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2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】日本人の特徴的な行動 ~日本礼賛ではない『ジャパン・アズ・ナンバーワン』~

2017年03月04日 | ●佐藤優
 (1)1979年に上梓され、日本型経営(経済だけでなく、国家運営や教育も含む)に対する関心を高めた。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』というタイトルだけが一人歩きしているが、日本礼賛本ではない。
 日本の社会構造、日本人の行動分析に関する優れたインテリジェンス分析報告というのが実態に近い。当時の米国人に、「日本を軽視するのは危険だ」と警鐘を鳴らし、日本のノウハウに学ぶことで、米国国家と米国人の生き残りについて考えた「米国ファースト」の精神で書かれている。
 1970年代末から80年代初頭の日本人は、本書を「われわれを褒めた」本と勘違いし、日本型経営が持つ宿痾にメスを入れなかった。対策を立てなかった。

 (2)日本企業の特徴について、ヴォーゲルは終身雇用制に着目する。
 【要点】大会社で重役になるにはゆっくりと地位を一歩ずつ上がっていかねばならない。日本企業が一般に採用する終身雇用制では、入社した社員は定年まで働くのが通常だから、日本の会社は社員の教育、訓練に多くの費用をかけることは意味がある(他方、欧米では引き抜きがあるから、社員の教育、訓練に費用をかけにくい)。管理職への道を歩む社員たちは、いろいろな部門を回され、あるいは外部の機関に派遣され、さまざまな技術、技能を身につける。と同時に人間関係を育て、将来、上の地位に就いて重要な経営上の決定を行う場合に必要な情報のパイプラインを形成できるような緊密な交友関係をつくる。

 (3)過去20年間、日本でも多様な雇用形態が推進され、総合商社や巨大メーカーでも一般職の採用を止め、派遣社員で需要を満たしているところも多い。
 しかし、専門職、総合職として企業の基幹となる社員については、終身雇用が基本だ。どの国でも組織は、文化的拘束を受ける。日本企業が「家」をモデルに組織を形成する文化はそう簡単に崩れない。
 日本の企業や官公庁による情報収集の特徴に関する既述も興味深い。
 【要点】技術や組織面のノウ・ハウの総合的な実力で欧米を追い抜いた会社は、学ぶ姿勢を崩さない。たえず自らの弱点を反省し、外国であろうと日本国内であろうと、自分たちより優れた面をもつ会社があれば、そこから使えそうな秘訣を学び、たえず改良に努力している。

 (4)現在もこのような情報収集を重視する傾向は強い。
 ただし、収集された情報が、正しく評価・分析され、企業や官公庁の行動に効率的に活用されているとは言いがたい。「情報収集のための情報収集」になり、ファイルだけが厚くなっていくのが日本の情報文化の欠点だ。
 もっとも、新聞社は上手に情報を活用している。
 【要点】日本の大会社は、将来使えそうな情報はすべて実に大切にする。〈例〉各新聞社は、将来を嘱望される若い政治家に対しては、その政治家と性格、スタイル、政治的発言などの面でうまの合いそうな記者を一人か二人、係として割り当てる。その記者は異動してもその政治家とたえず接触を続けて特別の関係を築き、腹心となり、必要とあれば社内でも公にも彼の立場を支持する。かくて、誰が首相になろうと、社内には誰か、その人物を熟知し、特別の関係を温めてた記者が存在する。かかる関係は、内閣改造といった重大な局面に役立つ。

 (5)新聞社に加え、放送局(特にNHK)も政治家と特殊な関係を構築することに組織として取り組んでいる。このような体質では、マスコミの権力監視機能が弱いのは当然だ。
 日本企業の情報収集の特徴として、<日本の会社は、かつて自分のところにいて引退した前役員をも大切にする。(中略)こうした人々を名誉職につけ、さまざまな特権を与えることによって会社から遠ざけず、現職の重役たちが容易にこうした先任者の意見を聞き出せる状況を普段からつくっておくのである>とも指摘する。
 ただ、これには、企業幹部を経験したOBを野放しにしていると、寂しさから余計な話をマスコミやライバル会社にしかねないので、人間関係を維持しているという危機管理の面があることが、ヴォーゲルには見えていないようだ。

 (6)日本の政治、経済、社会のすべてに影響を与えているのが、国家と国民の関係が諸外国と異なっていることだ、とヴォーゲルは見ている。
 【要点】1935~45年ごろ、外国から日本に入る情報は政府が検閲し、統制し、一定の情報しか国民に流れなかった。西欧の事情に通じていたのは、インテリ階級、官僚、文化人のごく一部に過ぎなかった。軍部は、朝鮮、台湾、さらに満州、中国へ徐々に侵略を進め、国内においても強い権力を握るに至った。明治期に発芽し、大正、昭和期に発展を遂げてきた民主主義は弱さを露呈してしまった。これまで集団志向の強い社会の中で育てられてきた一般大衆は、軍部の独裁、言論弾圧に抵抗する術を持たなかった。日本人が「臣民」を脱却して「公民」の意識に目覚め、自国の政治的意思決定を下すのは国民であると自覚したのはつい最近のことだ。戦前から戦中にかけて教育を受けた人々の中には、いまだに国の重要設定は政府が行い、国民はそれに従うまでだという考え方が、根強く残っているようだ。外国の日本研究家の間では、日本人の集団志向性を危険視する者もいる。異見を抑え、個人の自由を抑圧する戦前・戦中の独裁体制に戻る危険さえあると心配する者もいる。

 (7)(6)の指摘は正しい。政治文化を支える意識のみならず、無意識の領域でも、日本人は自らの代表者を議会に送り込んで、代表者たちによって国家が統治されるという代議制民主主義を信じていない。だから、政治に対するニヒリズムが強い。
 さらに、難しい公務員試験や司法試験に合格したエリートに対して国民は、信頼と不信の嫉妬が入り混ざった複雑な感情を抱いている。
 その不満をポピュリズムが煽ると、冷静な判断ができなくなってしまうことが、われわれ日本人にはときどきある。日本人の集団志向型傾向は、さまざまな形態で現れているので、それが国家と社会の基盤を崩さないように監視し、警鐘を鳴らす責務がジャーナリストと有識者にはある。

 (8)最後に、日本の初等・中等教育に対する批判を見てみる。
 【要点】日本では、他人と異なった考えを貫こうとしたり、独創力がありすぎて現状に合わない人が、周囲の人々とうまくやっていくことが米国と違って難しい。一般の人々がもつ型にはまった狭い考えに自分も適合させないなぎり、批判されたり、足を引っ張られたりすることになる。日本の小・中学校では教育課程はすべて一律で、子どもの独創性を伸ばす柔軟性がほとんど認められない。もっとも、日本人の創造性は、集団の協力を必要とする分野で発揮され、その方面での研究能力を軽視することはできない。

 (9)最近、日本の教育でも独創性が強調されているが、それは「独創性に関するマニュアル」によって対処できる。だから、出願者自身の人物像を大学が求める学生像と照らし合わせて合否を決めるAO(アドミッション・オフィス)入試や、自己推薦入試で入学した学生が増えても、創造力の高い社会人が増えているわけではない。
 高校までは、詰め込み教育で、人間としての基礎となる知識の「型」を習得させることが重要だ。「型破りな人間」になるためには、「型」を知っていなくてはならない。「型」を無視した「独創性」は、単なるデタラメで社会的意味を持たない。

□佐藤優「エズラ・F・ヴォーゲル『ジャパン・アズ・ナンバーワン』/日本礼賛本ではない ~ベストセラーで読む日本の近現代史 第42回~」(「文藝春秋」2017年3月号)
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