十方世界共生山一法寺

自己の世界を建設しよう
 日本のことも世界のことも自分自身のこともみな自己の内のこと。

生まれ変わり

2008年09月02日 | 他教

 この国の人間は生まれ変わりの話が大層好きのようのようだ。
テレビでも生まれ変われたら、何になりたいとか、同じ人と一緒になるかなんて話がしょっちゅう出てくる。大真面目に質問して聞かれた方も大真面目に答えている。

 

 「生まれ変われるとしたら・・・」ならまだ仮定の話だが、中には「生まれ変わったら・・・」なんて質問をするのもいる。

 

 馬鹿馬鹿しい話だがまとも受け答えをするのは、生まれ変わりを信じているからであろう。このような迷妄をここで解いておきたい。

 

1 「生まれ変わり」つまり「再生」には個体の機能が維持されていることが条件である。維持された機能のみが再生されるのである。死はその機能が崩壊することであり、死して後の霊魂やらがどこにその機能が蓄えられるのか、そんなものはない。

 

2 生まれ変わりの霊魂は説かれるところでは1:1の対応である。一つの霊魂が二つになることは聞いたことがない。1:1なら人口が増加している状況の中では霊魂の数が足りないのである。

 

3 原始生物に霊魂が有や無しや、ばい菌に霊魂が有や無しや、霊魂が生命の元とはいえないのである。

 

4 人間生命は両親の精子と卵子の結合から始まるのである、そこにどのように他者の霊魂が入り込むのか。草葉の陰でチャンスを狙っているなんていやらしいったらありゃしない。

 

5 自分が誰の生まれ変わりなんて誰も覚えがないはずである。それを占い師や宗教家、霊能者と呼ばれる輩に「あなたは誰それの生まれ変わりだ」と言われて信じてしまうというのは頭が悪すぎる。

 

6 両親の愛の結晶として生まれてきているのに、他者を自己の中心に入れ込むのは親不孝の極みである。

 

7 自分の精神を成しているものは何か。親の資質を引き継ぎ、いろんな人に教わり、自らが体験してきたことばかりである。自らが自らを生きる、他はないのである。

 

8 生まれ変わりを説くことにより多くの差別が行われてきた歴史がある。

9 どの状態で生まれ変わるのかという問題もある。赤ちゃんからか、大人になってからか、人生の終焉ならまたすぐ死ぬことになる。赤ちゃんには天国も地獄もないだろう。

 

まあ、生まれ変わりなんかを信じるのは、暗示に掛かりやすい精神力の弱い人間だと言い切っておこう。それにそういうことを言ってそれを銭儲けにしている奴、許せんね。

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