しかできない。しかし、知識があれば中学生でも天下国家を論じられる。行動変容には、知識が必要。日本人なら誰でも九九を諳んじて言えるように、子どものうちから健康に関する最低限の知識を常識として身につけさせることが不可欠だ。
(10)沖縄はいかなる対策をとっているのか。
(a)沖縄でも、子どもを対象とした取り組みを行い、医師会や栄養士会が小学校の教員と一緒になって作った小学生向けの副読本を県内すべての小学校に配布している。内容は、食育、タバコの害、生活習慣病の予防や対策などで、学校で学ぶだけでなく、家族との話題にさせることも狙っている。
(b)沖縄の子どもたちにとって、喫緊の課題は運動不足だ。沖縄県の小中学生の通学は、マイカーでの送迎が多い。学校の近くは朝の渋滞が日常茶飯事。交通事故も多いので、ある小学校が事故防止のため徒歩通学を推奨したら、子どもたちの肥満が解消し、体力がつき、給食を残さなくなり、集中力も高まって学力が向上するなど、いいことだらけの結果だった。本来子どもや生徒は歩いて通学するのが当たり前だった。その当たり前のことをやらないから、不健康になり、大人になると短命のリスクを背負い込むのだ。
(c)実は、青森県でもマイカー通学の子どもは多い。こちらの背景には冬の大雪や、過疎化による学校の統廃合で学区が広がったことがある。子どもの運動不足解消が、短命県最大の課題の一つであることは確かだ。
(11)首都圏にも意外な長寿地域がある。2010年の市町村別の平均寿命(男性)を見ると、
1位 長野県北安曇郡松川村 82.2歳
2位 神奈川県川崎市宮前区 82.1歳
3位 神奈川県横浜市都筑区 82.1歳
いずれも東京のベッドタウンとして開発された新興の街で、経済的にもゆとりのある層が多く住むことで知られている。しかし、他の市区と比べて医療提供体制が充実しているというわけではない。渋谷駅から東急田園都市線で20分ほどのこのエリアの平均寿命が、なぜ高いのか。
(a)地域で“公園体操”が盛んだったり、比較的坂道が多いという環境が足腰の強化に役立っているのかもしれない(一説)。
(b)マスコミの情報に敏感な患者が多い。外来でも、テレビや雑誌で見た健康法などについて質問が医師に対して頻繁にある。経済的に余裕があっても、ジェネリックと先発品の違いについてはきちんと確認した上で選ぶなど、健康に対する興味の大きさ、理解の深さが住民にある。
(12)健康問題への意識の高さが関係してくる。
医療提供体制が整備された現代日本で、長寿を全うするか、短命で終わるかを左右する最大の要因は、ヘルスリテラシー、つまり健康に関する確かな情報を得て、それを利用して自らの健康に役立てる行動力の有無だ。
□長田昭二「ルポ長寿県と短命県は何が違うのか」(「文藝春秋」、2016年6月号)
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【参考】
「【保健】短命の要因 ~長寿県と短命県とは何が違うのか(1)~」
(8)いま男女とも長寿日本一の長野県も、以前は長寿県ではなかった。長寿日本一となった要因は大きく二つ挙げることができる。(a)「巡回健診」と、(b)「保健補導員」だ。
(a)は、昭和30年代に県東部の佐久市で、全国に先駆けて導入した「巡回健診」だ。健康に関心を払おうとしなかった農村部に健診車を走らせることで、病気予防と早期発見への意識を持たせることに成功した。その成果は、全国に知られる。
(b)は、市町村の委嘱を受けて、健康情報の広報活動にあたる住民組織だ。地域によって異なるが、多くは任期2年、医療者ではなく、主婦を中心とした一般市民が担う。
①保健補導員を対象とした勉強会に参加したり、専用のテキストブックなどで学んだ健康に関する知識を、各自の担当エリアを個別にまわり、あるいはPTAや婦人科医などの集まりを利用して伝えていく。地道だが、確実性の高い啓蒙活動だ。そこで伝える情報は、「栄養と食生活」「身体活動と運動」「禁煙への取り組み」「心の健康」「口腔衛生」「がんを含む生活習慣病の予防」など。小規模な集まりでの“伝道”なので、一人ひとりの住民に合わせた助言ができる。
②保健補導員の発祥の地は、長野県須坂市だ。そこでは今も活発な保健活動が展開されている。各区の役員という位置づけなので役職に対する責任感が後押しするし、町のお付き合いや回り持ちで引き受けても、実際に活動を始めれば地域住民に喜ばれ、頼りにされる機会も多いので、次第にやりがいを感じるようになっていくらしい。
③海から遠く、冷蔵庫の普及前は「塩漬け」が基本だった長野県。名産の野沢菜漬けなどからの塩分摂取量も多く、脳卒中による死亡率が高かった。その名残りで今でも長野県の脳卒中死亡者は全国平均を上回っている。中でも(a)の佐久市はその傾向が顕著で、1961年に「日本一脳卒中による死亡率の高い市」という不名誉な記録を樹立した。
④③の状況を改善すべく立ち上がったのも保健補導員だった。それまでどんぶりから各自が“直箸”で食べていた野沢菜漬けを最初から小鉢に分けるだけでも塩分摂取量は押さえられる。・・・・そんな具体的な工夫を伝えていくことで、住民の意識に変化が生まれた。変なkは着実に市民の寿命を伸ばし、約30年後の1990年、佐久市は「長寿日本一」に輝いた。
⑤④のような取り組みが、県内の各市町村で行われている。長野県の長寿日本一は、市町村単位の地道な活動の成果だ。そして、それを支えるのは保健補導員だ。現在でも、長野県内には10,600人の保健補導員が活動している。また数多くのOBがその活動をサポートしている。
(9)青森はいかなる対策をとっているのか。
(a)男性の喫煙者率が全国1位だ。そこで、禁煙外来の受診者のうち、健康保険の適用を外れる人に、禁煙モニターになってもらうことで自己負担額が保険診療と同程度になる補助制度を敷いた。
(b)癌検診の受診率を高める目的で、前年より受診率が上がった市町村には、“ご褒美”として上昇分にかかる費用の半額を県が負担する制度も行っている。
(c)次世代に向けた取り組みも始まっている。2005年から弘前大学など産官学が一体となって進めている「岩木健康増進プロジェクト」。弘前市岩木地区の延べ11,000人を対象とした、10年にわたる生活習慣病の大規模疫学調査を行い、ここで得られたビッグデータ(1人の調査対象から600項目の健康情報)を疾患予防法や治療法確立に役立てようというプロジェクトだ。
(d)教育現場でも、「子や孫の世代が長生きできるように努力する」試みが始まっている。青森県南部の穀倉地帯にある平川市、人口33,000人。基幹産業は稲作やリンゴ栽培を中心とした農業だ。同市猿賀小学校は、全校児童200人。ここでは昨年度、弘前大学の協力を得て、5、6年生を対象とした「健康教育授業」を行った。
①授業は、「生活習慣病ってどんな病気?」「運動プログラムをつくろう」「短命県を返上しよう」など、全6回。授業の中で自分たちの血圧を測り、その数値を友だちと比較することで、生活習慣病がどんなものなのかを体験を通して学んでいく。
②そうした体験は、親の健康にも目を向けさせる。
③大人が集まっても知識がなければ与太話しかできない。しかし、知識があれば中学生でも天下国家を論じられる。行動変容には、知識が必要。日本人なら誰でも九九を諳んじて言えるように、子どものうちから健康に関する最低限の知識を常識として身につけさせることが不可欠だ。
(10)沖縄はいかなる対策をとっているのか。
(a)沖縄でも、子どもを対象とした取り組みを行い、医師会や栄養士会が小学校の教員と一緒になって作った小学生向けの副読本を県内すべての小学校に配布している。内容は、食育、タバコの害、生活習慣病の予防や対策などで、学校で学ぶだけでなく、家族との話題にさせることも狙っている。
(b)沖縄の子どもたちにとって、喫緊の課題は運動不足だ。沖縄県の小中学生の通学は、マイカーでの送迎が多い。学校の近くは朝の渋滞が日常茶飯事。交通事故も多いので、ある小学校が事故防止のため徒歩通学を推奨したら、子どもたちの肥満が解消し、体力がつき、給食を残さなくなり、集中力も高まって学力が向上するなど、いいことだらけの結果だった。本来子どもや生徒は歩いて通学するのが当たり前だった。その当たり前のことをやらないから、不健康になり、大人になると短命のリスクを背負い込むのだ。
(c)実は、青森県でもマイカー通学の子どもは多い。こちらの背景には冬の大雪や、過疎化による学校の統廃合で学区が広がったことがある。子どもの運動不足解消が、短命県最大の課題の一つであることは確かだ。
(11)首都圏にも意外な長寿地域がある。2010年の市町村別の平均寿命(男性)を見ると、
1位 長野県北安曇郡松川村 82.2歳
2位 神奈川県川崎市宮前区 82.1歳
3位 神奈川県横浜市都筑区 82.1歳
いずれも東京のベッドタウンとして開発された新興の街で、経済的にもゆとりのある層が多く住むことで知られている。しかし、他の市区と比べて医療提供体制が充実しているというわけではない。渋谷駅から東急田園都市線で20分ほどのこのエリアの平均寿命が、なぜ高いのか。
(a)地域で“公園体操”が盛んだったり、比較的坂道が多いという環境が足腰の強化に役立っているのかもしれない(一説)。
(b)マスコミの情報に敏感な患者が多い。外来でも、テレビや雑誌で見た健康法などについて質問が医師に対して頻繁にある。経済的に余裕があっても、ジェネリックと先発品の違いについてはきちんと確認した上で選ぶなど、健康に対する興味の大きさ、理解の深さが住民にある。
(12)健康問題への意識の高さが関係してくる。
医療提供体制が整備された現代日本で、長寿を全うするか、短命で終わるかを左右する最大の要因は、ヘルスリテラシー、つまり健康に関する確かな情報を得て、それを利用して自らの健康に役立てる行動力の有無だ。
□長田昭二「ルポ長寿県と短命県は何が違うのか」(「文藝春秋」、2016年6月号)
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【参考】
「【保健】短命の要因 ~長寿県と短命県とは何が違うのか(1)~」