十方世界共生山一法寺

自己の世界を建設しよう
 日本のことも世界のことも自分自身のこともみな自己の内のこと。

鯛一匹の値段はただである

2008年10月16日 | 共生

 信用度の低い向けのローン、サブプライムローンの返済の延滞率が上昇し住宅バブルがはじけたことから、世界中の金融機関の信用収縮がおこり、破綻を起こすところも出て株価の大暴落で世界中が大騒ぎ。 

 しかし、物の金銭的価値なんて人間が勝手につけたそれこそバブリーなものなんである。まして紙に書かれた信用だけの、それも空鉄砲を写真にとったようなものはそもそも価値なんてなかったのである。

 物の価値という話になると、山田無文老師のことばが思い出される。

「鯛一匹の値段はただである」 

 海の中で泳いでいる時の鯛は人間の価値付けがされていないから価値以前の存在であるが、それを漁師がとらえ港に水揚げしセリに掛けられたところから値段がつく。中買い、卸、小売と人の手を経るごとに経費や口銭が上乗せされて消費者の手に渡るときには何百円、何千円とするようになるのである。

 鯛はまだ食料としての実物的価値がある。

 ところが三笠フーズの汚染米転売のごとく、本来の価値のないものが何段階も経ることによって最終段階では正常米とあまり変わらない値段になってしまっている。

 世界金融の危機も金融機関が本来価値なきものに価値あるごとく見せ、価値あるがごとく扱ってきたところにある。三笠フーズと何ら変わりはないのである。

参照: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E7%84%A1%E6%96%87

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