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生物多様性条約(CBD)の第16回締約国会議(COP16)の成果のポイント

2025-01-11 | 先住民族関連

 

EICネット2025.01.10

一般財団法人自然環境研究センター 主任研究員 川口敏典

 2024年10月21日から11月1日にかけて生物多様性条約COP16がコロンビア・カリにて開催されました。会議時間を延長して最終日の翌朝まで夜通し議論されたものの、一部の締約国が帰国のために退出したことから定足数を満たせなくなり、会議は中断されました。しかし、中断までに多くの決定が採択されましたので、それらのポイント等を紹介します。

1.COP16の背景

 2022年の第15回締約国会議(COP15)で、愛知目標を含む戦略計画に代わる新たな国際枠組みとして昆明・モントリオール生物多様性枠組(KMGBF)が採択され、2050年のあるべき姿を示す4つのゴールとともに、そのゴールに向けて2030年までに達成すべきこととして23の行動目標(ターゲット)が設定されました。採択後、日本ではKMGBFに対応した生物多様性国家戦略2023-2030が2023年3月に閣議決定されています。
 COP15では、さらに、各ターゲットの進捗を確認するための指標を含むモニタリング枠組みや、締約各国によるKMGBFに即した計画や目標の策定と実施の状況を点検するための仕組み、KMGBF実施のための資源動員戦略、遺伝資源に関するデジタル配列情報(DSI)の利用から生まれる利益の配分のための多数国間メカニズムの設置などが決定されました。
 他方で、上述の様々な仕組みの詳細が決まっていないほか、時間的な制約で先送りとなった議題が多くあり、COP16では、こうしたKMGBFの実施に向けた課題やCOP15での未解決事項に対応すべく議論が行われました。

2.COP16の主要議題の成果

 COP16では、KMGBFの実施から技術的な内容のものまで、多岐にわたる31の議題が取り上げられました。特に重要な議題として扱われた事項(DSI、先住民族及び地域社会、資源動員、モニタリング枠組みを含む点検等のための仕組み)をはじめ、能力構築・科学技術協力や広報・教育・普及啓発(CEPA)、気候変動、侵略的外来種、健康、海洋と沿岸域の生物多様性、合成生物学、植物保全戦略、持続可能な野生生物管理等について議論されました。ここでは決定が採択された議題の主なポイントについて、議論の背景等を示しつつ、以下のとおり紹介します。

・議題9 遺伝資源に関するデジタル配列情報(DSI)
・議題14 条約第8条(j)項及び関連条項
・議題12 能力構築・開発と科学技術協力など
・議題25 生物多様性と気候変動
・議題21 侵略的外来種
・議題16 KMGBFの実施における科学技術的なニーズ
・議題20 海洋と沿岸域の生物多様性
・議題22 生物多様性と健康

出典:「昆明・モントリオール生物多様性枠組(暫定訳)」(https://www.env.go.jp/content/000097720.pdf)より抜粋。
「昆明・モントリオール生物多様性枠組の構造」の図は環境省作成図(https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/gbf/kmgbf.html)より

【議題9 遺伝資源に関するデジタル配列情報(DSI)】

 COP16では、COP15で設置が決定した多数国間メカニズムの運用の詳細などについて議論されました。その結果、DSIから利益を得る業界のDSI使用者が、利益などの一部を「カリ基金」とよばれるグローバルな基金に拠出することを締約国が促すことや、それを生物多様性条約の目的のために使うこと等が決定されました。企業の売上や利益の内の何%を拠出するのかや対象となる企業の規模の目安や基金の各国(主に途上国)への配分方法などは次回COP17までの期間に更に検討される予定です。

【議題14 条約第8条(j)項及び関連条項】

 生物多様性条約(CBD)では、先住民族及び地域社会(IPLCs)が有する知識・工夫・慣行を尊重すること、それら知識等の適用を促すこと、そうした知識の利用がもたらす利益を衡平に配分すること等が掲げられており(第8条(j)項等)、IPLCsの伝統的知識が生物多様性の保全と持続可能な利用に果たす役割が認識されています。
 本件についてはこれまで専門の作業部会が作業してきましたが、COP16では、IPLCsの生物多様性保全への参画を強化・確保するため、作業部会に代わる常設の補助機関の設置が決定されました。この決定はある意味で本件の格上げともいえ、その採択時には、会場は大きな拍手に包まれお祭りのようでした(採択時の様子はUN Web TVより視聴可能【1】)。先住民族に関する議論は普段の生活ではあまり聞きなれない話かもしれませんが、COP16での重要な成果の1つといえます。このほか、本件に関する作業計画も採択されました。

【議題12 能力構築・開発と科学技術協力など】

 この事項は、KMGBFのターゲット20で掲げられているほか、日本の国家戦略においても国際連携の一環として目標が設定されています。
 COP15では、能力の構築・開発のための長期戦略的枠組みが採択されたほか、科学技術協力のための新たな仕組みの構築が決定されました。この仕組みは、世界の各地域に固有なニーズ等を踏まえて科学技術協力と技術移転を推進する役割を担う地域センターとそのセンター同士のネットワーク、世界全体で調整を行う主体で構成されるものです。
 COP16前の準備会合で18の組織が地域センターとして選定されたことを受け、COP16では、世界全体で調整を行う主体とその運用を決めるべく議論が行われました。
 結果、運用方法が採択され、条約事務局が調整を行う主体となることが決定されたほか、地域センターに対しては2か年の作業計画の作成を求めることを決定しました。今後、科学技術協力がより推進され、世界各地で生物多様性の保全が一層進むことが期待されます。

【議題25 生物多様性と気候変動】

 KMGBFには、気候変動対策関係のターゲット8や自然を活用した解決策(NbS)等を通じた生態系サービス等の回復を掲げるターゲット11があり、国家戦略においてもその基本戦略2でNbSが掲げられています。
 議論の結果、これらターゲット等に取り組む際に、生物多様性の取組と気候変動対策との相乗効果(シナジー)を最大化しつつ、気候変動対策が生物多様性に意図せぬ悪影響をもたらすことを回避することなどを締約国に求める内容が盛り込まれました。また、気候・生物多様性・海洋のネクサス(相互関係)への対応や気候変動枠組条約との協力の推進等が掲げられており、今後これらについて作業が進展することが期待されます。

【議題21 侵略的外来種】

 侵略的外来種への対応はKMGBFのターゲット6で扱われており、COP15以降、生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)第10回総会(2023年)で侵略的外来種とその管理に関するテーマ別評価報告書【2】が承認されたほか、侵略的外来種に関するG7ワークショップが開催されるなどの国際的な動きがありました。
 COP16では、同評価報告書が歓迎されたほか、専門家会合での議論を経た侵略的外来種対応等に関する5つのガイダンス(気候変動等からのリスクを踏まえた侵略的外来種の管理に係るガイダンス、植物防疫措置の活用や侵略的外来種の導入経路ごとの管理手段等についての助言をまとめたもの等)が承認されました。締約各国には、自国の生物多様性国家戦略等の更新・実施におけるこれらガイダンスの活用が求められています。

【議題16 KMGBFの実施における科学技術的なニーズ】

 条約事務局の分析等により、KMGBF実施のために追加的な取組みが必要と考えられる事項として、「生物多様性に配慮した空間計画」(ターゲット1等)、「汚染と生物多様性」(ターゲット7)、「生物多様性を活用した持続可能な活動・製品等」(ターゲット9)、セクションCの「衡平性と人権本位のアプローチ」が挙げられました。
 議論の結果、これらに加え、セクションCの「多様な価値体系」も候補に加えられました。今後、作業負荷や他の条約や国際プロセスにおける取組みとの重複を考慮しながら、CBDで取り上げられることが見込まれます。
 ちなみに、汚染は、「気候変動、生物多様性の損失、汚染に取り組むための効果的で包括的かつ持続可能な多国間行動」をテーマとして2024年2月26日から3月1日にかけて開催された第6回国連環境総会(UNEA6)において、気候変動、生物多様性の損失と並んで、3つの世界的な危機の1つとして認識されています。また、空間計画については、IPBESにおいて「生物多様性を考慮した統合的空間計画と生態系の連結性に関する方法論評価」が2025年から2027年にかけて実施される予定です。このように、CBD以外でもこれらの分野についての国際的な動きがあります。

【議題20 海洋と沿岸域の生物多様性】

 この議題では生態学的又は生物学的に重要な海域(EBSA)と海洋の生物多様性の保全と持続可能な利用が取り上げられました。その中でも、念願の成果が得られたEBSAについて紹介します。EBSAの抽出は2023年に採択された国家管轄権外区域の海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する協定(BBNJ協定。2024年12月24日時点で未発効)にとっても有益な情報になる可能性があるとして、その潜在性が期待されています。
 2008年のCOP9でEBSAの基準が採択を受け、世界各地で地域ワークショップが開催され、EBSAの基準に合致する海域が抽出されました【3】。日本でも、2010年のCOP10で採択された愛知目標11(陸域17%・海域10%の保護地域等による保全)の達成に向けた各種検討の基礎とするべく、CBDの基準を踏まえた日本独自の基準に基づき「生物多様性の観点から重要度の高い海域」の抽出が行われています。
 2016年のCOP13以降、そうした海域についての記述内容の変更や新規に抽出するための手続きを定めるべく作業が行われてきましたが、法的・政治的な懸念により、意見がなかなか収束しませんでした。しかし、約8年の議論を経て、COP16でようやくEBSAの手続きが採択され、その際には会場が大きな拍手に包まれました。今後はこのプロセスに沿って基準に合致する海域の抽出等が行われる見込みです。

【議題22 生物多様性と健康】

 2020年にIPBESの生物多様性とパンデミックに関するワークショップが開催され【4】、KMGBFでは、「実施における配慮事項」(セクションC)の1つとして、「健康」が挙げられています。COP14(2018年)で生物多様性と健康との相互関係を政策などに主流化する支援のために生物多様性と健康に関する行動計画の作成が始まり、4年の議論を経てCOP16でようやく採択に至りました。
 行動計画では、人、動物、植物及び生態系の健康を持続可能な形で調和・最適化するべく、KMGBFの各ターゲットについて健康との関係や生物多様性と健康の双方にとって好影響をもたらす行動などが示されており、締約各国は、行動計画の実施とその実施についての報告が求められています。

3.議論以外の注目ポイント:COP16への参加者数

 こうした成果以外にも、COP16には注目すべきポイントがあり、これまでのCOPに比べた時、その参加者数やサイドイベントの多さは注目すべきポイントです。
 KMGBFが採択されたCOP15の時の参加登録者数は約9,500人程度でしたが、COP16では13,000人を超え、これまでにないほどの人々が参加しました。COP16 での注目議題が資源動員と先住民関係であることを受けてか、特に、ビジネス・産業界からの参加者とIPLCs団体・組織からの参加者はCOP15からほぼ倍増しました(ちなみに愛知県名古屋市で開催されたCOP10の参加登録者数は7,418人でした)。
 会議と並行して開催されたサイドイベントについてはCOP16期間中に開催可能なイベント数である320程度の枠に対して1,200程度の開催希望がありました。その中で、KMGBFのターゲット19でも言及されている生物多様性クレジットについては、賛否双方の立場からその動向が注目されており、関係のイベントでは満席であるにも関わらず会場に入り込む人や会場外から傍聴する人がいました。そうしたイベントの開催も相まって参加者の増加につながったのかもしれません。
 同様に国連とその専門機関、政府間機関からの参加も倍増しており、生物多様性についての認識が幅広いセクターに広がってきていることが伺えます。

4.今後の作業とまとめ

 COP16は翌年(2025年)2月にイタリア・ローマで再開予定です。主に以下の事項について議論が再開されます。

■計画・モニタリング・報告・レビューの仕組み

いわゆる実施のPDCAサイクルに相当するものといえます。現在(2024年11月2日時点)、44カ国が国家戦略等を、112カ国がKMGBFに沿った国内目標を提出しています。今後、各国の取組を集約し、KMGBFの実施・達成状況の点検を行うことになっています。KMGBFの実施には、社会全体で取り組むこと(“whole-of-society approach”)の重要性が認識されており、国以外の主体からのコミットメントをこの点検にいかにして取り込むかについても議論されました。再開会合ではその点検方法の詳細が決まることになります。

■モニタリング枠組み

この枠組みは上記の仕組みの構成要素であり、KMGBFの進捗を計測するための世界共通のものさし(指標)を各国に提示するものです。KMGBFの達成に向けた世界的な取組み状況を明らかにするべく、締約各国はこの指標に基づいて国家戦略等の実施について報告することになります。ただ、同枠組みはCOP15で採択されたものの、十分開発された指標が無いターゲットがあるなど多くの欠点が残されています。再開会合では、その欠点を補い、枠組みを一旦完成させるための指標のほか、各締約国に対し主要な指標の計測方法等の詳細などが記されたガイダンスの活用を促す内容が記された決定案を採択するための議論が行われます。

■資源動員

ターゲット19ではすべての資金源から少なくとも2,000億米ドルを毎年拠出すること等が掲げられており、そのためのガイダンスとして、資源動員戦略フェーズ II(2025-2030)等が議論されました。生物多様性に特化した新たな基金の設立を一部途上国が求めましたが、既に存在する基金との関係からその必要性を疑問視する先進国が反対するなど、締約国同士の溝は埋まらないままとなっていて、再開会合でも難しい議論が予想されます。

 COP16は中断されましたが、最大規模のCOPとなったほか、様々な分野で多くの成果が得られ、長年の懸案事項についても一区切りついた機会になったといえます。CBDでは多岐にわたる事項について議論されており、保全や持続可能な利用に関係するガイダンスなどの成果物もたくさん作成されていますので、引き続き国際的な議論に注目しつつ各自の活動に活用・反映してくことは重要といえます。そうした取り組みが社会全体として積み重なり、国家戦略、さらにはKMGBFの実施が進むことで、自然と共生する社会の実現につながっていくことになると考えられます。

【1】条約第8条(j)項関連の採択時の様子(UN Web TV)

【2】IPBES「侵略的外来種とその管理に関するテーマ別評価報告書」

【3】生態学的または生物学的に重要な海域

【4】IPBESによるパンデミックと生物多様性ワークショップ報告書の概要

記事に含まれる環境用語

関連リンク

COP15(2022年)以降の作業の流れ(環境省(2023))

https://www.eic.or.jp/library/pickup/295/

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