中曽根神社から私んちの前をを素通りして反対側
これも500m自転車で2分のところに「赤不動」というお寺さんがある。
赤いお不動様でも祀ってあるのかと思いきや本堂が朱塗りなので赤不動と、
ものはついで2ヶ所かけもち、罰が当たるかな。
ここも近所ということもあり行ってみたい所の一つだった、
「赤不動」というバス停もありいつも心に引っかかっていたが。
神社は小さい、狭いところもあるけど
お寺さんとなると境内が広いところが多いね。
不動堂(本堂)、朱塗りで赤いことから赤不動と呼ばれてきた。
昭和48年に再建されたもので、鉄筋コンクリート造り
本尊の感得不動明王や如意輪観音などがお祀りしてある。
回向堂
木造の堂宇で、平成19年に再建された。
不動三尊を本尊とし、年回忌法要や施餓鬼会などを行う。
庭に鎮座ましますお不動さま。
いろいろな仏さまがたくさんいらして我々にはなかなか分からないが
お不動さまだけはすぐにわかる、この大きな剣が好きだなあ。
手水舎も新しいだけあって立派なものだ、
手と一緒に心も洗われそう。
明王院不動堂
お不動さまの姿顔かたちも判然としないほど古い、
いつの時代のものだろう。
八彦堂(右)
八彦尊をお祀りしている木造のお堂。
祈ると咳に効験があるようだ。
八彦堂の彫刻。
上はやっぱり龍みたい、木鼻はこれも獅子だね、
逆光絶好調なので惜しいかなきれいに撮れない。
左の小さな祠はよく分からないが
明治40年代に荒川綾瀬辺八十八ヶ所霊場を廻る講が出来
ここ明王院はその35番目の札所ということが書いてある。
奥の方にずいぶん立派な鐘楼があった、
昭和52年に建立されたらしい。
鐘楼のさらに奥の方に天満宮。
かつてこのあたりに天神山という小高いところがあって
そこにあった天満宮、ここに引っ越しされたらしい。
萬徳山明王院梅林寺、通称 赤不動ほぼ全景。
この日一日だけの青空、青空はいいけど
コントラストがきつく撮るのには喜んでいられなかった。
明王院は、治承2年(1178)源為義の三男義広の草創で、
その後姓を梅田と改めたことから、周辺の地名も梅田と呼ばれることになった。
そうなんだ、この辺を梅田という謂れがやっと分かった。
江戸時代には鷹狩りの折の御膳所となり、
また源家の古い祈願所でもあったことから寺領13石の御朱印状を拝領しているという。
ちょっと行くとやはり将軍家が日光参拝の折に使った御膳所である
国土安穏寺がある。
このあたりも昔は結構偉い人が行き来していたんだね。
data: EOS5DmarkⅡ/EF17-40 1:4。 撮影 9月12日 赤不動明王院
これも500m自転車で2分のところに「赤不動」というお寺さんがある。
赤いお不動様でも祀ってあるのかと思いきや本堂が朱塗りなので赤不動と、
ものはついで2ヶ所かけもち、罰が当たるかな。
ここも近所ということもあり行ってみたい所の一つだった、
「赤不動」というバス停もありいつも心に引っかかっていたが。
神社は小さい、狭いところもあるけど
お寺さんとなると境内が広いところが多いね。
不動堂(本堂)、朱塗りで赤いことから赤不動と呼ばれてきた。
昭和48年に再建されたもので、鉄筋コンクリート造り
本尊の感得不動明王や如意輪観音などがお祀りしてある。
回向堂
木造の堂宇で、平成19年に再建された。
不動三尊を本尊とし、年回忌法要や施餓鬼会などを行う。
庭に鎮座ましますお不動さま。
いろいろな仏さまがたくさんいらして我々にはなかなか分からないが
お不動さまだけはすぐにわかる、この大きな剣が好きだなあ。
手水舎も新しいだけあって立派なものだ、
手と一緒に心も洗われそう。
明王院不動堂
お不動さまの姿顔かたちも判然としないほど古い、
いつの時代のものだろう。
八彦堂(右)
八彦尊をお祀りしている木造のお堂。
祈ると咳に効験があるようだ。
八彦堂の彫刻。
上はやっぱり龍みたい、木鼻はこれも獅子だね、
逆光絶好調なので惜しいかなきれいに撮れない。
左の小さな祠はよく分からないが
明治40年代に荒川綾瀬辺八十八ヶ所霊場を廻る講が出来
ここ明王院はその35番目の札所ということが書いてある。
奥の方にずいぶん立派な鐘楼があった、
昭和52年に建立されたらしい。
鐘楼のさらに奥の方に天満宮。
かつてこのあたりに天神山という小高いところがあって
そこにあった天満宮、ここに引っ越しされたらしい。
萬徳山明王院梅林寺、通称 赤不動ほぼ全景。
この日一日だけの青空、青空はいいけど
コントラストがきつく撮るのには喜んでいられなかった。
明王院は、治承2年(1178)源為義の三男義広の草創で、
その後姓を梅田と改めたことから、周辺の地名も梅田と呼ばれることになった。
そうなんだ、この辺を梅田という謂れがやっと分かった。
江戸時代には鷹狩りの折の御膳所となり、
また源家の古い祈願所でもあったことから寺領13石の御朱印状を拝領しているという。
ちょっと行くとやはり将軍家が日光参拝の折に使った御膳所である
国土安穏寺がある。
このあたりも昔は結構偉い人が行き来していたんだね。
data: EOS5DmarkⅡ/EF17-40 1:4。 撮影 9月12日 赤不動明王院