八王子市元八王子3丁目地内にある八幡神社境内付近に、源頼朝の近くで仕えた鎌倉初期の武将梶原景時の居城があったとさ
れます。景時の本領は相模・寒川ですが、景時の母が八王子を本拠としていた横山党・横山孝兼の娘であることから、八幡神
社付近を所領としていたようです。八幡神社は景時が勧進したと言われますので、居城とまではいかずとも居館があった可能
性は大きいようです。しかしながら、城跡とされる場所は中央自動車道建設に伴いその多くを消滅しています。そんな梶原城
跡を訪ねてみました。
八幡神社鳥居
参道にある「神木梶原杉」 景時が八幡宮を勧進した時に植えたとされ、八幡宮の神木として樹齢800年を数えたが、樹勢の
衰えから昭和47年に伐採され切り株のみが残る。
参道の突端から石階段を上がり境内へ
八幡神社 社殿
八幡神社由緒
此の地は景時の所領ゆえ(八幡神社)を勧進し祀った 社殿が傷んだ時は造営修復したともあります
社殿右側(東側)にある祠群(境内社)背後辺りから攻めてみます
祠背後は中央自動車道に架かる陸橋に近いためかそれほどの藪ではありませんが、西に進むにつれて藪がひどくなります。
うっすらですが竪堀様の窪みが社殿背後の方に延びています
とても先に進める状態ではありません
一旦境内に戻り西から攻めてみました
竪堀様なものがありましたが城跡に関係するものかどうかかは分かりません
西側もやはりこんな状態ですから歩き回ることはできません
中央自動車道に架かる陸橋の上から西方向に
左側が八幡神社のある部分で北側はこの自動車道で削られてしまい消滅している
北側から自動車道越しに遺っている梶原城跡を見ています
梶原城跡西端部分
以上、梶原城跡とされる八幡神社の背後の山はひどい藪状態で、遺構があるのかないのかさえも確認できない状態です。
攻城日:平成30年(2018)6月2日(金)