バンガー2023.05.26
スコセッシ、カンヌに帰還
第73回カンヌ国際映画祭の目玉のひとつ。マーティン・スコセッシのカンヌ復帰作と言われる『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』、3時間26分の大作である。
ネイティブ・アメリカンの居留地域で実際にあった事件をもとに、フィクションを交えながら描くクライム映画になっている。原作はデイヴィット・グランのノンフィクション「花殺し月の殺人―インディアン連続怪死事件とFBIの誕生」(早川書房)だ。
あるネイティブ・アメリカンの死とFBI誕生のきっかけ
西部開拓時代を経て居留地に囲い込まれた先住民の土地に石油が湧き出す。たちまち先住民はリッチになり、彼らが暮らす町オクラホマ州オセージは発展を遂げる。しかし、その富と石油の湧き出す土地に目をつけた白人たちは、あらゆる手段を使いその権利を奪い取ろうと画策する。
そしてオセージで連続怪死事件が起こる。しかし、先住民である被害者の死は全く問題視されず、単に事故死として処理され、事件は闇に葬られるのである。保安官も役人も白人権力者と結託して彼らの利益のためにしか動かない。
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
そんな1920年のオセージの町に、第一次大戦からの帰還兵アーネストがやってくる。仕事を求め、叔父である町の有力者ビルのもとに身を寄せたアーネストを演ずるのがレオナルド・ディカプリオだ。
アーネストはロバート・デ・ニーロ演ずる叔父ビルの勧めるままに、先住民のリーダー的な女性モリーに近づき結婚する。ある日、モリーの妹の死体が発見されるが、いつもの通り事故として処理されてしまう。憤ったモリーは、とうとう一族を引き連れてワシントンDCに向かい、政府に調査を直訴することを決意する。それがエドガー・フーバーを長とする<FBI>の誕生のきっかけになるのだ。
先住民コミュニティのリーダーが参加
モリーを演ずるリリー・グラッドストーンは先住民の血を引く女優である。5月21日に行われた記者会見は、記者の列が1時間前からできるような盛況。ディカプリオとスコセッシ監督、グラッドストーン、デニーロに加え、オセージの先住民コミュニティのリーダー、チーフ・スタンディングベアも同席した。
スコセッシ監督が口火を切る。「何年も懸けた仕事だったが、リリーがいて、レオがいて、ボブがいて、オセージの人々がいてチーフもいるという素晴らしいコンビネーションで、監督として非常に感動した仕事になった」。リリー・グラッドストーンもデニーロも、スペシャルでパーフェクトな現場であったと口をそろえる。
ディカプリオは「決して忘れられない現場だった。先住民と白人の両方の立場から描かれ、二つの民族の関係性について重要な瞬間を描いている。二つの文化やコミュニティの信頼について、法廷審査を通して描かれることになるが、原作とともにこの映画でオセージの歴史を残せて光栄に思う」とつづけた。
ディカプリオ「悲劇的でひねりの効いたラブストーリー」
チーフ・スタンディングベアも、この映画撮影隊に信頼をおいて街をあげての協力を惜しまなかったと語る。
撮影を通じて我々は裏切られることのない信頼を彼らに感じた。原作を脚本化するにあたって、モリーに焦点を当てオセージの外の世界との関わりと裁判を中心に描いていくことにしたのが良かったのだと思う。
チーフの言うとおり本作は、町全体の物語を俯瞰的に語るのではなく、物語の中心軸をアーネストとモリーに絞り込んで、レオ曰く「悲劇的でひねりの効いたラブストーリー」として描かれている。そうやって絞り込んでも、3時間26分。この長さについて監督は、こう説明している。
この町で起こったことと、それがもたらしたことを正直に描きたかった。人間関係、事実関係などを描くためにはどうしても時間が長くなってしまう。それでも、何ができるかと考えて、ストーリー仕立てにしキャラクターを立てて語らせることで整理することができるのではないかと考えた。なにせリサーチに2年かけているからね、描き込みたいことは山のようにあるし、描かなくてはいけないこともたっぷりある。どう整理しても、この長さは必要なんだ。観客にとっては快適ではないかもしれないというリスクはあるが、オセージで起きたことを知るチャンスにはなると思う。
「先住民文化は毛布の柄一つにも意味がある」
歴史物も色々手がけてきたスコセッシ監督だが、ネイティブアメリカンの近代史に関して扱うのは初めて。
チーフがプロジェクトに参加してくれたのは大きかった。先住民に関しての本を読みはしたが、チーフはもっと深く彼らの文化や歴史について教えてくれた。言葉や祈りの儀式など大切なことを、たくさんね。彼らは地球を愛しリスペクトし、そこでどのように生きるかを伝えてきた。全てが自然と共にあるんだ。例えば、毛布の柄一つにも意味があるんだよ。それを白人達が変えてしまった。そこからオセージの悲劇は始まっているんだ。
監督の言葉を受けてチーフは続ける。
パンデミックがあって我々の文化や言葉についての興味を持った人々も増えてきた。我々は先住民の若者たちに文化や言葉歴史を伝えようとしてきたが、今回は実際にカメラの後ろに回ってエキストラやスタッフとして働くことで、彼らが自分たちの文化や言葉を自覚する機会を持つことができた。オセージの人々は老若男女よく働いてくれたと思う。
先住民の血を弾くグラッドストーンは、自分のルーツを振り返りつつ続ける。
モリーというキャラクターは先住民の間でレガシーになっています。モリーが観客の入口になり、世界の人たちにわたしたちの歴史を知ってもらえたらいいと思います。
私たちにはコミュニティを語る人がまだまだ必要なんです。監督はアーティスティックなアプローチを加え、ストーリーを立ててキャラクターに焦点を絞ることで観客の琴線に触れることができると考えたのだと思います。
母の代わりに一家を束ね財産を管理し、コミュニティでも信頼される知力と行動力に富んだ女性モリー。彼女がコミュニティのキーパーソンだと見抜いたビルがアーネストを送り込むにも理由があるわけだ。
1920年代のオクラホマと2023年のアメリカ社会がつながる
アーネストとの愛情を信じたモリー、モリーを愛してはいるのだが叔父への義理つまりは白人社会との繋がりを断ち切れないアーネスト、後半はこの2人のラブストーリーが、新生したFBIの調査と裁判と絡みながら物語を引っ張っていく。
デニーロが付け加える。
脚本を読んだとき、ビルというキャラクターは理解しがたかったがベストを尽くしたつもりだ。つまりは、この当時のオーセージにはびこっていたのはシステマティック・レイシズムというべきものだつたのではないか。それは今にもつながる問題だと思う。まぁ、金のためならなんでもやるし、誰でも使うビルという男は、今でいうならトランプみたいなやつなんだ。
この一言で、1920年代のオクラホマと2023年のアメリカ社会がつながる。
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』、紛れもなくマーティン・スコセッシ監督の傑作の一本である。
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は2023年10月6日(金)より劇場で独占公開後、Apple TV+で全世界配信
CS映画専門チャンネル ムービープラス「特集:カンヌ映画祭スペシャル2023」は2023年5月放送
https://www.banger.jp/movie/97154/