芭蕉さんの俳句に「紫陽花や帷子時の薄浅黄」(あじさいやかたびらときのうすあさぎ)というのがあります。
帷子とは麻で作られた夏用の衣で、紫陽花と同じ浅黄色をしていたのでしょう。
この薄浅黄という色を表す言葉も素敵です。日本の伝統色は、日本の文化の深さを感じさせてくれる素晴らしい色名称です。
芭蕉さんは、紫陽花の句をもう一つだけ詠んでいるようです。もっと紫陽花の句を詠んでいてもいいと思うのですが。
実は、芭蕉さんの頃の紫陽花は、今私たちが見ている紫陽花とは違っていたようです。
江戸時代の頃の紫陽花といえば、額アジサイだったそうです。
今、私たちが見ている球状の紫陽花は逆輸入品なのだそうです。
そこには、あのシーボルトも絡んでいるそうで、歴史の面白さを感じずにはいられません。
紫陽花が今のように人気の花になったのは戦後のことだそうで、それもびっくりする話です。
ところで、「紫陽花」という漢字も実は間違って付けたものらしいです。紫陽花というのは、調べれば調べるほど面白い花でした。
ここからは、幻の花といわれる七段花(シチダンカ)の話です。
先ほどのシーボルトが「日本植物誌」で紹介して以来、日本人の誰もがその実物を見たことがなかったそうです。
しかし、1959年(昭和34年)に六甲山系で再発見されたそうです。
そんな貴重な花にも出会うことができた梅雨前の万博公園でした。
※撮影日 2019.6.9
帷子とは麻で作られた夏用の衣で、紫陽花と同じ浅黄色をしていたのでしょう。
この薄浅黄という色を表す言葉も素敵です。日本の伝統色は、日本の文化の深さを感じさせてくれる素晴らしい色名称です。
芭蕉さんは、紫陽花の句をもう一つだけ詠んでいるようです。もっと紫陽花の句を詠んでいてもいいと思うのですが。
実は、芭蕉さんの頃の紫陽花は、今私たちが見ている紫陽花とは違っていたようです。
江戸時代の頃の紫陽花といえば、額アジサイだったそうです。
今、私たちが見ている球状の紫陽花は逆輸入品なのだそうです。
そこには、あのシーボルトも絡んでいるそうで、歴史の面白さを感じずにはいられません。
紫陽花が今のように人気の花になったのは戦後のことだそうで、それもびっくりする話です。
ところで、「紫陽花」という漢字も実は間違って付けたものらしいです。紫陽花というのは、調べれば調べるほど面白い花でした。
ここからは、幻の花といわれる七段花(シチダンカ)の話です。
先ほどのシーボルトが「日本植物誌」で紹介して以来、日本人の誰もがその実物を見たことがなかったそうです。
しかし、1959年(昭和34年)に六甲山系で再発見されたそうです。
そんな貴重な花にも出会うことができた梅雨前の万博公園でした。
※撮影日 2019.6.9