四季・めぐりめぐりて

近隣の城館跡・古墳などの史跡めぐりなどをぼちぼちながらやっています

川越夜戦跡(埼玉県川越市)

2010年05月16日 | 古戦場・陣所


「日本三大夜戦」のひとつである『川越夜戦』が行われたという跡に行って見ました。無論、戦いの跡を残すものはありませんが、
沢山の方が訪れているようで、私が訪ねたときも、男女のカップルがほぼ同じに訪れカメラを向けていました。

写真は、川越夜戦の舞台となった東明寺です。「川越夜戦」とはどんなものだったか? 東明寺の門前脇に建てられている案内板の文言を下記に写しておきます。

  川越夜戦跡  所在地 川越市志多町
天文6年(1537)の戦いで、北条氏綱に川越城を取られた扇谷上杉朝定は、再びこれを奪還すべく山内上杉憲政、古河晴氏と連合して総勢8万余騎をもって、
同14年10月に川越城を包囲した。一方、福島綱成のひきいる城兵は、わずか3千でたてこもっていたが、翌15年にはすでに食糧も尽きて非常な苦戦におちいって
いたところ、北条氏康が8千騎をひきいて援軍としてかけつけ、4月20日の夜陰に乗じて猛攻撃を開始した。これに呼応して城兵も城門を開いて打って出たので、
東明寺口を中心に激しい市街戦となった。多勢をたのんで油断しきっていた上杉・古河の連合軍は、北条方の攻撃に耐えられず散々となって松山口に敗走をはじめ、
この乱戦の中で上杉朝定は討死し、憲政も上州に落ちのびたと伝えられている。敵に比べて問題にならないくらい少ない兵力で連合軍を撃滅したこの夜戦は、戦略として有名である。
                          昭和58年3月       埼 玉 県




東明寺境内にある「川越夜戦跡」石碑




上記説明が書かれた案内板




やはり境内にある東明寺の由緒書


ちなみに三大夜戦の他の二つは、
毛利元就と陶晴賢が戦った厳島の戦い(1555)、織田信長と今川義元が戦った桶狭間の戦い(1560) だそうです。

実は、この川越夜戦のあった東明寺を訪れたのは今回が初めてですが、このすぐ目の前の道を何年も通勤で通っていたことがあります。

散策日:2010年(平成22年)5月16日(日)           

河越館跡(埼玉県川越市)

2010年05月16日 | 100名城以外の城館跡
■ 国指定史跡 河越館跡



河越館跡碑・・最近建てられたようです

 河越氏は桓武平氏・秩父氏の流れをくみ、平安時代末から南北朝時代にかけて武蔵野国でも有数の勢力を誇った武士です。このことは、河越重頼の娘が
源義経の正妻になったことからも窺い知れます。しかし、室町時代となった貞冶6年(1367)に鎌倉公方足利基氏が死去すると関東を統治するために
設置された政庁である鎌倉府と河越直氏重を中心とする平一揆との関係が悪化、応安元年(1368)、平一揆が河越館にたてこもって鎌倉府に反旗を翻
しますが、敗北してしまいます(武蔵平一揆の乱)。これ以降、河越氏は、歴史の表舞台から姿を消してしまうこととになります。河越館跡は、
この河越氏の居館跡で中世武家政権を支えた武士の実態を解明する上で重要な遺跡として、昭和59年12月6日国指定史跡となりました。

 国指定史跡河越館跡史跡公園は、次の世代に伝えるべき貴重な史跡である河越館跡の保存を図るとともに、郷土学習の場、市民の憩いの場として有効な
活用を目指し開園しました。第1期史跡整備事業は平成19年度から21年度までの3ヵ年にわたり、整備面積は約13,300㎡を対象としました。
                              (パンフレット「国指定史跡河越館跡史跡公園 川越市教育委員会」から一部抜粋)   
ということで、近年整備され、最近開園した川越市上戸にある『河越館跡史跡公園』に行って来ました。




「国指定史跡 河越館跡」説明板




常楽寺入口にある碑
 
平城跡ですから起伏はありませんので、ただの野ッ原と言った感じです。幾分か復元(?)されていますので「そうか」と思えば思えないでもありません。
常楽寺は、河越館跡のなかにあり、整備される前はここ常楽寺を河越館跡と呼んででいた方もあるようです。




河越氏時代の堀区画




塚状遺構




井戸跡




山内上杉氏の陣所の堀跡




土塁




供養塔

跡地内には土塁ものこっています。また、常楽寺境内には、河越重頼・源義経・義経正室京姫の供養塔が建てられております。これも近年建立。
整備されたのはまだ一部であり、まだまだ原っぱ状態の広大な跡地がのこっていますが、追々整備されることでしょう。その頃は更に立派な史跡公園に。

史跡公園散策後、日曜日のみ開設されている資料展示室に行ってみました。私以外の訪問者はなく、本日担当していた方と長々とお話をさせていただきました。

散策:2010年(平成22年)5月16日(日)