鐙麻樹 北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事 2/9(日) 11:01
ここ数年、フェミニズム研究や黒人研究と肩を並べる形で、先住民学が発展し、これまで支配的であったマジョリティの視点に対する批判が活発化している。
「マジョリティの視点は、どこにおいても支配的」と北極圏での会議「Arctic Frontiers」で語ったのは、トロムソ大学の先住民学教授のトルイェル・オルセンさんだ。
世界中の先住民族がずっと周縁に置かれてき、ごくわずかの居場所しか保証されなかった。その構造を可能にする一端を担ってきたのは、学者や知識体系だ。
これまでの先住民研究は、同化政策の下で、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアなどにおいて、先住民サーミの身体や生活が「劣った民族」として扱われ、外部からのトップダウンの視点で行われてきた。
その結果、先住民コミュニティは、政府や公的機関への信頼を失った。さらに自らの「真実」を誰が語るのかという根本的な問いが求められるに至った。
植民地的な視点で「研究対象」となり、失われた信頼
ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、ロシアの先住民サーミたちは、各国で同化政策の対象となり、「劣った民族」として研究者たちは彼らの身体の「調査」をした。
「サーミの社会から政府や公的機関への信頼が失われている」と話したのは、サーミ議会の運営審議会メンバーであるマレン・ベネディクテ・ニースタッド・ストールスレットさんだ。
それは「誰の」真実か
過去の先住民研究の多くは、しばしば人種差別的な考え方に基づき、先住民族のコミュニティが関与することなく、また研究対象となるコミュニティの利益になることもなく、外部のトップダウンの視点から行われてきました。
研究において私たちは真実を求めていますが、その際、私たちは『誰の真実』を語っているのか、と問う必要があります。私たちは『真実の構造』に挑戦しているのです。
過去の先住民研究は差別と偏見によって蓄積されている。だからこそ、現代において、先住民研究に関わる人は多様であることが、資金を配分する国や自治体にとって必要とされる。
「狭い範囲でしか人材を確保できないのであれば、将来的に大きな問題を抱えることになる」とノルウェー地方自治・地域開発省の事務次官であるイヴァ―ル・プレストバクモさんは話した。
北極圏の実情とグリーンランドの闘い
デンマーク国会で議席を有するグリーンランドの政治家、アヤ・ケムニッツ氏は、グリーンランドでよく使われるフレーズ「私たちのことを、私たち抜きで、決めるな」を引用しながら、決定のテーブルに先住民が座る必要性を強調した。
ただ「席があればいい」というものではない。同時に「何を望んでいるのか、明確な方針」がもたれるべきたと語る。
「先住民の知識、伝統的な知識はとても重要なのです。私は先住民に権力だけでなく資金も与えることが重要だと思います。北極圏の外側で北極圏に関する研究をするだけではなく、北極圏に住む人々のニーズも満たすようにする必要があります」
科学やクジラの研究が多すぎる、もっと人の研究を
グリーンランド大学に聞いたところ、彼らは科学に関する研究が多すぎると言っていました。もはや、クジラだって「研究疲れ」していると。
そもそも、そこに住んでいる人たちはどうなんですか?グリーンランドはビジネスのドアは開いていますが、私たちは売り物ではありません。
アヤ・ケムニッツ議員
会議では、先住民学の研究を活発化させるための提案が多数提示された。
筆者撮影
これから必要なこと
- アドボカシーのトレーニング
- ユースカウンセリングの設立
- 北部に関する決定の多くはいまだに南部で行われるために、交渉方法の訓練
- より体系化されたリーダーシップ・コース
- 研究に対する資金提供
- 先住民の言語を学ぶ学校と機会の増設、教師の育成
- 科学やクジラだけではなく、人についての研究の強化
- 組織内に青少年団体を設立する
- 役員会に青少年の代表を入れる
- 高等教育を受けるサーミ人女性はサーミ人男性に比べて多いという問題の解決
- 先住民が安全な環境で学べるようにする
執筆後記 ~トランプ効果で、注目が集まり過ぎている北極圏~
この話し合いは、北極圏の科学、政策、ビジネス、現コミュニティの声を結集させるカンファレンス「Arctic Frontiers」で開催されていた。
この会議は、北欧・北極圏の政治家や研究者たちなど、決定権を持つ人が多数集まる重要な場だ。今年は世界中からの記者が多かった。理由はもちろん、トランプ大統領のグリーンランド買収発言だ。北極圏にはどのような価値が眠っているのか、世界中からの注目が集まっている証拠でもある。
研究に限らず、今グリーンランドや北極圏がニュースになる際、「植民地主義的な考え方や主張」を、私たちも無意識に取り込んでいないかは、注意する必要がある。
「私たちは売り物ではない」と、グリーンランドの政治家、アヤ・ケムニッツさんは言った。「私たち」は「人」を表す。でも、防衛や鉱物など、トランプ大統領の影響を受けて、不動産的な視点でこの話題を考えていないか、時に立ち止まって考える必要がある。
「植民地的な視点」は、気づかぬうちに私たちの思考に入り込むものだから。常に自省することが、今後の北極圏に対する正しい理解につながる。
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/39f2b95bbc94aed8198cf495506b038a806a38bb