四季・めぐりめぐりて

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国指定史跡 譲原石器時代住居跡

2023年05月04日 | 史跡・遺跡・文化財


編入合併により藤岡市になってから17年も経つのにいまだに「鬼石町」の呼び名の印象が強い。
何度も出かけていれば藤岡市として馴染むのでしょうが、そう何度も行ってはいませんし、通り抜けた
ことあっても行ったと言える一番直近は13年半も前のこと。
そんな旧鬼石町に所在する『国指定史跡 譲原石器時代住居跡』を見学に行ってきました。


名 称:譲原石器時代住居跡ゆずりはらせっきじだいじゅうきょあと
形 態:縄文時代後期から晩期初頭の敷石住居跡
指 定:国指定史跡(名称:譲原石器時代住居跡 昭和23年〔1948〕12月18日指定)
所在地:群馬県藤岡市譲原1088ほか(旧多野郡鬼石町)




中央の建物が『譲原石器時代住居跡』の保存施設(覆屋)で平成7年に再整備されたもの
左側の建物は「道の駅 上州おにし」
右側の建物は「美原尋常高等小学校譲原分教場」(廃校)の一部




『国指定史跡 譲原石器時代住居跡』の標柱と『譲原石器時代住居跡』の説明板
右奥に見えるのが「県指定史跡 譲原石器時代集落跡」の標柱と説明板
譲原石器時代集落跡は、『譲原石器時代聚落跡』の名称で昭和25年(1950)6月16日に群馬県指定史跡となって
います。
昭和23年(1948)に譲原石器時代住居跡が国指定史跡となったその後の昭和24年(1649)に周辺を調査したとこ
ろ、複数の竪穴式住居跡と遺物多数が出土したことから県指定史跡となったものですが、訪問時は立ち入り禁止
の措置が採られていました。
ただ、現在は何も見ることはできないようですから入れたとしても無駄のようです。





『譲原石器時代住居跡』説明板
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       譲原石器時代住居跡
この住居跡は昭和12年6月に発見され、昭和23年12月に国指定史跡となった遺跡である。出土した土器や土偶か
らみて、縄文時代前期から、晩期初頭にかけての遺跡と思われる。中央の炉跡は4個の結晶片岩で長方形に築か
の長方形に粘土で固められ、その上に大小の結晶片岩や砂岩が敷きつめられている、敷石住居跡といえる。
神流川流域には上流の上野村からここ鬼石町にかけえ¥て、縄文時代の遺跡、遺物が散見されるが、国、県の指
定史跡とされているところはこの遺跡だけである。
           1991年3月
                                   鬼石町教育委員会
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覆屋の入り口に掲げられている『国指定史跡 譲原石器時代住居跡』の銘板
覆屋には下記の時間帯は自由に入れ見学ができます
開館時間:9:00~17:00 休館日 毎週火曜日・国民の祝日の翌日・12月29日~1月3日の年末年始




石器時代住居跡は遺跡の上に設けられた回廊から見学できます
壁面には年表と石器時代の生活の想像図が掲げられています




炉跡を中心とした石器時代住居跡




同上




同上






石器時代の集落(想像図)




炉を囲んで食事をしている様子(想像図)




石器時代の暮らしの模様(想像図)




「道の駅 上州おにし」
平成21年(2009)11月に訪問した際に押印してきた道の駅スタンプと今回押印してきたものを挿入
してみました。

見学日:令和5年(2023)4月20日(木)

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