ここのところ"雨上がり決死隊"なる人たちがテレビを賑わせておりますが
私はその人たちを見たことないからよく分からない。
それより前に私はど~なる?
雨の中決死隊を決行しなくちゃいけないの!?。

三ノ輪からは自転車で通勤するときの通いなれた道、日光街道に入ります。
円通寺。
慶応4年の戊辰戦争(上野戦争)で亡くなった彰義隊の隊士たちは
賊軍として扱われ遺体の回収もなくそのまま打ち捨てられていた。
円通寺の住職は新政府の許可のもとこれらの遺体の火葬や葬儀を行い
この寺に墓を建てた。

上野・寛永寺の総門である通称「黒門」はこの戦争で壊されたが
後に円通寺に移築・復元された、
見ると全体に銃弾の跡が残り戦闘の激しさを物語っている。
この黒門があった辺りが黒門町と呼ばれその名は湯島の下あたりに今も残っており
「黒門町の伝七」が活躍する「伝七捕り物帖」は映画・テレビで映像化され今もテレビ埼玉で放送中です。

彰義隊隊士の墓。
遺骸266体を上野で荼毘に付しここにその墓を建てた。
上野の西郷さんの近くにその碑があるがその辺りで荼毘に付したという。
残念ながらここにはアジサイはありませんでした、
が、しかし、雨がちょっと強くなってきましたねぇ。

5分ばかり走って素戔嗚(スサノオ)神社へ逃げ込みます、広いし雨宿りの場所はたくさんありそう。
素戔嗚神社、春先には2000体ともいわれるおひなさまが展示されます、
また芭蕉の奥の細道への旅立ちの様子などジオラマで表現され
この地から旅立ったかなと思わせるけど実際はちょっと先の千住大橋からですね。

拝殿前には立派な茅の輪が準備されていました、
30日は「大祓の儀式」が執り行われます。

東京の神社にはかなりの比率で富士塚・浅間神社などがあります、
ここもその例にもれず富士塚があって浅間神社が祀ってあります。
その富士塚を背にアジサイが咲いていました。

「夏越しの祓」の幟は大祓の儀式のものですね。
ここの写真はみんな雨の中でです、カメラにハンカチ被せながら。
雷は鳴らないので驟雨でしょうか、夕方でもないので夕立ちではない。
「夏の雨は馬の背を分ける」と言いますね、
馬の背を見ると片側は濡れているのに反対側はなんでもなく乾いている、
ことほど左様に勝手な雨で今降った雨はもうよそへ行っている。
15分くらいで止んだのでまた動きましょう。

千住大橋から隅田川の川辺に降りてみました、清洲橋辺りから船でここまで来て上陸、
ここから陸路で奥州へ旅立った場所です。
その胸にはいろいろなことが去来したことでしょう、
頑張って、芭蕉さん。

ようやく足立市場まで帰ってきました、
が、この空。
2020年7月19日、オリンピックの聖火はここへやってきます。
各日の最終自治体では、セレブレーションと呼ばれるイベントが開催されますが
足立区内の最終ポイントはここ千住の足立市場。
一定規模のスペースが確保できるため、セレブレーションに適すると判断し、
決定したようですが詳細はこれからとか。
このときはまだ降っていなかったけど少し走ったら天の底が抜けたような豪雨、
たまらず近くにあった車庫へ避難、テレビでよく見るようなものすごい降り。
ま、止まなかった雨は無いし諦めて止むのを待つしかないよねぇ・・・。
data: EOS70D/EF17-40mm 1:4 。 撮影 6月22日 あんときゃ土砂降り雨ン中

私はその人たちを見たことないからよく分からない。
それより前に私はど~なる?
雨の中決死隊を決行しなくちゃいけないの!?。

三ノ輪からは自転車で通勤するときの通いなれた道、日光街道に入ります。
円通寺。
慶応4年の戊辰戦争(上野戦争)で亡くなった彰義隊の隊士たちは
賊軍として扱われ遺体の回収もなくそのまま打ち捨てられていた。
円通寺の住職は新政府の許可のもとこれらの遺体の火葬や葬儀を行い
この寺に墓を建てた。

上野・寛永寺の総門である通称「黒門」はこの戦争で壊されたが
後に円通寺に移築・復元された、
見ると全体に銃弾の跡が残り戦闘の激しさを物語っている。
この黒門があった辺りが黒門町と呼ばれその名は湯島の下あたりに今も残っており
「黒門町の伝七」が活躍する「伝七捕り物帖」は映画・テレビで映像化され今もテレビ埼玉で放送中です。

彰義隊隊士の墓。
遺骸266体を上野で荼毘に付しここにその墓を建てた。
上野の西郷さんの近くにその碑があるがその辺りで荼毘に付したという。
残念ながらここにはアジサイはありませんでした、
が、しかし、雨がちょっと強くなってきましたねぇ。

5分ばかり走って素戔嗚(スサノオ)神社へ逃げ込みます、広いし雨宿りの場所はたくさんありそう。
素戔嗚神社、春先には2000体ともいわれるおひなさまが展示されます、
また芭蕉の奥の細道への旅立ちの様子などジオラマで表現され
この地から旅立ったかなと思わせるけど実際はちょっと先の千住大橋からですね。

拝殿前には立派な茅の輪が準備されていました、
30日は「大祓の儀式」が執り行われます。

東京の神社にはかなりの比率で富士塚・浅間神社などがあります、
ここもその例にもれず富士塚があって浅間神社が祀ってあります。
その富士塚を背にアジサイが咲いていました。

「夏越しの祓」の幟は大祓の儀式のものですね。
ここの写真はみんな雨の中でです、カメラにハンカチ被せながら。
雷は鳴らないので驟雨でしょうか、夕方でもないので夕立ちではない。
「夏の雨は馬の背を分ける」と言いますね、
馬の背を見ると片側は濡れているのに反対側はなんでもなく乾いている、
ことほど左様に勝手な雨で今降った雨はもうよそへ行っている。
15分くらいで止んだのでまた動きましょう。

千住大橋から隅田川の川辺に降りてみました、清洲橋辺りから船でここまで来て上陸、
ここから陸路で奥州へ旅立った場所です。
その胸にはいろいろなことが去来したことでしょう、
頑張って、芭蕉さん。

ようやく足立市場まで帰ってきました、
が、この空。
2020年7月19日、オリンピックの聖火はここへやってきます。
各日の最終自治体では、セレブレーションと呼ばれるイベントが開催されますが
足立区内の最終ポイントはここ千住の足立市場。
一定規模のスペースが確保できるため、セレブレーションに適すると判断し、
決定したようですが詳細はこれからとか。
このときはまだ降っていなかったけど少し走ったら天の底が抜けたような豪雨、
たまらず近くにあった車庫へ避難、テレビでよく見るようなものすごい降り。
ま、止まなかった雨は無いし諦めて止むのを待つしかないよねぇ・・・。
data: EOS70D/EF17-40mm 1:4 。 撮影 6月22日 あんときゃ土砂降り雨ン中
