太陽と花と波と緑そして命

I love mother nature,and life

七日目その1 トンネル博物館

2015-09-30 06:00:00 | ボスニアヘルツェゴビナ

ついにボスニアヘルツェゴビナの旅の最終日です。

昨日の夜のうちに、みんな何をしたいか話していたら、トンネル博物館に行きたい

人が多かったので、一緒に行こうということになりました。

イリージャのハリウッドホテルからタクシーで10分くらいだそうです。

2台に分乗して行きました。

 

トンネル博物館。

 

 

地上を歩くと、銃弾に当たってしまうので、みなこのトンネルを通って、水や食料などの

物資を運んでいたのです。

背が高い人にはつらいです。

 

トンネル博物館の外は、立ち入り禁止になっています。

まだ地雷の除去が終わっていないようです。

 

※  と、書きましたが、ここブトミール地区には地雷は敷設されておらず、

立ち入り禁止なのは、空港管理区域だからだそうです。

そういえば、空港から目と鼻の先なんですよね。 

地雷の表示や草むらに転がっている武器の一部は博物館のディスプレイです。

それにしてもやはり実際に戦闘地域だったり、使っていたトンネルがあるので、

ディスプレイといっても、臨場感があります、、、。

 

 

 

庭の木にはプルーンがたわわに実っていました。

 

 

この建物の中でビデオを見ることができます。

 

トンネルの出口。

 

 

トンネル博物館の隣にあるお土産屋さんの窓。

 

このお土産屋さんのおじさん Abid さんがとっても楽しくて、それからの出来事が傑作でした。

この旅の最後を飾るオモシロエピソードとして、いつまでも忘れないでしょう。

Abidさん、このトンネル博物館のところにあるトンネルを戦争中掘って作ったんですって。

トンネル掘っただけあって、ものすごいマッチョマンでした!

ほんの20分くらいの出会いでしたが、とっても楽しかった♪

 

 

 

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六日目その7 サラエボでの最後の晩餐

2015-09-29 06:00:00 | ボスニアヘルツェゴビナ

ドラガンさんのお宅であたたかいおもてなしを受けた後は、

サラエボの町へ戻り、最後の晩餐です。

あっという間のサラエボ滞在。いよいよ晩ごはんをサラエボで食べるのは

最後になってしまいました。

 

旅の疲れを癒すメニューです。

たまねぎのファルシ。

 

ステキなトルコ風のランプ。

 

デザートです。

 

いよいよ明日が最後で日本に帰るかと思うと、なんとも寂しいです、、、。

 

 

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六日目その6 ドラガンさんのお宅へ

2015-09-28 06:00:25 | ボスニアヘルツェゴビナ

ガイドのドラガンさんが、私達をお宅へ招待してくださった。

なんて嬉しいことでしょうか。

 

サラエボの町中から郊外へ。

 

 

 

のどかな田園風景の中にドラガンさんのお宅はありました。

庭には、いろんな果樹が植わっていて実っています。

 

熟成中の洋梨のラキアを見せていただきました。

 

ニワトリを飼い

 

ブタも飼い

 

冬に備えて薪も準備してあった。

 

バラも。

 

 

お手製のラキアで乾杯!

 

のんびりゆったりと過ごします。

 

ドラガンさんの奥さんお手製のブラックベリージュースです。

 

 

すっかりリラックス。

 

ドラガンさんがおっしゃるには、ボスニアヘルツェゴビナは経済状況が苦しく、

みな自宅で野菜を作ったり、ラキアを作ったり、ブタやニワトリも飼って、干し肉も自分たちで作る。

自給自足は当たり前なんだそうです。

 

でも日本の都会では経済は豊かなのかもしれないけれど、こんな自然豊かな自給自足の暮らしは望めない。

経済も豊かで、自然も豊かで、、、、という暮らしはあり得ないのだろうか?

 

ボスニアヘルツェゴビナの一般家庭にホームステイし、田舎暮らしを体験するようなツアーも

おもしろそうですね。

 

無敵なベテランガイドのドラガンさん、あたたかいおもてなし、本当にありがとうございます!

 

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六日目その5 サッカー観戦 3部リーグ

2015-09-27 06:00:49 | ボスニアヘルツェゴビナ

デヤンさんのお話しを聞いた後は、またぶらぶらとサラエボの町を散歩。

美術アカデミーの前まで来た。

 

手前の川にかかる橋の名前がおもしろい。

「ゆっくり急ぐ橋」だって。

 

ここでしばらく皆で写真を撮ったり、ふざけたりした後、またぶらぶらと歩く。

 

サラエボではちょうどサラエボフィルムフェスティバルをやっていた。

レッドカーペットだ。残念ながらスターは見なかったけど。

 

84年のサラエボ冬季オリンピックの事務所だった建物。

 

ショッピングセンターのチョコレート屋さんをタイーダさんが紹介してくれた。

タイーダさん一押しのイチジクのチョコレートを購入。

日本へ帰って食べてみたら激うまで感動。もっと買ってくればよかった~!

MAK ZARA のチョコレート!

 

そして、いよいよ三部リーグの試合があるスタジアムへ。

 

スタジアムにあるプレート。

先の戦争で亡くなった選手の名前が刻まれています。

 

 

そして、3部の試合を観戦です!私にとっては初サッカー観戦です。

 

いよいよ始まりました。

 

日も暮れてきた、、、。

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六日目その4 ミスターボスニアヘルツェゴビナのお話を聞く

2015-09-26 06:00:00 | ボスニアヘルツェゴビナ

今日のテーマとして、「NGOの職員に話しを聞く」となっていましたから、まさかミスターボスニアヘルツェゴビナにお会いできるとは全く夢にも思っていませんでした。

会場は、通訳のタイーダさん一押しのサラエボの街を見渡せるカフェ。

9階くらいだったかな?



行ってみたら、なんかものすご~くかっこいいステキな男性がいらっしゃるではないですか。

なんとその方がお話ししてくださる方だった。

ミスターボスニアヘルツェゴビナにして、現役ファッションモデルのデヤンさんです。

男性ファッションモデルにお会いしたのは、生まれて初めてです!

そして、そのお仕事をするかたわらに、サッカーを通じた民族融和の活動をしています。

サラエボで名門チームのユースを招いてサッカー大会を主催していらっしゃるのです。

第四回大会は6月に開いたそうです。

その活動をされるきっかけや思いをお話しくださいました。

お話しの後、リクエストに応えて2ショット写真を撮ってもらいました。

 

私たちの質問にもたくさん答えていただきました。

彼は戦争が始まった時、10歳だったそうです。

「戦争が始まり、一夜にして大人にならなければならなかった。

今までの日常が一変してしまった。」

そんな形で大人にならなければならなかったなんて、、、。

「戦争のころは、「生きている」ということを大事にしていた。

それ以外何も考えられなかった。」

いかに戦争という状態に置かれることが過酷なことか、子どものころに

それを経験した方のお話しを実際に聞いて感じました。

「それまで学校の授業は45分だったのに、戦争中は25分になり、10歳の時に

学べることを学べなかった。

勉強するかわりに、水を取りに行った。

電気も水もなかった。」

戦争は命を奪い、生きている者からは生活、子どもからは学ぶこと、全てを奪います。

デヤンさんが今の活動をされている根底には、ボスニアヘルツェゴビナのいい将来を作るという

強い思いがあります。

デヤンさんが開催する大会に出場した中からは、たくさんの有名選手が生まれていますよ。

 

お話しくださって本当にありがとうございました、デヤンさん!

 

 

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