語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【南雲つぐみ】お花見 ~3月27日は「さくらの日」~

2017年03月27日 | 医療・保健・福祉・介護
 3月27日は「さくらの日」。全国でサクラの植樹や整備を行う公益財団法人日本さくらの会が、「3(さ)×9(く)=27」の語呂合わせで、1992(平成4)年に制定したものだ。
 お花見は、もともと貴族の風習で、五穀豊穣を祈願する宗教行事の一部でもあったそうだ。その散り際の潔さが武士道と重ねられ、武家でもサクラをめでるようになる。
 江戸時代になると、徳川吉宗が江戸の各所に桜の木を植えて花見を奨励したので、一般の人々も花見を楽しむようになった。これには江戸の風紀を良くすることと、庶民に娯楽を与えて治安の維持を図ろうとする思いがあったそうだ。
 落語の「長屋の花見」では、長屋の大家が、家賃を払わない店子(たなこ)の熊さんを連れて上野の山に花見に出掛ける。酒は番茶を薄め、重箱の中は卵焼きのつもりのたくあんと、かまぼこのつもりのダイコンの漬物だ。大家に「一句どうだ」といわれて熊さんは「長屋中歯をくいしばる花見かな」などと辛辣なことをいう。気の置けない関係性が楽しそうだ。

□南雲つぐみ(医学ライター)「お花見 ~歳々元気~」(「日本海新聞」 2017年3月27日)を引用
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【佐藤優】企業インテリジェンス小説 ~梶山季之『黒の試走車』~

2017年03月27日 | ●佐藤優
 (1)インテリジェンスとは、国家が生き残るための情報を収集、分析し、さらに情報分析に基づいてさまざまな働きかけをすることを意味する。
 旧陸軍参謀本部は、インテリジェンスを「秘密戦」と称した。そして、秘密戦を①諜報、②防諜、③宣伝、④謀略の四つに区分した。
 ①(積極)諜報(ポジティブ・インテリジェンス)とは、相手に察知されずに相手が秘匿する情報を入手することだ。
 ②防諜(カウンター・インテリジェンス)とは、敵対組織に情報を取られないようにすることだ。もっともその場合、防御一辺倒ではなく、あえて敵に偽情報を流して撹乱させる積極防諜(ポジティブ・カウンター・インテリジェンス)という応用技法もある。
 ③宣伝(プロパガンダ)は、わが方に不利な事柄を隠し、有利な事柄を誇大に伝える。
 ④謀略(コンスピラシー)は、①、②、③を用いて、わが方に実力以上の成果をもたらすようにすることだ。陸軍の参謀本部や中野学校(インテリジェンスの専門組織)は、秘密戦の目的は④と考えた。CIA(米中央情報局)、SVR(露対諜特務庁)、モサド(イスラエル諜報特務庁)などの優秀な機関も、公言はしないものの、インテリジェンスについては日本陸軍と同じような認識をしている。
 ちなみに、インテリジェンス活動のうち法に抵触する内容のものをスパイ活動という。

 (2)梶山季之氏が光文社から1962年に『黒の試走車』を公刊した時点では、戦前・戦中に日本が行ったインテリジェンス活動は全否定されていた。しかし、そのノウハウは民間には生きていた。モータリゼーションが本格化する1960年代の日本社会を背景に、梶山氏は、タイガー自動車、ナゴヤ自動車、不二自動車などの自動車会社が繰り広げる企業インテリジェンス戦争(そこには違法なスパイ活動も含まれる)を見事なエンターテインメント小説に仕上げている。
 筋書き自体は単純だ。タイガー自動車の新車パイオニア・デラックスが東海道本線の掛川駅と袋井駅の無人踏切で特急列車と衝突事故を起こす。自動車の運転手は、踏切の真ん中でエンジンが突然止まったと主張し、タイガー自動車からカネをせしめようとする。その背後で、ライバル会社の陰謀、タイガー自動車内部の権力闘争があり、業界紙記者や謎の美人社長、バーの女性などが暗躍する。小説の最終局面で、いくつかのどんでん返しが起きる。
 このあたりはエンターテインメント作家として当時、超売れっ子だった梶山氏にしか書けなかったであろう独特な筆の勢いがある。

 (3)タイガー自動車で企画PR室長というカヴァー(偽装)で活躍する朝比奈豊には天性のインテリジェンス能力がある。本書には、インテリジェンスの現場で実際に用いられている様々な情報収集の技法が披露されている。〈例〉読唇術。
 この読心術を用いるインテリジェンスは、北朝鮮情勢の分析でよく用いられる。金正日や金正恩が視察をし、人々に何か話しかけている動画が北朝鮮のテレビに映されるが、音声が消されている場合がある。そういうときには、読唇術の専門家が、動画を視て金正日や金正恩の発言を再現する。この種の情報は貴重な一次資料になる。
 本書の盗聴の技法も興味深い。朝比奈は、入院中の望月タイガー自動車社長を見舞ったときに、盗聴のからくりに気付いた。盗聴を依頼していたのは、不二自動車ではなく、タイガー自動車の者だった。
 盗聴のような陰湿な手段まで用いた社内抗争が展開されていると、とりあえず読者は納得させられるが、これも最後にどんでん返しがある。
 ちなみに、ソ連時代、外国人が泊まるホテルの部屋には、すべて有線ラジオが備えつけられていた。このラジオはいつでも盗聴器の役割を果たすことができたのだ。現在は、スマートフォンを乗っ取って盗聴することが簡単にできる。スマートフォンは携帯盗聴器と思っていた方がいい。

 (4)さて、インテリジェンスの世界では、医療関係者から情報を得ることは「禁じ手」とされている。だが、実際には、要人の健康状態に係る機微に触れる情報を入手するために、インテリジェンス機関員は巧みに医師や看護師、臨床検査技師に接触する。あまり詳しくは説明できないが、モスクワの日本大使館に勤務していたときに、佐藤優の重要な情報源には数人の医師がいた。

 (5)産業スパイ活動が露見し、自殺したタイガー自動車の課長が朝比奈に宛てた遺書にこんなくだりがある。
 <企業の競争が激化すればするほどスパイはふえる。なにもスパイは外部の人間ばかりではない。秘密とは所詮、守り得ないものなのだ。スパイは内部にいる。そうして、気をつけなければならないのは女という存在である。きみも女にだけは、用心したほうがいい。>
 人間には秘密を喋りたくなる習性がある。そこにつけ込むのがインテリジェンス・オフィサーだ。愛情に飢えていて、女性に弱い男性から機密情報が漏れることは確かに多い。

□佐藤優「梶山季之『黒の試走車』/企業インテリジェンス小説 ~ベストセラーで読む日本の近現代史 第43回~」(「文藝春秋」2017年4月号)
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