はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

幸福

2008-09-13 23:28:49 | はがき随筆
 「死ぬための生き方」という本は作家や実業家、芸能人などが自分の人生を語っていて興味深い。50人近いそれらの半数が既にこの世になく、それだけに味わい深い内容でもある。この中で3人がゲーテを取り上げていた。うち劇作家・田中澄江のが面白い。「全生涯で真に幸福だったのはわずかに4週間に過ぎない」。ゲーテが本当にそう嘆いたのかは分からない。もっと分からないのは4週間の意味。「わがこの胸のほかのいずこに君は住むというのか」と恋人にあてた手紙を書いたのはゲーテ74歳の時。幸せとは何か分からぬままに人生は過ぎる。
   志布志市 武田佐俊(65) 2008/9/13毎日新聞鹿児島版掲載

夕方の始まり

2008-09-13 23:15:12 | はがき随筆
 苗を買って2年目の今年、ユウスゲがつぼみを持った。
 庭のあちこちに植えてある同属のカンゾウ、ヤブカンゾウなどの花は、朝咲いて夕方には閉じてしまう。ユウスゲは、その名の通り夕方に咲くのであろうが、さて夕方の始まりはいつだろうか。首を長くして花の咲くのを待った。
 7月初め、待望の一花が咲きそうだった。油照りの下、日傘を差し時計を見ながら待った。5時20分、膨らんだつぼみの先が三つに割れて咲き出した。まだ暑いと思っていた日差しが、心なしか涼しく感じられた。
 今日の夕方の始まりだ。
   薩摩川内市 森孝子(66) 2008/9/12 毎日新聞鹿児島版掲載
写真は花調べさんより

母の教え

2008-09-13 20:26:37 | はがき随筆
 受験で上京、汽車の中でのこと。満員で立すいの余地もない。おじさんがきつそうなので「しばらく交代しましょう」と。ところがその人、東京駅に着くまで知らぬ顔の半兵衛。憤慨したが後の祭り。母はかねがね「人に後ろ指を指されることをするな」と教えてきた。世の中に悪い人はいないと田舎育ちの私は思っていた。母は東京、満州への進学をあきらめさせた。一人息子を手放したくなかったのだろう。今こうして子供、孫に囲まれて平和に暮らしていけるのは母の愛があってこそと思う。若いときの汽車での出来事は、生き方を教えてくれたと思う。
   薩摩川内市 新開 譲(82) 2008*9/11 毎日新聞鹿児島版掲載

合掌

2008-09-13 16:55:54 | はがき随筆
 華やかな宴のような北京五輪も終わった。9月、1ヶ月前のことがうそのように思われる。
 選手たちのご苦労に一喜一憂した私も熱しやすく冷めやすい。茶の間の応援でしたが、その応援のあり方も考えさせられた。身びいきに過ぎたのは何も中国のサポーターだけではあるまいと感じた。
 目立たないが感動をもらったシーンもあった。女子ソフトボールの決勝戦で、ホームペースを踏んだ選手が手を合わせて拝んだ。皆様のお陰様です、が伝わった。この姿勢は日本人のDNAにあるのかもしれない。
 共感と安堵感をもらった。
   出水市  松尾繁(73) 2008/9/10 毎日新聞鹿児島版掲載

芸者ワルツ

2008-09-13 16:46:32 | はがき随筆
 テレビ番組「思い出のメロディー」を見ていたら「芸者ワルツ」が流れてきた。亡き父との思い出深い曲。
 幼い日、歌ったり踊ったりが好きだった私に父はこの歌を仕込み、来客があったり宴会をする時などよく歌わせた。しなを作って得意そうに歌うと父が喜んだ。父が死に、通夜のとき、枕元で何回も静かに歌った。
 暑さ負けをして身も心も干からびていた折、耳に届いた芸者ワルツ。「弘子も、うとて元気を出さにゃ」と父が言っているようで、音声よりも大きな声を張り上げて歌った。涙があふれ出てグショグショになった。
   鹿児島市 馬渡浩子(60) 2008/9/9 毎日新聞鹿児島版掲載