ナショナルジオグラフィック April 6, 2012
Ker Than for National Geographic News
北極圏では近年、降水量の増加や氷の融解など地球温暖化の影響が顕著になっているが、最新の調査からまた新たな事実が明らかになった。カナダに暮らすイヌイットの間では、周辺の地表水や地下水が病原体に汚染される頻度が高まり、感染症の罹患者数が増加しているという。
過去に行われた調査では、世界各地の先住民は気候変動の影響を極めて深刻に受けると報告されており、イヌイットの事例もその結果によく合致している。先住民は気候変動の影響がいち早くはっきりと現れる土地で暮らしている割合が高く、しかも日常生活は自然環境と深い関わりを持っていることが多い。彼らが気候変動の影響を受けやすいのは当然だろう。
今回調査を行ったのは、カナダ、オンタリオ州にあるグエルフ大学で疫学を研究しているシェリリー・ハーパー(Sherilee Harper)氏らの研究グループ。ハーパー氏は、「北方地域では、浄化された水道水よりも小川を流れる生水を好んで口にする先住民が多い」と話す。
◆天候と疾病との関連性
調査結果についてカナダ、マギル大学のジェームズ・フォード(James Ford)氏は、カナダ北極圏の先住民に発症した疾病と気候変動との関係を初めて明らかにしたと評価する。「気候変動に関する従来の研究では水の問題が取り上げられることはほとんどなく、北極圏における水系感染症(病原体に汚染された水の摂取を原因とする感染症)の実態もあまり知られていなかった」。
ハーパー氏らの研究グループは、世界各地の先住民が発症した水系感染症と異常気象を数年に渡って比較研究してきた。イヌイットに関する今回の調査もその一環である。
研究グループは現在、アフリカのウガンダや南米のペルーでも同様の調査を進めている。その地域に暮らす先住民の間でもイヌイット同様、気候変動に伴う天候パターンが健康に影響を与えている兆候が見え始めているという。
◆先住民の生活習慣を変える
ハーパー氏らは対象の先住民ごとに、観測装置を使って居住地域周辺の天候パターンを記録。付近の水質を週1回検査するとともに、医師の診断カルテから嘔吐や下痢の症例数を集計した。また、地域の生活習慣について実態調査も行った。
さまざまなデータを統合、分析したところ、興味深い傾向がいくつか見つかった。その一例としてハーパー氏は次のように話す。「降水量が多くなる時期や氷の融解が進む時期が終わると、水中で大腸菌などのバクテリアが増加し、さらにその2~4週間後に下痢や嘔吐の症状を訴える患者が多くなっていた」。
またウガンダでの調査から、動物を放し飼いにしている世帯では、雨季の後に感染症にかかる割合が3倍程度まで高くなることも判明。原因について研究グループは、動物の排泄物に含まれる病原体によって飲み水が汚染されたためと見ている。
ハーパー氏によれば、動物の飼育施設の整備や、飲み水の水源保護などの簡単な対策でも、水系感染症を抑制することが可能という。
◆地球全体の問題
ハーパー氏らが調査を行ったイヌイットの小さな村リゴレットでは既に、調査結果を踏まえて村民の意識改革に乗り出している。
村長のシャーロット・ウォルフレイ(Charlotte Wolfrey)氏は次のように語る。「漁などに出るときは、川の水を飲まず浄化処理された水道水を飲むよう住民に呼びかけている。また村のあちこちにポスターを貼って、生水は一度沸騰させてから飲むよう注意を促している」。
リゴレットで40年近く暮らしてきたウォルフレイ氏によると、気候変動のせいで、村民たちは当たり前だった慣習に疑いを持たざるを得なくなったという。
「親から子、子から孫へと受け継がれてきた生活の知恵はもはや役に立たない」とウォルフレイ氏は語る。
世界各地の先住民が直面している気候変動の影響は、遠からず地球規模で顕在化する可能性がある。リゴレットをはじめ各地の先住民が得た教訓は、人類全体にとっても役立つ時が来るだろう。
「気候変動によって水系感染症が増加している事実は、北極圏や先住民だけの問題ではない」とハーパー氏は指摘する。
ハーパー氏の意見にはフォード氏も賛同している。「北極圏で今何が起こっているのか、そして気候変動がそこに暮らす人々や社会にどのような影響を及ぼしているのかを注視すれば、人類全体が気候変動にどう対処すればよいかをより深く理解できるだろう」。
イヌイットに関する今回の調査結果は、「EcoHealth」誌に掲載されている。
Photograph by Gordon Wiltsie, National Geographic
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20120406001&expand&source=gnews
Ker Than for National Geographic News
北極圏では近年、降水量の増加や氷の融解など地球温暖化の影響が顕著になっているが、最新の調査からまた新たな事実が明らかになった。カナダに暮らすイヌイットの間では、周辺の地表水や地下水が病原体に汚染される頻度が高まり、感染症の罹患者数が増加しているという。
過去に行われた調査では、世界各地の先住民は気候変動の影響を極めて深刻に受けると報告されており、イヌイットの事例もその結果によく合致している。先住民は気候変動の影響がいち早くはっきりと現れる土地で暮らしている割合が高く、しかも日常生活は自然環境と深い関わりを持っていることが多い。彼らが気候変動の影響を受けやすいのは当然だろう。
今回調査を行ったのは、カナダ、オンタリオ州にあるグエルフ大学で疫学を研究しているシェリリー・ハーパー(Sherilee Harper)氏らの研究グループ。ハーパー氏は、「北方地域では、浄化された水道水よりも小川を流れる生水を好んで口にする先住民が多い」と話す。
◆天候と疾病との関連性
調査結果についてカナダ、マギル大学のジェームズ・フォード(James Ford)氏は、カナダ北極圏の先住民に発症した疾病と気候変動との関係を初めて明らかにしたと評価する。「気候変動に関する従来の研究では水の問題が取り上げられることはほとんどなく、北極圏における水系感染症(病原体に汚染された水の摂取を原因とする感染症)の実態もあまり知られていなかった」。
ハーパー氏らの研究グループは、世界各地の先住民が発症した水系感染症と異常気象を数年に渡って比較研究してきた。イヌイットに関する今回の調査もその一環である。
研究グループは現在、アフリカのウガンダや南米のペルーでも同様の調査を進めている。その地域に暮らす先住民の間でもイヌイット同様、気候変動に伴う天候パターンが健康に影響を与えている兆候が見え始めているという。
◆先住民の生活習慣を変える
ハーパー氏らは対象の先住民ごとに、観測装置を使って居住地域周辺の天候パターンを記録。付近の水質を週1回検査するとともに、医師の診断カルテから嘔吐や下痢の症例数を集計した。また、地域の生活習慣について実態調査も行った。
さまざまなデータを統合、分析したところ、興味深い傾向がいくつか見つかった。その一例としてハーパー氏は次のように話す。「降水量が多くなる時期や氷の融解が進む時期が終わると、水中で大腸菌などのバクテリアが増加し、さらにその2~4週間後に下痢や嘔吐の症状を訴える患者が多くなっていた」。
またウガンダでの調査から、動物を放し飼いにしている世帯では、雨季の後に感染症にかかる割合が3倍程度まで高くなることも判明。原因について研究グループは、動物の排泄物に含まれる病原体によって飲み水が汚染されたためと見ている。
ハーパー氏によれば、動物の飼育施設の整備や、飲み水の水源保護などの簡単な対策でも、水系感染症を抑制することが可能という。
◆地球全体の問題
ハーパー氏らが調査を行ったイヌイットの小さな村リゴレットでは既に、調査結果を踏まえて村民の意識改革に乗り出している。
村長のシャーロット・ウォルフレイ(Charlotte Wolfrey)氏は次のように語る。「漁などに出るときは、川の水を飲まず浄化処理された水道水を飲むよう住民に呼びかけている。また村のあちこちにポスターを貼って、生水は一度沸騰させてから飲むよう注意を促している」。
リゴレットで40年近く暮らしてきたウォルフレイ氏によると、気候変動のせいで、村民たちは当たり前だった慣習に疑いを持たざるを得なくなったという。
「親から子、子から孫へと受け継がれてきた生活の知恵はもはや役に立たない」とウォルフレイ氏は語る。
世界各地の先住民が直面している気候変動の影響は、遠からず地球規模で顕在化する可能性がある。リゴレットをはじめ各地の先住民が得た教訓は、人類全体にとっても役立つ時が来るだろう。
「気候変動によって水系感染症が増加している事実は、北極圏や先住民だけの問題ではない」とハーパー氏は指摘する。
ハーパー氏の意見にはフォード氏も賛同している。「北極圏で今何が起こっているのか、そして気候変動がそこに暮らす人々や社会にどのような影響を及ぼしているのかを注視すれば、人類全体が気候変動にどう対処すればよいかをより深く理解できるだろう」。
イヌイットに関する今回の調査結果は、「EcoHealth」誌に掲載されている。
Photograph by Gordon Wiltsie, National Geographic
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20120406001&expand&source=gnews