書評100編をおさめる。とりあげた本のジャンルはさまざまだが、遠藤周作『死海のほとり』『侍』など文学が多く、宮本忠雄『人間的異常の考察』『現代の異常と正常』『言語と妄想』など精神医学がこれにつぐ。ノンフィクションや話題になった本も少々ふくまれる。初出の時期などが付記されていないので、資料的価値に欠けるのは遺憾だ。
当時話題の本では、たとえばイザヤ・ペンダサン『日本教について』をとりあげる。
すなわち、『日本人とユダヤ人』は文章に不思議な筆力をそなえ、大衆うけのする平明さと知識人うけのする衒学癖があり、とくに読者の自尊心をくすぐるすべを心得ている。「このさいごの点が曲者で、近年すこしは国力が出て大国意識なんかを持ちはじめた日本人の自尊心をくすぐるのである。しかも日本人が本性として気にする外国人の発言という設定があるから仲間ぼめの味気なさがなくて気持ちがよいときている」
この特徴は、『日本教について』も同じだ。本全体を構成するに一つの簡単な概念を呈してくるところも同じで、前著では日本人=農耕民、ユダヤ人=遊牧民だったが、本書では実体語と空体語の天秤という比喩を持ちだした。天秤の支点にいる人間が竿を自由に動かし、たとえば戦争末期の軍部のように敗戦があきらかになると神風といった空語をやたらとばらまくのだ、とのこと。「つまり、せっかく鋭く日本人の精神構造を描き出しながら、描くだけで批判しようとしない」「ベンダサンには、あの戦争をおこした天皇制に対する根本的な反省がないので、この反省なしに日本人のすぐれたところをいくら描きだしても、それはけっきょく今日本で進行している破滅的な政治の片棒をかつぐことにしかならない」
イザヤ・ペンダサン=山本七平の安直な論旨を粉砕して痛烈だ。時代精神に呑みこまれ、あげくは積極的に加担した少年たちを描いた『帰らざる夏』をものした加賀乙彦として、当然の批判だろう。
本書には、1件だけ書評とは異なる文章がおさめられている。「中原中也の診断」がそれだ。千葉の中村古峡療養所で発見された中原中也の病床日誌のコピーを読んだ所見を記す。
全6ページのコピーのうちはじめの3ページは入院時に医師の手になったもの、あとの3ページは経過と処置の記載で、看護人の記入、とまず加賀は推定する。ただし、医師が書いた表紙の病名「精神分裂病」は入院当日の仮の診断だろう、なぜなら病気の経過を見ると、この診断は疑問に思われる、と加賀はいう。
要するに、病床日記だけでは中原が精神分裂病にかかったという確実な証明はしにくい。他の資料、多くの人々の証言、中也自身の作品や手記を精密に分析する必要がある。「結局、どのような資料が現れたとしても、すでに故人になった人を診断する方法には限界がつきまとう。何しろ40年も昔の出来事なのだから、そこにさまざまな推測が入りこむ暗部が残されることは当然である」
ちなみに、加賀乙彦が中原中也の病床日記を読むことになったのは、大岡昇平からの働きかけによる。このあたりの事情は、『加賀乙彦短編全集2 最後の旅』月報2の大岡昇平『加賀さんの短編』(大岡昇平全集第21巻、筑摩書房、1996、所収)に記されている。すなわち、中原中也の千葉寺の中村古峡の病院のカルテが出てきて、表紙に精神分裂病の字が書かれていた。写真が読売新聞全国版に載った。で、鑑定を頼んだ・・・・という経緯なのであった。
□加賀乙彦『読書ノート』(潮出版社、1984)
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当時話題の本では、たとえばイザヤ・ペンダサン『日本教について』をとりあげる。
すなわち、『日本人とユダヤ人』は文章に不思議な筆力をそなえ、大衆うけのする平明さと知識人うけのする衒学癖があり、とくに読者の自尊心をくすぐるすべを心得ている。「このさいごの点が曲者で、近年すこしは国力が出て大国意識なんかを持ちはじめた日本人の自尊心をくすぐるのである。しかも日本人が本性として気にする外国人の発言という設定があるから仲間ぼめの味気なさがなくて気持ちがよいときている」
この特徴は、『日本教について』も同じだ。本全体を構成するに一つの簡単な概念を呈してくるところも同じで、前著では日本人=農耕民、ユダヤ人=遊牧民だったが、本書では実体語と空体語の天秤という比喩を持ちだした。天秤の支点にいる人間が竿を自由に動かし、たとえば戦争末期の軍部のように敗戦があきらかになると神風といった空語をやたらとばらまくのだ、とのこと。「つまり、せっかく鋭く日本人の精神構造を描き出しながら、描くだけで批判しようとしない」「ベンダサンには、あの戦争をおこした天皇制に対する根本的な反省がないので、この反省なしに日本人のすぐれたところをいくら描きだしても、それはけっきょく今日本で進行している破滅的な政治の片棒をかつぐことにしかならない」
イザヤ・ペンダサン=山本七平の安直な論旨を粉砕して痛烈だ。時代精神に呑みこまれ、あげくは積極的に加担した少年たちを描いた『帰らざる夏』をものした加賀乙彦として、当然の批判だろう。
本書には、1件だけ書評とは異なる文章がおさめられている。「中原中也の診断」がそれだ。千葉の中村古峡療養所で発見された中原中也の病床日誌のコピーを読んだ所見を記す。
全6ページのコピーのうちはじめの3ページは入院時に医師の手になったもの、あとの3ページは経過と処置の記載で、看護人の記入、とまず加賀は推定する。ただし、医師が書いた表紙の病名「精神分裂病」は入院当日の仮の診断だろう、なぜなら病気の経過を見ると、この診断は疑問に思われる、と加賀はいう。
要するに、病床日記だけでは中原が精神分裂病にかかったという確実な証明はしにくい。他の資料、多くの人々の証言、中也自身の作品や手記を精密に分析する必要がある。「結局、どのような資料が現れたとしても、すでに故人になった人を診断する方法には限界がつきまとう。何しろ40年も昔の出来事なのだから、そこにさまざまな推測が入りこむ暗部が残されることは当然である」
ちなみに、加賀乙彦が中原中也の病床日記を読むことになったのは、大岡昇平からの働きかけによる。このあたりの事情は、『加賀乙彦短編全集2 最後の旅』月報2の大岡昇平『加賀さんの短編』(大岡昇平全集第21巻、筑摩書房、1996、所収)に記されている。すなわち、中原中也の千葉寺の中村古峡の病院のカルテが出てきて、表紙に精神分裂病の字が書かれていた。写真が読売新聞全国版に載った。で、鑑定を頼んだ・・・・という経緯なのであった。
□加賀乙彦『読書ノート』(潮出版社、1984)
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「俳句」2010年4月号に『その瞬間 創作の現場ひらめきの時』刊行記念ということで、黛まどかがインタビューされている。以下、要旨。
俳句を始めたきっかけは、杉田久女との出会いだ。そこから俳句そのものへ関心が移った。たとえば、田辺聖子『花衣ぬぐやまつわる・・・・』のタイトルになっている「花衣ぬぐやまつわる紐いろいろ」は、心の叫びなのに美しい景に昇華しているところがすばらしい。嘆きで終わらせないところが俳句のひとつの魅力だ。
この頃、父・黛執の句集を読み、「つばめの空さらに高きに父の空」が目にとまった。祖父の葬儀に悲しみを見せなかった父の、涙より深い悲しみ、二度と会えないところに行ってしまった、という喪失感を余白に見た気がした。
俳人として立つ決意の句は、1994年冬の「冬波の人遠ざける青さかな」(句集『花ごろも』)。8年間所属した結社「河」を辞め、「月刊ヘップバーン」を立ちあげようと悩んでいた頃の句である。
黛まどかは、よく悩むタイプなのだが、最終的には超ポジティブ・シンキングになるらしい。親しかった鈴木真砂女から、「私たち、太平洋を見て育ったからね」とよく言われた。海の向こうには自分の知らない素敵なものがある、という明るいイメージがある。四季をつうじて海を見るのが好きだ。
『その瞬間』は、携帯メールマガジン「俳句でエール!」に連載したもの。2006年12月26日に初配信。2008年から「週刊まどか歳時記」として毎週日曜日に配信。今、会員は1万人。
言葉によるいじめがあとを絶たないが、言葉はいいほうに働く力もある。それをもっと発信していきたい、というのが「俳句でエール!」を始めた動機。自分自身が励まされた古今東西の俳句を淡々と送りつづけた。
自殺願望の人からメールが入ったこともある。どんなに沢山の言葉をかけても、心の向きを変えるのは自分自身でしかない。それには「気づき」が必要なのだが、どうやって気づいてもらうか。俳句は短いから直接励ますことはないが、その中に「気づき」を呼びさます力がある。
俳句を通じて、なくしていた会話が始まった団塊世代の夫婦もいる。「熱燗の夫にも捨てし夢あらむ」(西村和子)がきっかけで。
メルマガを開始して1年半後、「あなたからの一句」を始めた。題詠が1か月間続く。
発見が増えた、などの声があった。
1999年、北スペインのサンチャゴ巡礼をはたした。約800キロ、徒歩で踏破した。重い荷物に足が前にでない。そんなとき思いだしたのは『奥の細道』だった。300年という時の隔たりを超え、『奥の細道』を追体験した。
旅にでると、日常の自分から脱却できる。遠くから自分を見つめなおし、日常でついた贅肉を落とすことができる。これが旅の魅力だ。パウロ・コエーリョは、旅の効用を三つあげている。荷物を減らすこと、言葉を減らすこと、人を信じる力をとり戻すこと。
この4月から1年間、文化庁の派遣事業でパリへ赴く。EU理事会議長からも派遣要請が来ている。フランスの大学日本語科をはじめ、周辺諸国に俳句を普及したい。俳句を通じて、余白を読みとること、自然と一体化すること、といった日本文化のすばらしさを発信したい。さらに、環境問題や紛争などの解決へのヒントが俳句に託されている、ということまで伝えたい。
【注】
2010年4月15日付け朝日新聞によれば、14日、文化庁は、文化交流使に黛まどか(47)を指名した。期間は4月下旬から約1年間。フランスなどで、俳句について講演や実作指導をおこなう。所要経費約1200万円は同庁が負担する。
【参考】黛まどか「その瞬間 創作の現場ひらめきの時」刊行記念特別インタビュー (「俳句」2010年4月号、角川書店、所収)
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俳句を始めたきっかけは、杉田久女との出会いだ。そこから俳句そのものへ関心が移った。たとえば、田辺聖子『花衣ぬぐやまつわる・・・・』のタイトルになっている「花衣ぬぐやまつわる紐いろいろ」は、心の叫びなのに美しい景に昇華しているところがすばらしい。嘆きで終わらせないところが俳句のひとつの魅力だ。
この頃、父・黛執の句集を読み、「つばめの空さらに高きに父の空」が目にとまった。祖父の葬儀に悲しみを見せなかった父の、涙より深い悲しみ、二度と会えないところに行ってしまった、という喪失感を余白に見た気がした。
俳人として立つ決意の句は、1994年冬の「冬波の人遠ざける青さかな」(句集『花ごろも』)。8年間所属した結社「河」を辞め、「月刊ヘップバーン」を立ちあげようと悩んでいた頃の句である。
黛まどかは、よく悩むタイプなのだが、最終的には超ポジティブ・シンキングになるらしい。親しかった鈴木真砂女から、「私たち、太平洋を見て育ったからね」とよく言われた。海の向こうには自分の知らない素敵なものがある、という明るいイメージがある。四季をつうじて海を見るのが好きだ。
『その瞬間』は、携帯メールマガジン「俳句でエール!」に連載したもの。2006年12月26日に初配信。2008年から「週刊まどか歳時記」として毎週日曜日に配信。今、会員は1万人。
言葉によるいじめがあとを絶たないが、言葉はいいほうに働く力もある。それをもっと発信していきたい、というのが「俳句でエール!」を始めた動機。自分自身が励まされた古今東西の俳句を淡々と送りつづけた。
自殺願望の人からメールが入ったこともある。どんなに沢山の言葉をかけても、心の向きを変えるのは自分自身でしかない。それには「気づき」が必要なのだが、どうやって気づいてもらうか。俳句は短いから直接励ますことはないが、その中に「気づき」を呼びさます力がある。
俳句を通じて、なくしていた会話が始まった団塊世代の夫婦もいる。「熱燗の夫にも捨てし夢あらむ」(西村和子)がきっかけで。
メルマガを開始して1年半後、「あなたからの一句」を始めた。題詠が1か月間続く。
発見が増えた、などの声があった。
1999年、北スペインのサンチャゴ巡礼をはたした。約800キロ、徒歩で踏破した。重い荷物に足が前にでない。そんなとき思いだしたのは『奥の細道』だった。300年という時の隔たりを超え、『奥の細道』を追体験した。
旅にでると、日常の自分から脱却できる。遠くから自分を見つめなおし、日常でついた贅肉を落とすことができる。これが旅の魅力だ。パウロ・コエーリョは、旅の効用を三つあげている。荷物を減らすこと、言葉を減らすこと、人を信じる力をとり戻すこと。
この4月から1年間、文化庁の派遣事業でパリへ赴く。EU理事会議長からも派遣要請が来ている。フランスの大学日本語科をはじめ、周辺諸国に俳句を普及したい。俳句を通じて、余白を読みとること、自然と一体化すること、といった日本文化のすばらしさを発信したい。さらに、環境問題や紛争などの解決へのヒントが俳句に託されている、ということまで伝えたい。
【注】
2010年4月15日付け朝日新聞によれば、14日、文化庁は、文化交流使に黛まどか(47)を指名した。期間は4月下旬から約1年間。フランスなどで、俳句について講演や実作指導をおこなう。所要経費約1200万円は同庁が負担する。
【参考】黛まどか「その瞬間 創作の現場ひらめきの時」刊行記念特別インタビュー (「俳句」2010年4月号、角川書店、所収)
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無類の読書家にして、軽妙な筆致のエッセイと小説で知られるの群ようこの出発点が回想される。
著者、本名木原ひろみは、そもそも普通の会社勤めに縁のない人物だった。重いみこしをあげて就職活動をはじめた時期は、はっきりとは書かれていないが、どうやら大学卒業のまぎわの2月だったらしい。学生時代は本を読むばかりが能でしかなく、スカートをはくのは4年ぶり。
時代は、低成長期に入った1970年代後半。応募した広告会社に一発で受かったのは奇跡といわねばならない。
著者の才能がはやくも見出されたのであろうか。
とんでもない。
会社自体が妙な会社なのであった。定刻に退社できたのは出勤初日だけ。くる日もくる日も夜の10時、11時まで残業が続く。仕事が片づいて、午後7時に退社しようとすると、上司から憎々しげに挨拶を送られる。その上司のミスの後始末のため、真夜中までミス・プリントの文字をカッターで削ったりもした。疲労が蓄積し、休日に休養しても癒されない。ついにプッツンして5か月で辞めた。
爾来、20代に転職すること6回。音楽雑誌の会社は、社長に胸をさわられかけて辞めた。社内報を編集している会社は、領収書に母親の名が勝手に使われているのを見つけて辞めた。かくて、彼女は「転職のプロ」となる。会社在籍最短記録は2日(某大手メーカーで上司とケンカして辞めた)、最長記録は5年半(本の雑誌社)である。
本の雑誌社の給料は安く、学歴を活かせない事務の仕事だったが、性に合っていたらしい。
門前の小僧で原稿依頼がはいるようになり、注文が増えるにつれて本業と両立しがたくなって辞めた。これがまあ終の住処か雪五尺、ならぬついの転職である。
内田百が芸術院会員に推挙され、これを辞退した時、なぜ辞退したのかと問われて、「嫌だからいやなんだ」と答えた。理由にならない理由だが、ひとは必ずしも合理的な理由によって行動するわけではない。たいていの人は、自分の行動を正当化し、なんとか説明をつけるものだが、百は自分の行動を説明する気はさらさらなかったらしい。世間の常識からはみだして恬然としていた。かかる人物を世間は偏屈者と呼ぶ。当然ビンボーと仲良しで、借金王となった。よくしたもので、偏屈者を愛する人も少なくなかった。好きだから好きで汽車にのって旅立つ百に随行したヒマラヤ山系君なぞ、その最たるものである。
群ようこも、一度は世間なみに好きでもない企業に就職したものの、以後は嫌だから嫌で退職し、転職し、ビンボーしながら本の雑誌社に勤めつづけ、好きだから好きで無数の本を読破しているうちにプロの書き手、作家に身を転じた。芸は身を助ける。芸の、たぶん番外編くらいの読書であっても。
群ようこは、百ほど頑なではないし、衒いもない。百と同じくユーモラスだが、百のいくぶん不気味な調子はなくて、軽い。
時代がちがうのだ。
明治生まれの内田百は、嫌だから嫌をとおすには、身構える必要があった。彼のユーモアがいくぶん窮屈な印象を与えるのはそのせいである。
別人「群ようこ」が生まれたのは、高度成長の余塵がまだ残るころで、百ほど構える必要がないのどかな時代であった。
□群ようこ『別人「群ようこ」ができるまで』(文藝春秋社、1985。後に文春文庫、1988)
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著者、本名木原ひろみは、そもそも普通の会社勤めに縁のない人物だった。重いみこしをあげて就職活動をはじめた時期は、はっきりとは書かれていないが、どうやら大学卒業のまぎわの2月だったらしい。学生時代は本を読むばかりが能でしかなく、スカートをはくのは4年ぶり。
時代は、低成長期に入った1970年代後半。応募した広告会社に一発で受かったのは奇跡といわねばならない。
著者の才能がはやくも見出されたのであろうか。
とんでもない。
会社自体が妙な会社なのであった。定刻に退社できたのは出勤初日だけ。くる日もくる日も夜の10時、11時まで残業が続く。仕事が片づいて、午後7時に退社しようとすると、上司から憎々しげに挨拶を送られる。その上司のミスの後始末のため、真夜中までミス・プリントの文字をカッターで削ったりもした。疲労が蓄積し、休日に休養しても癒されない。ついにプッツンして5か月で辞めた。
爾来、20代に転職すること6回。音楽雑誌の会社は、社長に胸をさわられかけて辞めた。社内報を編集している会社は、領収書に母親の名が勝手に使われているのを見つけて辞めた。かくて、彼女は「転職のプロ」となる。会社在籍最短記録は2日(某大手メーカーで上司とケンカして辞めた)、最長記録は5年半(本の雑誌社)である。
本の雑誌社の給料は安く、学歴を活かせない事務の仕事だったが、性に合っていたらしい。
門前の小僧で原稿依頼がはいるようになり、注文が増えるにつれて本業と両立しがたくなって辞めた。これがまあ終の住処か雪五尺、ならぬついの転職である。
内田百が芸術院会員に推挙され、これを辞退した時、なぜ辞退したのかと問われて、「嫌だからいやなんだ」と答えた。理由にならない理由だが、ひとは必ずしも合理的な理由によって行動するわけではない。たいていの人は、自分の行動を正当化し、なんとか説明をつけるものだが、百は自分の行動を説明する気はさらさらなかったらしい。世間の常識からはみだして恬然としていた。かかる人物を世間は偏屈者と呼ぶ。当然ビンボーと仲良しで、借金王となった。よくしたもので、偏屈者を愛する人も少なくなかった。好きだから好きで汽車にのって旅立つ百に随行したヒマラヤ山系君なぞ、その最たるものである。
群ようこも、一度は世間なみに好きでもない企業に就職したものの、以後は嫌だから嫌で退職し、転職し、ビンボーしながら本の雑誌社に勤めつづけ、好きだから好きで無数の本を読破しているうちにプロの書き手、作家に身を転じた。芸は身を助ける。芸の、たぶん番外編くらいの読書であっても。
群ようこは、百ほど頑なではないし、衒いもない。百と同じくユーモラスだが、百のいくぶん不気味な調子はなくて、軽い。
時代がちがうのだ。
明治生まれの内田百は、嫌だから嫌をとおすには、身構える必要があった。彼のユーモアがいくぶん窮屈な印象を与えるのはそのせいである。
別人「群ようこ」が生まれたのは、高度成長の余塵がまだ残るころで、百ほど構える必要がないのどかな時代であった。
□群ようこ『別人「群ようこ」ができるまで』(文藝春秋社、1985。後に文春文庫、1988)
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『マザーグース』は、むかしも今も英米の民の心にしっかり根をおろしているらしい。されば、大衆芸術である映画との親和性は高い。『マザーグース』と何らかの関わりのある映画は、本書巻末の一覧表によれば、すくなくとも200本を超える。
本書は、『マザーグース』から86編(短詩は全編、長詩は一部)を拾いだし、映画で引用される場面を紹介しつつ解説する。引用は、もじり乃至パロディを含む。解説は、『マザーグース』を手がかりに場面の微妙なニュアンスを浮き彫りにし、また、映画の主題の深層を掘り起こす。
たとえば、ミッキー・ローク主演の『死にゆく者の祈り』(英、1987年)。悪漢ビリーが、“Three blind mice”の唄を歌いながら、手探りで逃げようとする盲目の少女を追いつめる。『マザーグース』の“Three blind mice”は、「Three blind mice,see how they run!/They all run after the farmer's wife,/Who cut off their tails with a carving knife,/Did you ever see such a thing in your life,/As three blind mice?」なのだが、映画では、次のように変奏される。そして、著者は解説していう、「ここでは、盲目の少女を盲目のねずみにたとえている。彼女を怖がらせようと、わざとゆっくりとこの唄を歌っている。この映画も、マザーグースを使って恐怖感を盛り上げている例である」
Three blind mice,three blind mice,
Don't shut the door on me.
Oh,it's dark.Blind man's bluff.
Where are you? My little mouse.
たとえば、また、『大統領の陰謀』(米、1976年)の原題“All the President's Men”は、塀から落ちる卵の紳士を歌った“Humpty Dumpty”の一行(“And all the king's men”)を下敷きにしていると解説し、「大統領の側近がどれだけもみ消し工作をしたところで失脚したニクソンを元にもどせない、というニュアンスをこれだけの引用で鮮やかに描きだしている」
これは、原作があまりにも名高いせいで、そして日本でも翻訳がよく読まれたから、さほど目新しい知見ではない。しかし、ショーン・ペン主演でリメイクされた『オール・ザ・キングスメン』(米、2006年)を見るにつけ、そして最初の『オール・ザ・キングスメン』(米、1949年)の記憶をよみがえらせるにつけ、権力は腐敗するという鉄則はむかしも今も変わらない、といった思いに駆られる。
事は英米の政治家にかぎらない。わが国でも事情は同じだ。
本書のねらいは英語教育にあるらしい。訳文のみならず語釈を付するあたりにその配慮が濃厚だし、10編余のコラムのうち3編は教科書に引用された『マザーグース』について、また、『マザーグース』の授業での活かし方について説く。たしかに、中・高校生の英語の教材ないし副読本として好適だ。
しかし、著者の意図が奈辺にあろうとも、おとなも本書を楽しめる。詩を愛する者は吟じてよいし、歴史好きは詩の歴史的背景に目を向けてよい。本文やコラムで日本のわらべ歌と比較されているから文化人類学的接近もできる。ときには数ページにわたるものの、大部分は見開き2ページで完結しているから、読みやすい。図版豊富だから、眺めるだけでも楽しい。
小さな瑕疵というか、読者の欲ばった注文というか、関連する場面の写真も添付してあると親切だ。いや、これは望蜀というものか。
□鳥山淳子『映画の中のマザーグース』(スクリーン出版、1996)
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本書は、『マザーグース』から86編(短詩は全編、長詩は一部)を拾いだし、映画で引用される場面を紹介しつつ解説する。引用は、もじり乃至パロディを含む。解説は、『マザーグース』を手がかりに場面の微妙なニュアンスを浮き彫りにし、また、映画の主題の深層を掘り起こす。
たとえば、ミッキー・ローク主演の『死にゆく者の祈り』(英、1987年)。悪漢ビリーが、“Three blind mice”の唄を歌いながら、手探りで逃げようとする盲目の少女を追いつめる。『マザーグース』の“Three blind mice”は、「Three blind mice,see how they run!/They all run after the farmer's wife,/Who cut off their tails with a carving knife,/Did you ever see such a thing in your life,/As three blind mice?」なのだが、映画では、次のように変奏される。そして、著者は解説していう、「ここでは、盲目の少女を盲目のねずみにたとえている。彼女を怖がらせようと、わざとゆっくりとこの唄を歌っている。この映画も、マザーグースを使って恐怖感を盛り上げている例である」
Three blind mice,three blind mice,
Don't shut the door on me.
Oh,it's dark.Blind man's bluff.
Where are you? My little mouse.
たとえば、また、『大統領の陰謀』(米、1976年)の原題“All the President's Men”は、塀から落ちる卵の紳士を歌った“Humpty Dumpty”の一行(“And all the king's men”)を下敷きにしていると解説し、「大統領の側近がどれだけもみ消し工作をしたところで失脚したニクソンを元にもどせない、というニュアンスをこれだけの引用で鮮やかに描きだしている」
これは、原作があまりにも名高いせいで、そして日本でも翻訳がよく読まれたから、さほど目新しい知見ではない。しかし、ショーン・ペン主演でリメイクされた『オール・ザ・キングスメン』(米、2006年)を見るにつけ、そして最初の『オール・ザ・キングスメン』(米、1949年)の記憶をよみがえらせるにつけ、権力は腐敗するという鉄則はむかしも今も変わらない、といった思いに駆られる。
事は英米の政治家にかぎらない。わが国でも事情は同じだ。
本書のねらいは英語教育にあるらしい。訳文のみならず語釈を付するあたりにその配慮が濃厚だし、10編余のコラムのうち3編は教科書に引用された『マザーグース』について、また、『マザーグース』の授業での活かし方について説く。たしかに、中・高校生の英語の教材ないし副読本として好適だ。
しかし、著者の意図が奈辺にあろうとも、おとなも本書を楽しめる。詩を愛する者は吟じてよいし、歴史好きは詩の歴史的背景に目を向けてよい。本文やコラムで日本のわらべ歌と比較されているから文化人類学的接近もできる。ときには数ページにわたるものの、大部分は見開き2ページで完結しているから、読みやすい。図版豊富だから、眺めるだけでも楽しい。
小さな瑕疵というか、読者の欲ばった注文というか、関連する場面の写真も添付してあると親切だ。いや、これは望蜀というものか。
□鳥山淳子『映画の中のマザーグース』(スクリーン出版、1996)
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トムは、活力あふれる少年である。悪戯はまいどのことで、くんずほぐれつの喧嘩は日常茶飯事。遊びに熱心だから当然勉強はできないのに、才覚をはたらかせて成績優秀者の表彰を受けたりする。たちまちボロをだして大恥をかくのだけれども。
幼い恋をして、痴話喧嘩もする。しかし、彼女が失策をおかして窮地に立つと、自ら進みでて彼女の身代わりに教師の鞭を引き受ける。
親代わりのポリー伯母さんから理不尽な叱責を受けると、友人をかたらってサッサと家出したりする。失踪した子どもたちが見つからないので、村民が彼らの葬儀を行っている最中に姿をあらわし、涙をたちまち大いなる歓喜にかえてしまう茶目っけもある。
茶目気は愛すべきだが、ポリー伯母さんもたいへんだ。
殺人を目撃して恐怖にふるえあがるが、誤認逮捕された容疑者を救うために敢然として証人として名乗り出る。なかなかの勇気だ。
この殺人は、トムとハックルベリィ・フィンが宝探しに熱中している最中に生じた事件であった。宝探しの成果は・・・・未読の読者のためには言わぬが華である。
子どもの心を生き生きとえがいて、他に比肩する作品は、ないとは言わないが、本書を凌駕する作品は稀れだろう。
児童心理学の素材になりそうなエピソードが満載されている。
たとえば、ロビン・フッドほか本で知った活劇を模倣するゴッゴ遊びは、少年が歴史を受け継ぎ、大人の仲間入りをする準備作業である。
子どもの心をつうじて、おとなの心も洞察する。げにも、子どもはおとなの先生である。たとえば、動機づけの心理学。
お仕置きで苦行を命じられると、苦行どころか、その逆に滅多なことではやれはしない楽しみだと芝居して他の子どもたちの関心をひき、塀のペンキ塗りをさせてやる。ペンキ塗りをさせてやる代わりに、彼らのささやかな財産を巻きあげて。
この時、トムは「周囲に起こった変化を、あれこれ思いめぐらし」ただけだが、「大人でも子どもでも、あるものをほしがらせようと思ったら、それを容易に手に入れにくいと思わせさえすればいい」「仕事というものは人がやらなければならないものであり、遊びとは人がやらなくてもかまわないものだ」と著者は解説するのである。
要するに、本書は発達心理学の素材の宝庫である。
そして、本書は冒険小説の精髄である。世にあまたとある冒険小説は、本書をすこし巧緻にしたか、もしくは大がかりにしたものにすぎない。
21世紀に生きる者としては、先住民に対する偏見が気になる。
ある登場人物はいう。「それで、すっかりわかった。おまえが、耳をそぐとか鼻をたち割るとか言ったとき、わしは、おまえが、いいかげんなほらを吹いているんだと思っていた--白人は、そういう復讐をしないものだからね--だが、インディアンなら、やりかねない。インディアンとなると話が別だ」
だが、これはあくまでも、本(原著は1876年刊)の中の一登場人物の意見である。
インディアンに対する著者の見解は述べられていない。しかし、つぎのくだりから、著者マーク・トゥエンの考えを推定することはできるだろう。
物語の終わりに、トムはインディアン・ジョーに対する見方を変える。
インディアン・ジョーは洞窟に閉じこめられ、飢えに苦しんでコウモリを食べ、ロウソクを食らい、なお餓死した。殺人の罪を他人になすりつけて平然たるインディアン・ジョーだったが、その末路にトムは「強く胸をうたれた」
インディアン・ジョーの末路は、米国の、すくなからぬ先住民の末路を象徴している。
□マーク・トゥエン(大久保康雄訳)『トム・ソーヤーの冒険』(新潮文庫、1953、1976改版)
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幼い恋をして、痴話喧嘩もする。しかし、彼女が失策をおかして窮地に立つと、自ら進みでて彼女の身代わりに教師の鞭を引き受ける。
親代わりのポリー伯母さんから理不尽な叱責を受けると、友人をかたらってサッサと家出したりする。失踪した子どもたちが見つからないので、村民が彼らの葬儀を行っている最中に姿をあらわし、涙をたちまち大いなる歓喜にかえてしまう茶目っけもある。
茶目気は愛すべきだが、ポリー伯母さんもたいへんだ。
殺人を目撃して恐怖にふるえあがるが、誤認逮捕された容疑者を救うために敢然として証人として名乗り出る。なかなかの勇気だ。
この殺人は、トムとハックルベリィ・フィンが宝探しに熱中している最中に生じた事件であった。宝探しの成果は・・・・未読の読者のためには言わぬが華である。
子どもの心を生き生きとえがいて、他に比肩する作品は、ないとは言わないが、本書を凌駕する作品は稀れだろう。
児童心理学の素材になりそうなエピソードが満載されている。
たとえば、ロビン・フッドほか本で知った活劇を模倣するゴッゴ遊びは、少年が歴史を受け継ぎ、大人の仲間入りをする準備作業である。
子どもの心をつうじて、おとなの心も洞察する。げにも、子どもはおとなの先生である。たとえば、動機づけの心理学。
お仕置きで苦行を命じられると、苦行どころか、その逆に滅多なことではやれはしない楽しみだと芝居して他の子どもたちの関心をひき、塀のペンキ塗りをさせてやる。ペンキ塗りをさせてやる代わりに、彼らのささやかな財産を巻きあげて。
この時、トムは「周囲に起こった変化を、あれこれ思いめぐらし」ただけだが、「大人でも子どもでも、あるものをほしがらせようと思ったら、それを容易に手に入れにくいと思わせさえすればいい」「仕事というものは人がやらなければならないものであり、遊びとは人がやらなくてもかまわないものだ」と著者は解説するのである。
要するに、本書は発達心理学の素材の宝庫である。
そして、本書は冒険小説の精髄である。世にあまたとある冒険小説は、本書をすこし巧緻にしたか、もしくは大がかりにしたものにすぎない。
21世紀に生きる者としては、先住民に対する偏見が気になる。
ある登場人物はいう。「それで、すっかりわかった。おまえが、耳をそぐとか鼻をたち割るとか言ったとき、わしは、おまえが、いいかげんなほらを吹いているんだと思っていた--白人は、そういう復讐をしないものだからね--だが、インディアンなら、やりかねない。インディアンとなると話が別だ」
だが、これはあくまでも、本(原著は1876年刊)の中の一登場人物の意見である。
インディアンに対する著者の見解は述べられていない。しかし、つぎのくだりから、著者マーク・トゥエンの考えを推定することはできるだろう。
物語の終わりに、トムはインディアン・ジョーに対する見方を変える。
インディアン・ジョーは洞窟に閉じこめられ、飢えに苦しんでコウモリを食べ、ロウソクを食らい、なお餓死した。殺人の罪を他人になすりつけて平然たるインディアン・ジョーだったが、その末路にトムは「強く胸をうたれた」
インディアン・ジョーの末路は、米国の、すくなからぬ先住民の末路を象徴している。
□マーク・トゥエン(大久保康雄訳)『トム・ソーヤーの冒険』(新潮文庫、1953、1976改版)
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日本の環境問題のひとつの典型を、天竜川の問題と築地移転問題に見ることが出来る。それは・・・・始めるのは政治家、官僚、地方自治体という行政であり、必ず巨大な土木工事を伴い、ゼネコンなどの事業者が関わる。したがって常に利権が絡む。
そしてそこに大きな役割を果たすのが学者たちだ。官僚、地方自治体などは立てた計画を検討する委員会のようなものを作る。委員となる学者は、その土木工事に問題がないという理論的なお墨付きを与える。天竜川ではダムが環境を破壊し、洪水にも逆効果であることがわかっているのにダムの有効性を説いてきた。豊州でも『あれほど甚だしく汚染された土壌の上に他のものならともかく生鮮食品を扱う市場は建設するべきではない』という意見は学者の良心から出てこなかったのか。今まで行政とゼネコンとの利権は議論されたが、学者の役割は見過ごされてきた。
しかし、常に公共工事の正当性を理論化してきた学者たちの責任は非常に大きいと言える。
【出典】雁屋哲、花咲アキラ・画『美味しんぼ 第104巻 -食と環境問題-』 (小学館ビッグコミックス、2010)
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そしてそこに大きな役割を果たすのが学者たちだ。官僚、地方自治体などは立てた計画を検討する委員会のようなものを作る。委員となる学者は、その土木工事に問題がないという理論的なお墨付きを与える。天竜川ではダムが環境を破壊し、洪水にも逆効果であることがわかっているのにダムの有効性を説いてきた。豊州でも『あれほど甚だしく汚染された土壌の上に他のものならともかく生鮮食品を扱う市場は建設するべきではない』という意見は学者の良心から出てこなかったのか。今まで行政とゼネコンとの利権は議論されたが、学者の役割は見過ごされてきた。
しかし、常に公共工事の正当性を理論化してきた学者たちの責任は非常に大きいと言える。
【出典】雁屋哲、花咲アキラ・画『美味しんぼ 第104巻 -食と環境問題-』 (小学館ビッグコミックス、2010)
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デカルト、ないしはデカルトの子たる人間の努力のすべては、信じることに陶酔するよりはむしろ、信じることを拒否するためのものだ。モンテーニュがすでに言ったように、法律とか、礼儀作法とか、さらには社会通念とかの場合のように、慣行としては信じなければならないものであっても、その行為を証しとみなしたり、おこなうのが適当と判断したことを真実と考えたりするのはさし控えるのだ。モンテーニュがたわみやすく、自分自身に甘い精神にみえるのはこのためだが、実際にはそんなところはまったくない。逆に内面においては剛直であり、ドアを閉ざし、自分自身以外には証人を持たずに判断を下すのだ。
【出典】アラン(山崎庸一郎訳)『プロポ1』(みすず書房、2000)
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【出典】アラン(山崎庸一郎訳)『プロポ1』(みすず書房、2000)
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主人公イスラエル・アームストロングは、アイルランドの片田舎ラスケルテアル市に職を得て、ロンドンから遠路はるばるやってきた。が、職場になるはずの市立図書館の分館、タムドラム地区図書館の前に立ち、呆然とした。閉館する旨のはり紙が目に入ったからだ。
ここから、主人公がこうむる数々の苦難・・・・というよりテンヤワンヤがはじまる。
憤慨した主人公は、ただちにロンドンにとって返そうとしたが、同市の図書館主管課、娯楽・レジャー・地域サービス課のリンダ・ウェイ副課長に言いくるめられてしまう。「移動学習センター」という名の移動図書館の「出張サポート職員」に就くことになるのだ。
と・こ・ろ・が、閉鎖された分館のなかに足を踏みいれたところ、蔵書1万5千冊の影も形もない。
「蔵書まるごと消失事件」は、主人公が赴任する前の事件である。当然、主人公に責任はない。と・こ・ろ・が、またしてもウェイ副課長に言いくるめられてしまうのだ。司書は図書館のあらゆる本に対して責任を負う、ゆえに消失した蔵書の発見は主人公の責任である、うんぬん。
かくして、にわか仕立ての図書館探偵によるジダバタ調査と迷推理がはじまるのだが、詳細は本書に委ねよう。
それにしても、主人公の頼りないこと、はなはだしい。
イスラエル君は、本の読みすぎで、「知的、内気、情熱的で繊細、夢と知識にみちあふれ、豊富な語彙をもつ大人に育ったが、あいにく世俗的なことではまったく誰の役にもたたなかった」のだ。
そもそもまともにディベートできない。やり手のウェイ副課長には、まず「私たちの」と共同責任を負わされ、ついで「あなたの責任」に限定されてしまう。唯一の部下、運転手のテッド・カーソンには、ズケズケ言われるだけではなく、徹底的にからかわれる始末。「神に見捨てられた不毛の地」の「おんぼろ農家」に下宿するのだが、女主人ジョージ・ディヴァインには、けんつくを食らいっぱなし。
ひとり車をころがして家を訪ねるに当たり、路傍の住民に道を尋ねても必要かつ十分な情報を引きだせず、うろうろする。
もっとも、住民はひとクセもななクセもある男ばかりだ。カフェであいている席の隣人に座ってよいかと問えば、老人は疑わしげな目で見て「自由の国だからな」と答えたりする。ここに浮き彫りされるのは、アイルランドの片田舎に住まう男たちに独特の偏屈ぶりだ。もっとも、女だって油断できない。あまり飲めない主人公がパブでテッドを待ち受けていると、女性バーテンは言葉たくみに主人公をたちまち酔っぱらわせてしまう。
要するに、主人公は代々の名探偵のパロディでなのだ。その迷推理たるや、いずれも針小棒大な論法で、ことごとく論破されるのは当然だ。快刀乱麻を断つタルムード的論法で事件を解決する名探偵、デイヴィッド・スモールを生んだハリイ・ケメルマンが本書を読んだら、ガックリするだろう。
足をつかって調べてまわればドジを踏んでばかりの主人公に、フレンチ警部とおなじ国民とは思えない、と慨嘆する向きもあるだろう。
つまり、主人公イスラエル君は、とうてい名探偵とはいえない私であり、あなたである。取り柄は本に対する情熱しかない。
しかし、ショーペンハウエルもいうように、愚行も徹底すれば偉大にいたるのである。主人公の猪突猛進は、意外な結果をうむ。
キーワードは地域社会である。ラビ・シリーズのユダヤ人社会に対応するのがラスケルテアル市タムドラム地区である。
生き馬の目をぬく面々に揉まれているうちに、イスラエル君はだんだんタムドラム地区とその住民に愛着を覚えるようになる。そして住民もまた、イスラエル君という異邦人を信頼してよいと理解するにいたる。その結果、事件の真相は忽然と明らかになるのだ。それは、ひとりの異邦人と片田舎の住民の双方にとって、新たな出発の合図であった。
ミステリーにおける人間関係は、とかく閉鎖的になりがちなのだが、この点、本書は風とおしがよい。
学校を出たての新人もフリーターも、酸いも甘いもかみ分けた苦労人も本書を楽しめる。切れ味のよさをオブラートに包んだ会話が、テンポよく、読者をして冒頭から結末まで一気に読みとおさせてしまう。
□イアン・サンソム(玉木亨訳)『蔵書まるごと消失事件 -移動図書館貸出記録1-』(創元推理文庫、2010)
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ここから、主人公がこうむる数々の苦難・・・・というよりテンヤワンヤがはじまる。
憤慨した主人公は、ただちにロンドンにとって返そうとしたが、同市の図書館主管課、娯楽・レジャー・地域サービス課のリンダ・ウェイ副課長に言いくるめられてしまう。「移動学習センター」という名の移動図書館の「出張サポート職員」に就くことになるのだ。
と・こ・ろ・が、閉鎖された分館のなかに足を踏みいれたところ、蔵書1万5千冊の影も形もない。
「蔵書まるごと消失事件」は、主人公が赴任する前の事件である。当然、主人公に責任はない。と・こ・ろ・が、またしてもウェイ副課長に言いくるめられてしまうのだ。司書は図書館のあらゆる本に対して責任を負う、ゆえに消失した蔵書の発見は主人公の責任である、うんぬん。
かくして、にわか仕立ての図書館探偵によるジダバタ調査と迷推理がはじまるのだが、詳細は本書に委ねよう。
それにしても、主人公の頼りないこと、はなはだしい。
イスラエル君は、本の読みすぎで、「知的、内気、情熱的で繊細、夢と知識にみちあふれ、豊富な語彙をもつ大人に育ったが、あいにく世俗的なことではまったく誰の役にもたたなかった」のだ。
そもそもまともにディベートできない。やり手のウェイ副課長には、まず「私たちの」と共同責任を負わされ、ついで「あなたの責任」に限定されてしまう。唯一の部下、運転手のテッド・カーソンには、ズケズケ言われるだけではなく、徹底的にからかわれる始末。「神に見捨てられた不毛の地」の「おんぼろ農家」に下宿するのだが、女主人ジョージ・ディヴァインには、けんつくを食らいっぱなし。
ひとり車をころがして家を訪ねるに当たり、路傍の住民に道を尋ねても必要かつ十分な情報を引きだせず、うろうろする。
もっとも、住民はひとクセもななクセもある男ばかりだ。カフェであいている席の隣人に座ってよいかと問えば、老人は疑わしげな目で見て「自由の国だからな」と答えたりする。ここに浮き彫りされるのは、アイルランドの片田舎に住まう男たちに独特の偏屈ぶりだ。もっとも、女だって油断できない。あまり飲めない主人公がパブでテッドを待ち受けていると、女性バーテンは言葉たくみに主人公をたちまち酔っぱらわせてしまう。
要するに、主人公は代々の名探偵のパロディでなのだ。その迷推理たるや、いずれも針小棒大な論法で、ことごとく論破されるのは当然だ。快刀乱麻を断つタルムード的論法で事件を解決する名探偵、デイヴィッド・スモールを生んだハリイ・ケメルマンが本書を読んだら、ガックリするだろう。
足をつかって調べてまわればドジを踏んでばかりの主人公に、フレンチ警部とおなじ国民とは思えない、と慨嘆する向きもあるだろう。
つまり、主人公イスラエル君は、とうてい名探偵とはいえない私であり、あなたである。取り柄は本に対する情熱しかない。
しかし、ショーペンハウエルもいうように、愚行も徹底すれば偉大にいたるのである。主人公の猪突猛進は、意外な結果をうむ。
キーワードは地域社会である。ラビ・シリーズのユダヤ人社会に対応するのがラスケルテアル市タムドラム地区である。
生き馬の目をぬく面々に揉まれているうちに、イスラエル君はだんだんタムドラム地区とその住民に愛着を覚えるようになる。そして住民もまた、イスラエル君という異邦人を信頼してよいと理解するにいたる。その結果、事件の真相は忽然と明らかになるのだ。それは、ひとりの異邦人と片田舎の住民の双方にとって、新たな出発の合図であった。
ミステリーにおける人間関係は、とかく閉鎖的になりがちなのだが、この点、本書は風とおしがよい。
学校を出たての新人もフリーターも、酸いも甘いもかみ分けた苦労人も本書を楽しめる。切れ味のよさをオブラートに包んだ会話が、テンポよく、読者をして冒頭から結末まで一気に読みとおさせてしまう。
□イアン・サンソム(玉木亨訳)『蔵書まるごと消失事件 -移動図書館貸出記録1-』(創元推理文庫、2010)
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