私が長野県の山形村の運用を終え下山する途中の山麓に信州蕎麦の美味しい店がある事を聞いていたので休憩を兼ねて立寄りゆっくりと食事をした。其の後、千国街道(148号線 )を北上、木崎湖、青木湖を過ぎると道の駅「白馬」に立寄り、そして白馬駅から細野部落への道を走ったが昔の風景とまったく違っていた事に驚いた。
私が36年くらい前に初めて八方尾根スキー場に来た時はJRの北陸本線回りで糸魚川駅まで其の後、大糸線に乗り換えて白馬駅に降り立った。その時、白馬駅から細野部落まで路線バスに乗ったが田んぼの中を走り周囲に建物が余り無く北アルプスが障害物無く見渡せた様に思ったが今回、同じ道を走ったが以前とは別世界のペンションやスキーショップ、喫茶店、外食産業が立並び昔の面影は無いに等しい状況で有った。
この地には冬のスキーシーズンしか来た事が無かったので昔の細野部落のイメージは雪の中(民宿の直ぐ前までスキーを履いて下りて来られた。)今回は5月下旬、雪が無いので当たり前の事だが 其の変貌には驚いた。最初の3年間は民宿の「えびす屋さん」に御世話に成っていた(漢字だった様な気がするが?)私が20歳位の時、女将さんは40歳前後だったと思うのだが細身で和服でシャキシャキ動き回っていた。
今回は細い路地に入り3回程、町筋を回ったが、近辺は今風のペンションや民宿に建て替えられていた為、まったく所在も解らず状態、まさに浦島太郎状態に成っていた。白馬に来ると4~5日は泊まっていた事と当時、徳島から一人でスキーに来る珍しい客と言う事で顔を覚えていてくれた。此の日には夕方からの小川村からの運用も有ったので 昔と唯一余り変わっていないスキー場の全景写真とオリンピックの為に建て替えられたジャンプ台を訪れ写真を撮った。
後日、徳島からの交信で近くに在住している局と交信する機会があり民宿と女将さんの事を聞くと数年前に亡くなられて現在は息子さんが後を継いで経営されている事も解った。一度機会を作って泊まりに行きたいと思っている。今回の長野県訪問は若い時の回想シリーズ第一回目で有ったが、其れにしても私の思い出と合致するのは北アルプスの山並みとウサギ平付近のゲレンデの風景だけでショックを受けた。
今回は黒菱山荘にも訪れる予定で有ったが時間の関係と落ち込みで上がる元気が出なかった。ただ町ですれ違う人は殆んど同世代の人達のカップルで皆さん昔を思い出しに来ているのだろう。カラフルなシャツや登山服に身を包みリュックサックを背負った人達が楽しそうに話しながら歩く姿が多く何か救われる様な気がした。